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「建築の民族誌」を考える――2018年ヴェネチア・ビエンナーレ日本館を通して
3.出展作家へのインタビュー(1)tomito architecture
2019/3/11
コラムの3、4話では、日本館「建築の民族誌」展参加作家へのインタビューをお届けします。

 今回お話を伺うのは、⟨Drawing around Architecture⟩のカテゴリーで出展されたtomito architectureの冨永美保さんと伊藤孝仁さんのおふたりです。出展作品「カサコ 出来事の地図」は、2016年に留学生のためのゲストハウスとして東ヶ丘(神奈川)にオープンした「CASACO(カサコ)」の計画時、施工時、入居後を含め、継続して町や建物の周りで起きている出来事を収集したドローイングです。

「出来事の地図」から生まれた「CASACO(カサコ)」

会場の順路最後に展示された本作は、時間と位置情報を2軸とした大きな図表のなかに、カードに描かれたイラストが物語のように配置されており、その試みから印象に残る作品のひとつでした。

「カサコ 出来事の地図」の全体。縦軸に丘の標高、横軸に過去から現在までの時間軸が取られている。東ヶ丘で展開されてきた歴史と変化を、出来事から読み解くことができる。

7cm角のカードに描かれたイラストは、モノや場所の使い方や、その変化が矢印で示されている。

――「出来事の地図」の制作経緯を教えてください。
冨永美保(以下、冨永) お施主さんからの相談内容は、借りている家をちょっと開いてみたいけど、どうしていいかわからないということでした。誰のためにどんな場をつくるのか、あやふやな状態でした。私たちも、この東ヶ丘という住宅地において「開く」ことをどう実現するか、すぐにアイデアは浮かびませんでした。結局2年ほど、仕組みづくりから建築設計まで関わったのですが、その間に地域住民と話す中で気になった丘の上での出来事を、議事録的に絵に描き起こしてみようということがきっかけでした。
――実際に設計する上で、「出来事の地図」がどのように活かされましたか?
伊藤孝仁(以下、伊藤) 建築を設計するということが私たちの仕事ですが、設計以外にもさまざまな出来事に関わりました。例えば町なかの階段でキャンドルナイトをしたり、地域の情報を発信する新聞を発行したり、いろいろなチャンネルを動かしながら町とコミュニケーションをとっている感覚でした。そういった活動が建築設計とは切り離せないということが、「出来事の地図」の制作をとおして得た実感です。今まで私たちは、リサーチをして発見したことがデザインにつながっていくという発想をしていましたが、このプロジェクトでは両者を相互関係的なものととらえました。「出来事の地図」を描くことで身体化されることもあり、建築の設計とはすごく複雑なバランスでできているということが意識できました。

クリスマスツリーをイメージしたキャンドルナイトのイラスト。地域のイベントを垣間見ることができる。

最初に実施した活動、「東ヶ丘新聞」の発行。設計後も継続的に地域ネットワークをつなぐ情報を発信している。(CASACOプロジェクトにて発行)

冨永 町の出来事についていろいろなお話を伺いましたが、ゆくゆく設計に関係ありそうなことだけを切り取るのではなく、一見関係なさそうでも気になった出来事はすべて分け隔てなく描きました。そうすると、設計要件からコンセプトを導き、敷地をリサーチしてその発見を元に設計するという、一方向の矢印のなかで建築を建てることは絶対にできないということがわかりました。実際、思いもよらないスケッチをプロジェクトに反映することもあり、知ったことを身体化し、プロジェクトメンバーたちと共有するとき「出来事の地図」というフォーマットは助けになりました。
伊藤 スケッチへの切り取り方にはどうしても主観が入りますが、文字として記録するよりもいろいろな情報を描き込める点に魅力を感じました。すべての情報は描き込めないので、私たちの中でフィルタリングされてはいますが、設計への有益性や目的をにらんだものではなく町の生きた声を感じられるよう、経験の中にあるテクスチャを描くようにしています。自分たちのことも観察者として特別視せず、設計者というひとつの町の出来事としてとらえて描いています。
――町の住民を巻き込んで設計をすることの意義を、どう考えていますか。
伊藤 結果を振り返ると、すべて自分たちでやろうという発想にならなかったというか、身を委ねて地域に頼るという感覚でした。私たちには、経験も、お金もありません。予算が潤沢にあれば、建築の産業的な構造に頼り、出来たものを持ってきて配置することができたかもしれません。そうではないときに何に頼るかとなると、そういった構造以外、つまりその地域にある不可視のネットワークやスキルに頼るという、新たな選択肢が得られたことが今回の取り組みにつながっています。
冨永 コミュニティーをつくろうということは、まったく考えていませんでした。今もそれは変わらないですね。

軒下のピンコロ石は、市から譲り受けて地域住民と一緒に敷き詰めて完成した。

――反産業化や、アクターネットワークの可視化を目指したのでしょうか。
伊藤 産業化を否定するわけではなく、頼らざるを得ないという必然性から、使えるものは使うというスタンスでした。頼れる選択肢がたくさんあるという感覚です。例えば、外構がしつらえられていなかったときに、住民の方がワークショップで彩ることを企画してくれました。私たちがコスト的にできていなかった部分へ、地域の人びとのスキルが集まってくる。そういう建築の隙が、地域のコンテクストを呼び込むような面白い発見でした。
冨永 お金がないということは、結構面白いなと思いました。アクターネットワークもそうですが、基本的にその場その場で材料を調達できた方が、ただ単純に簡単ということもあります。宝探し的なネットワークのような。

