ベルギーの気鋭建築家チーム「ADVVT」を知る ~その独特な建築観と稀有な美的感覚~
1. ADVVTを知る ~ADVVTって、どんな建築家?~
2019/6/27
①アーキテクテン・デ・ヴィルダー・ヴィンク・タユー(以下ADVVT)ってどんな建築家ですか。
ベルギーのゲントを拠点に活動している、ヤン・デ・ヴィルダー氏、インゲ・ヴィンク氏とヨー・タユー氏の3人組です。3人共、ゲントのシント・ルーカス校出身で、各々の個別の活動期間を経て、2009年にADVVTを結成しました。
②どんなところが評価されているのでしょうか?
彼らの独自な建築との向き合い方と、類稀な美的感覚というコンビネーションが、今までにない建築のあり方を示唆するものとして評価されているのだと思います。クラフトマンシップを愛し、非常にシャープで論理的にも明快なディテール。その空間に加えられた色彩の美しさ。しかし、ただ彼らはありきたりの美を追求しているのではなく美そのものの真価を問い続けています。既存の建築の改修事例に、彼らの建築的思考がよく表れていると思います。彼らの代表作であり、第16回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展に出品した「カリタス」では、精神科病棟のあり方そのものを問い、風化しつつある建築に、時の流れに寄り添うようにそっと手を加えています。
カリタス(ベルギー、メッレ、2016)©Filip Dujardin
一方で大胆にも、彼らはこだわるべきでないと判断したディテールには、とことんこだわらない潔さもあり、現場の偶然の成り行きに任せてしまうことも多々あります。インダストリアライゼーションとクラフトマンシップのバランスも絶妙です。このプロジェクトの主となる建築的行為である温室の挿入も、一般に流通している工業製品を使っています。しかしながら、この建築空間は、現在という時とリンクし、病棟の患者達が自由にこの空間をカスタマイズするときに、最高の完成度を見せるものとなるのです。
③どんな作品をつくっている?
特筆すべきは、住宅作品ではないでしょうか。
ベルン・ハイム・ベーク(ベルギー、ゲント、2012)©Filip Dujardin
ロット・エレン・ベルグ(ベルギー、メルデン、2011)©Filip Dujardin
新築、改修共にクライアントとの非常に密な人間関係から生まれています。クライアントによるセルフビルドも多くあります。彼らに寄り添い、自分たちの手によって、少し変えてあげること、それだけでいいと言います。彼らは、生きられた家*であることをとても大事にしています。(*注1 『生きられた家――経験と象徴』、多木浩二=著、 1984年 青土社。多木は 「家」を、住むだけの「容器」としてではなく、人間的な時間や空間が織り込まれた複合する「テキスト」として捉え、そこに輻輳する人類の思想と想像力を掘り起こすものとしている。)彼らのように個々のクライアントのためにつくる個性豊かな住宅は、日本では親近感があるかもしれませんが、コンテクストが住宅タイプそのものに直接的に影響を与えるベルギーでは稀かもしれません。ベルギーのコンテクストと住宅の関係については、後述します。
ヤン氏は、画家である以前のクライアントの家に今でもよく立ち寄り、お気に入りの場所に座って絵を描いたり、夏にはクライアントと家を交換して家族で過ごしたりします。それらすべてが、彼らにとっては建築的な行為なのだと思います。そして小規模な商業施設から、高齢者用施設や大規模な万博施設の改修まで、スケールを問わずにADVVTは独自の建築的アプローチを確立しつつあると言えます。
④出身地のフランダース地方ってどんな場所?
