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【シリーズ企画】もっと知りたい!ヴェネチア・ビエンナーレ
3.参加作家に聞く、2016年の〈ビエンナーレ体験〉― 前編
2018.02.23
今回は、2年前の第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展での体験を中心に、日本パビリオンの参加作家に話を聞いてみたい。

その前に、日本パビリオンのテーマについて簡単に触れておこう。「en:art of nexus」というテーマは、12作家のプロジェクトに共通して見られる姿勢・傾向から選ばれたものだ。テーマの選定では、建築の新たなあり方を形態や構成などに求めるよりも、建築/設計を通して新たな関係性をつくり出すことに比重が置かれている点に着目した。

こうした姿勢は21世紀に入ってより鮮明になりつつある社会の変化に応答したものと見ることもできる。この変化は、同展のキュレーターをつとめた山名善之さんがステートメントでも指摘したように、新自由主義がさまざまなかたちでわれわれの社会に深く浸透してきたことと無関係ではないだろう。

12作家のプロジェクトには、人と人とのつながり、環境的な視点を取り入れたモノ同士のつながり、そして地域のつながり――こうした関係性をつくり出す取り組みが見られた。この関係性をつくり出す試みはもちろん、これまでも多くの建築家たちによってなされてきたものだが、個々に孤立した取り組みではなく、12組の作家に共有されているように思われたのだ。そしてこの3つの取り組みが、展覧会では〈人の縁〉〈モノの縁〉〈地域の縁〉という展覧会の3つのカテゴリーとして設定された。

今回は、この〈人の縁〉というサブテーマのもと展示を行った常山未央(mnm)と仲俊治(仲建築設計スタジオ)のお2人に2016年の〈ビエンナーレ体験〉を中心にして話をうかがった。

日本パビリオンの入口付近に掲げられた山名氏によるステートメント(右の壁)。英伊の2カ国語で掲示された

日本パビリオンの1階の壁柱に描かれたenのロゴマーク

1階の別の壁にはen(縁)にちなんだ「縁側」の写真

「en」展の展示風景。左から、ドットアーキテクツ「馬木キャンプ」、成瀬・猪熊建築設計事務所「LT城西」、その奥に、常山未央/mnm「不動前ハウス」、さらに右側に、仲建築設計スタジオ「食堂付きアパート」、西田司+中川エリカ「ヨコハマアパートメント」

まずは、常山未央さんの話をうかがう。常山さんは2013年に竣工した「不動前ハウス」を模型と写真で出品した。

――常山さんはビエンナーレへの出展作品の制作にどのような意識で臨まれたのでしょうか?

常山未央 各国の展示で、たくさんの作家の作品を一堂に展示しているのがビエンナーレの醍醐味です。その中で、そして短い滞在時間の中でenというメッセージを感じて受け取ってもらうことはもちろん、心地よく過ごしてもらえるような展示空間をつくろうと意識しました。不動前ハウスは2分の1のスケールの大きなファサード模型に、1日の様子をプロジェクションしています。道と前庭の空気感を体で感じてもらえるよう、プロジェクションはシルエットだけのシンプルなものにし、朝、お昼、夕方、夜と光の色の微妙な変化で建物の表情が変化するようになっています。情報の量を絞って、頭を使わなくても体で感じ取れるような空間を目指しました。

――ビエンナーレの会場でどのようなことを感じ考えたのか教えてください。

常山 ジャルディーニの会場は、半屋外の各国のパビリオンが公園の中に建ち並び、植栽と太陽や風、雨と共生しています。そんな環境ってあまりないと思うのですが、その中で制作した模型を見ると、日本で見るよりも生き生きとして力強く見えました。建築が人間を守り、環境と共生するために担ってきた役割を取り戻したように感じました。ビエンナーレの会場は、そんな風に身体的に建築と向き合える場所を与えています。各国の展示を回る中で、一見まったく違う問題を抱えていても、非常に共通した動きがあることを感じました。建築を完成させることにこだわらず、段階的につくっていき、作品に時間を含みこませる感覚や、既存のプログラムや様式に捉われない倫理観などです。どうしてそのような近い感覚が生まれているのか興味を持ち、その後、ロンドンとベルリンの建築家にインタビューをしに行くきっかけとなりました。

「不動前ハウス」を解説する常山未央さん

――ヴェネチアではどのような反応がありましたか?

常山 日本館の展示では、日本という国が抱えている問題というよりは、それぞれの作家が個別の問題を扱っていました。現場としてのビエンナーレで、作家それぞれが個別の問題を真摯に語りかけたことで、ささやかな試みの中に来館者がそれぞれの問題を受け止め、それに対して建築ができることの大きさと楽しさを、文化や状況が違う中でも等身大で感じ取ってくれたことに驚きました。日本館は成功したと思っていますが、一方で、私たちが現場でやっていた切実さが、展示でわかりやすく説明した途端に、キッチュになってしまうような違和感もあり、国際展の難しさも感じました。

――ビエンナーレ以後、建築に対する考え方や姿勢に変化はありましたか?