「カサコ」の建具や家具には、地域の使われていない古民家から持ってきたものも多くある。(田上撮影)

伊藤 建築にいろいろな町の中の記憶が埋め込まれているということは、目的ではなくて結果と言えるかもしれません。フィールドワークの成果として、それが理にかなっていたということです。また、この環境に広がるネットワークを頼りにしたからこそ、質感的な連続性が生まれたと思います。コントロールができない偶然的な出合いと、自分たちの設計をどう調和させるかということにも興味がありました。
――今後、住民の日常を含め、東ヶ丘にどのような変化を望んでいますか?
伊藤 改善したいというより、いいなと思ったのは、あのピンコロ石の土間で近所のお母さんたちがバーを開くイベントをしたときに、お母さんのネットワークで子供や他の家族、担任の先生などがたくさん集まって、軒先で夕方ぐらいからみんなでお酒を飲んでいた風景でした。なんだかとても印象的で。夕方から主婦が外でビールを飲んでいる住宅地って、なかなかないですよね(笑)。実際に集まった人にとって、こうした体験を通じて町の感覚がどんどん変わっていくと思うし、それを目にした人の感覚も変わっていく。気質というか風土というか、建築をとおして文化のようなものがつくれるのではないかと思いました。今後も、文化をつくっていくことを考えながら、設計したいと思っています。

バーのテラス席として使われているピンコロ石の軒下。普段の生活では気づかなかった住民の特技や趣味を知るきっかけにもなった。

冨永 だれかれ構わずにつながれることが良いとは思いませんが、技術や知識を求めたとき、欲しいものはインターネットのなかではなく案外近くにあるということに今回気づきました。そこへ接続できる回路さえ地域で得られたら、ここで暮らしたいと思うひとつのきっかけになるのではないでしょうか。

紙飛行機を折るのが得意な94歳のおじいさんのスケッチ。地元の小学生たちと共に、紙飛行機大会が行われた。

――「建築の民族誌」というテーマに対し「出来事の地図」をどう思いますか?
冨永 「出来事の地図」は、民族誌としての単位が最小なのではないかと思っています。起伏がある地形を共有し、生活圏に構造があるからこそ、民族誌として記述できたのではないかと思います。民族誌というからには、この丘での建築は他の場所とは絶対に違うものになるはずで、それがどう違うのかを意識しなければいけないし、設計を通じてその違いを見てみたいと思っています。
伊藤 空間や環境を物のまとまりとしてとらえるだけではなく、出来事のまとまりとしてもとらえられるのではと考え、「出来事の地図」をとおしてそれを試したいと思っていました。今回出展されたことで、この活動が民族誌としてもとらえられることに自分たち自身も気づかされました。
冨永 なにより、時間軸が入っていることがとても重要だと感じました。時間軸は設計時から竣工後もずっと伸びています。出来事同士の関係性を眺め、それらをつなぐ線を引いたり、類似性を考えたりすることが、設計行為でありスタディでもありました。民族誌的でもあり叙述的というか、動かせる状態であることが重要だと思いました。固定されたリサーチの結果ではなく、フレキシブルなドローイングとして平面図や断面図と同じように位置づけられるものになったら、より可能性が広がるのではないかと思っています。

「カサコ」に隣接するtomito architecture事務所でのインタビュー風景。(田上撮影)

「出来事の地図」は、地域コミュニティーの変化を記録したもので、建築の設計自体もひとつの出来事として存在しています。設計を目的としたツールではなく、単に目に映る生活や気づきを採集し続けることで、建築がもたらす地域の暮らしの変化が写実的に表現されると感じました。今後、東ヶ丘以外の地域の「出来事」を収集することで、さまざまな地域のスケールが3つめの軸となり、多様な建築と暮らしのつながりを横断して見ることができるのではと期待が膨らみます。

*特記なき画像はすべてtomito architecture提供
安喜祐真 Yuma Aki
筑波大学大学院
人間総合科学研究科 芸術専攻
建築デザイン領域 博士前期課程1年
貝島桃代研究室在籍
田上綾乃 Ayano Tagami
筑波大学大学院
人間総合科学研究科 芸術専攻
建築デザイン領域 博士前期課程1年
貝島桃代研究室在籍
シリーズアーカイブ
キュレーターを務めた貝島桃代氏が、展示の狙いを解説します。
「建築の民族誌展」にあわせて開催された国際ワークショップについて、参加学生がレポートします。
ビエンナーレ会場で ⟨Drawing around Architecture⟩ として展示された「カサコ 出来事の地図」について、制作背景やその後の展開、出展の感想などを伺いました。
今回は、出展アーティストのおふたりにお話しを伺いました。建築を題材とした作品も多いおふたりに、建築への興味や作品制作のお話、ビエンナーレ展「建築の民族誌」がどのように映ったのかなどを伺いました。
最終回は、「建築の民族誌」展に関連して開かれたシンポジウムについて、アシスタントキュレーターを務めたスイス連邦工科大学チューリッヒ校博士・アンドレアス・カルパクチ氏による報告です。ドローイングをめぐり、深い考察が展開されています。

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