ベルギーの気鋭建築家チーム「ADVVT」を知る ~その独特な建築観と稀有な美的感覚~
2. ADVVTを知る ~ADVVTの作品解説~
2019/7/30
ベルギー在住の建築家有岡果奈氏が、ADVVTの作品「House CG」など5作品を詳しくご紹介します。各作品は、9月発行予定の「アーキテクテン・デ・ヴィルダー・ヴィンク・タユー建築作品集」にも収録予定です。
House CG
農家であったもとの家は、中庭を囲む3棟の建物から成り、そこに7つのボリュームを挿入するというコンセプトが提案されました。ハウス・イン・ハウスというのは、ADVVTがよく使うリノベーションの手法です。スタディを深めていくうちに、平面図上に既存のプランを30度回転させて新しいボリュームの配置としていく案が採用されます。そのシンプルな操作が驚くほどに既存の空間に動きを与え、既存の構造を露わにすることで、非常に力強くそのポテンシャルが高められ、新規の空間と融合しています。既存の煉瓦に対して、木とセメントタイルという素材を対比させ融合させています。
House CG (ベルギー、ぺピンゲン、2016)©Filip Dujardin
この住宅に最初に足を踏み入れた時、これほど完成された空間には出合ったことがないと思いました。ADVVTの得意とする住宅のリノベーションですが、既存のボリュームと、新しく挿入された空間とが見事に調和しているのは希少かもしれません。それは、クライアントによるセルフビルドも多くあるプロジェクトの中で、この住宅については彼らがすべて詳細にわたってデザインしたことによって実現した完成度の高さなのだといえます。
House CG (ベルギー、ぺピンゲン、2016)©Filip Dujardin
Kapelleveld
高齢者施設であるこのプロジェクトの敷地は、周りが低層の住宅で囲まれているため、まずいかにそのコンテクストに合わせたボリュームとするかが議論の焦点となりました。雁行型のプランは、ひとつの居住スペースがまずデザインされ、それぞれをどのように配置すれば採光やプライバシーを考慮した上で最適な配置となるかを検討した上で決まったものです。また、敷地の高低差を利用して、地階の居住スペースや共有スペースと庭との関係が、長軸方向に移動するにつれて微妙に変化していきます。コンテクストに潜在するものを自然に引き出すことで、テラスと庭の関係が変化しています。単調になりがちな、中規模の高齢者施設の個室が、個性的でありうること。それが、非常にシンプルな操作で可能となっているわけです。端部がイレギュラーな間隔となっている梁のリズムも、雁行型プランにより必然的に生まれるデザインです。
Kapelleveld(ベルギー、テルナト、2017)©Filip Dujardin
Kapelleveld(ベルギー、テルナト、2017)©Filip Dujardin
Les Ballets C de la B & LOD
この建物は、ダンスと音楽劇場のためにそれぞれのスタジオをもつふたつのボリュームが、河に面したオープンスペースに対して鏡像のように配置されています。見どころはまず、ファサード。スケッチ・デザインをもとに構造家と議論した際に出てきた構造図面をベースに、必要最低限の構造のみを明確に残し表現するように依頼。当然ながら上階にいけばいくほど構造断面が線細くなっていくのを、そのままガラスで覆い構造が見えるファサードとしています。煉瓦、コンクリートとスチールというベルギーで最もよく使用されている建築材に、それぞれに明確な役割を与えて、それをファサードでシンプルに視覚化しています。さらにそのロジックは、閉じたファサードであるガラスのパターンとして繰り返されているのです。建築材の混合が、それぞれの構造的役割について曖昧さをもって表現されているコンテクストへのアンチテーゼのようでもあります。工業デザイン的なディテールとクラフトマンシップを思わせるディテールの絶妙なバランス。そして、仮に設置した手すりをそのまま恒久的に採用するといった、偶然性を必然性に変えてしまう柔軟さも、デザインに対する彼らの典型的な姿勢といえます。
Les Ballets C de la B & LOD(ベルギー、ゲント、2008)©Filip Dujardin
Les Ballets C de la B & LOD(ベルギー、ゲント、2008)©Filip Dujardin
House 43
2004年に竣工したアーティストのための住宅リノベーション。メイン・ファサードを見ると、いわゆる建築家が手がけた様相ではないので、驚くばかり。しかしながらコンテクストを理解すると、それがとても説得力あるアプローチであることに気づかされます。友人であるクライアントからこの物件を購入すべきかどうかと相談されたことからストーリーは始まります。ゲントには、第一次大戦後に工場労働者のために建てられたテラスハウスが多く残っており、住宅の間口も最小で4mほど。そんな住宅を蘇らせたのは、地階からキッチンへ上がる階段のデザインと、アトリエと母屋をつなぐ可動式の屋根をもった庭ではないでしょうか。オープンスペースに可動式の屋根をつけることで、温室のようになり、庭が時にはアトリエの延長的空間にもなります。多くの工業規格製品が随所に使用されているのも、個人住宅のプロジェクトの経済的論理を考えると当然かもしれませんが、造作されたディテールとの対比による美がとても新鮮なアプローチとして目に映ります。アトリエから母屋へと視線を戻すと、ADVVTカラーである緑色のスチールが、T字に中庭に面したファサードを形取っています。この緑色、鉄骨用耐火被覆塗料は通常朱色であるのに、施工業者が当時偶然手に入った緑色の塗料を使ったことに由来しています。それ以降、この緑色の塗料は、ADVVTのプロジェクトの随所に見られることになります。
House43(ベルギー、ゲント、2005)©Filip Dujardin
House43(ベルギー、ゲント、2005)©Filip Dujardin
House Engien
クライアントは、ベルギーでは有名なラジオ番組のDJ。ヤン氏は、ラジオから聞こえてくる彼女の声の大ファンだったといいます。この住宅も、フランダースの典型的なタウンハウスをセルフビルドでリノベーションしています。このプロジェクトは、図面は描かずにヤン氏が足繁く通い、いろいろな所に腰掛け、その空間の居心地を確かめるようにクライアントと密に議論をしながら、開口部やディテールを決めていったものです。ここでフランダースにおける典型的なタウンハウスの空間構成について少し述べたいと思います。通りに面する部屋は最も美しく飾られる空間で、そこで日常の暮らしは展開されません。キッチンやダイニングといった日常的に使う空間は、細長い庭方向へ増築されることによって、そのニーズを満たしていました。そしてタウンハウスの宿命的とも言える中間の部屋は、自然光の差し込まない薄暗い空間ですが、このような空間に対して、天井の一部に開口部を設け、アトリウムとしています。そして、庭方向の増築部分であった部屋の壁や天井を巧みに切り取り、未完成の状態を完成とすることでどこか遺跡のような雰囲気を醸し出しています。ポエティックに内部から庭へとつながる空間が、絶妙なバランスで非常に美しく演出されているのです。彼ら曰く、コンテクストを祝福し、そこに住む人が心から望む場所をつくりだしているのです。
House Engien(ベルギー、アンギャン、2017)©Filip Dujardin
有岡果奈 Kana Arioka
ADVVT アーキテクト、千葉大学非常勤講師。
早稲田大学、ヴェネチア建築大学卒業。ミラノにてベルナルド・セッキに師事。帰国後はアトリエ・ワン勤務。2007年に有岡建築都市設計設立後は、主に国内の都市デザインに関わる。現在、ブリュッセル在住。51N4Eを経て、ADVVT勤務。EU政府公認建築士。
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