ベルギーは、オランダ語が公用語のフランダース地方、フランス語のワロン地方そして2か国語が公用語とはいえ、歴史的背景からしてもフランス語がやはり第1言語のブリュッセル首都圏と、3つの地方に分かれます。マイノリティではありますが、ドイツ語圏も忘れてはなりません。九州ほどの小さな面積の国が3か国語を公用語とする地域に分かれているのですから、政治的にも非常に複雑であることは想像に容易いと思います。経済的には、フランダース地方が突出していて、建築シーンでも非常にアクティブです。ベルギーにはバウマイスター制度(バウ=building / 建てる マイスター=master / 匠、巨匠)というものがあり、5年に一度民間から任命された国内の著名建築家がその役割を務め、公共事業のオープンコンペを実施したり、国内の建築シーンを全面的にフォローアップしたりしています。オープンコンペの情報が一本化されていることだけでも、ベルギーの建築家にとっては非常に仕事がしやすい環境が整っていると言えます。とはいえ、やはりバウマイスター制度も、フランダース地方、ワロン地方そしてブリュッセル首都圏と分かれてはいるのですが・・・・・。
ここでフランダース地方の住宅の話を少ししたいと思います。特に、ファサードの扱いについてです。フランダース地方の市街地においては、道沿いにタウンハウスが街区を縁取るように立地し、隣の家との敷地境界線上の壁を共有しています。そして残留地となる街区内部は細かく分割され、それぞれのタウンハウスの細長い庭となっています。
しかし、密度の高い街区でも、建物が建っていない場所があります。このように街区を縁取るタウンハウスが欠けたイレギュラーな状況の際、隣家がない側面のファサードを、ウェイティング・ファサードと呼びます。
ベルン・ハイム・ベーク(ベルギー、ゲント、2012)©Filip Dujardin
仮のファサードですので、以前は安価なアスベストが使用されていましたが、現在ではファイバー・セメント・スレートが使われています。この仮ファサードには開口部は基本的には設けてはいけません。つまり、方位に関係なく、隣に家が建っているか否かに関係なく、タウンハウスの両側面は開口部がないことが多いのです。自然光は、メイン・ファサードと庭に面する背後から住宅内部に注ぎ込むことになります。そして、自然光が降り注ぐメイン・ファサードにもっとも近い内部空間は、伝統的には来客を招くなどのよそゆきの場となっています。
住宅のメイン・ファサードは、コンテクストを祝福し、住宅の豊かさを象徴します。そして、ウェイティング・ファサードは、文字通り寡黙に隣人を待っています。これが、フランダース地方の市街地の典型的な風景を作り出しているともいえます。住宅と都市との関係性が、日本とはかなり違うことがおわかりいただけるかと思います。これらも先ほど触れた、ベルギーというコンテクストにおけるADVVTの住宅の個性を読み取るひとつの大きなヒントだと、私は思っています。
⑤どんな人たち?
ヤン・デ・ヴィルダー氏は、奥ゆかしい、非常に礼儀正しい人物です。とても美しい詩的な文章を書き、1日のふとした時間には必ずと言っていいほど、ペンを走らせてスケッチをしています。スイス連邦工科大学チューリッヒ校(ETH)で教鞭を執っていますが、スイスの山を背に、日が落ちてゆく様を何枚もの絵に表現しているのは非常に印象的でした。時の流れを、光のシークエンスのように描き、最後に真っ黒になってしまう。そのシリーズだけでも、素晴らしいアート作品です。インゲ・ヴィンク氏は、ヤン氏のパートナーです。大らかで物静かな人柄で、事務所のスタッフにも細かな心遣いを欠かせません。ヤン氏を、公私共にサポートしています。彼女自身も、非常に美しいドローイングを描きます。ヨー・タユー氏は、クラフトマンシップを愛する類稀な才能の持ち主です。静寂を好み、その性格が彼のデザインする建築のディテールにも表れています。余計なもの、余分なもののまったくないディテールをデザインし、絶妙な素材の組み合わせ方によって、建築空間へと昇華させる手法は、建築家としての才能というより他ありません。3人それぞれがもつ才能と、共通の美的感覚があってこそ、ADVVTの現在があるのだと思います。
ADVVTポートレイト ©Filip Dujardin
有岡果奈 Kana Arioka
ADVVT アーキテクト、千葉大学非常勤講師。
早稲田大学、ヴェネチア建築大学卒業。ミラノにてベルナルド・セッキに師事。帰国後はアトリエ・ワン勤務。2007年に有岡建築都市設計設立後は、主に国内の都市デザインに関わる。現在、ブリュッセル在住。51N4Eを経て、ADVVT勤務。EU政府公認建築士。
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