常山 力の流れに素直でいたいと思っています。建築は人と、建材や家具をはじめ、街や大地などさまざまなものを扱う中で、力の流れを無視できません。世界は人やものの力の流れの均衡の中で成り立っていると思います。それぞれの性質も状況もどんどん変化していきます。それを受け入れ、受け流し、反発しながら均衡は保たれていると思います。力の流れを無視した建築のつくり方は、短命であるし、心地よくないと思っています。小さな流れも大きな流れも汲んだ建築は美しいと思っています。この考えは、ビエンナーレ以後も変わりません。さらにさまざまな経験をしながら、その感覚を研ぎ澄ましていきたいと思っています。

「en」展のカタログを展示した壁の前で自作を解説する常山さん

「不動前ハウス」の2分の1のファサード模型

仲俊治さんは2014年竣工の「食堂付きアパート」を模型とその下部の模型台の側面に仕込んだ映像の展示を行った。

――ビエンナーレに参加作家として選ばれたときの感想と作品の制作にどのような意識で臨まれたかを聞かせてください。

仲俊治 学生時代に旅行の一環でビエンナーレを見に行ったことがあり、自分のつくったものをきっかけに知的な交流ができたら、こんなに素晴らしいことはない、と思っていました。なので、素直に嬉しかったです。建築単体のデザインもさることながら、生活環境を提案したかったので、おそらくあまり馴染みがないであろう東京のごちゃごちゃした感じ、隙間が多くて庇などのひらひらしたものが多い様子、生活の中に仕事が入り込んだ感じ、そんなことと共にある建築の状態を示そうと考えました。

――作家として参加してみてビエンナーレはどのような場でしたか?

仲 準備のために僕は10日前から入っていたのですけど、幾分ゆとりがあったので、毎日夕方には作業を終えて、できあがりつつある他国の展示を覗いていました。オーストリアをはじめとしてキュレーターや出展者とも意見交換するようになって、それは有意義な機会でした。いまも交流が続く人たちとは、生業や小さな経済に対する関心を共有できました。

「食堂付きアパート」の前で解説する仲俊治さん

――ヴェネチアでは海外の評論家の人たちとも話す機会があったと思いますが、国内の評論家や建築家との視点の違いなどで感じたこと、考えさせられることはありましたか?

仲 決して一般化できるわけではありませんが、プロジェクトの基盤が、日本の場合は脆弱というのか即興的というのか、見方を変えれば、柔軟な感じがしました。個々の取り組みを一回限りの偶然に終わらせて良いのか、あるいは、個々の取り組みの中に有効な部分があるのであれば、なんらかの制度へ反映したらいいのかもしれません。

――プロジェクトの基盤が脆弱、あるいは即興的というのは具体的にはどういうことでしょうか?

仲 土地の所有制度ともからむので一概には言えませんが、前回のビエンナーレをきっかけにヨーロッパに見に行ったプロジェクトがあるのですが、それらは、公共(的な)の土地を使って住宅および生活環境を供給するプロジェクトでした。どこに何を使えるかということについて、十分な議論とオープンな建築家の選定をしているなぁと感服しました。ヨーロッパでは数が少ないからじっくりいけるのだ、ということであれば、日本の場合は柔軟に取り組めるプロジェクトが多数あるのだから、それらの試みを束ねて新しい流れをつくり出すという方法論もあるのかなと思った次第です。

――制度化する前の部分でも作家としてできることはあるということですね。

仲 当然あるでしょうし、今後もやっていけば良いと思いますが、その一方でやりっ放しは良くない。建築家=やりっ放し、というイメージの方が強いです。個別解はどこに向いているのか。その議論・評価を通して、個別解を束ねる動きがあって初めて、社会に対するメッセージになるのだと思います。

3点とも仲建築設計スタジオ「食堂付きアパート」の模型。生活が街へと連続している様と、「東京のごちゃごちゃした感じ」や建物間の隙間まで丁寧につくり込まれている

――ビエンナーレ以後、建築に対する考え方で変化したことはありますか?

仲 特にありません。あらためて、人間と自然の双方を考えていこうと思いました。ビエンナーレの展示は、どこも人間の話ばっかりだったな、と思いました。人間中心主義というか。地球そのものがどうなっちゃうのだろう、というのが、僕のベースにあるので、環境問題を取り扱ったものはほとんど無かったのが衝撃的でした。

次回はキュレーターの山名さんへのインタビューを掲載予定。海外の評論家から寄せられた「en」展に対する評言も交えて語ってもらいました。吉阪隆正設計の日本パビリオンについての解説もあるので、ぜひご期待ください。

内野正樹 Masaki Uchino
1960年静岡県生まれ。雑誌『建築文化』で、ル・コルビュジェ、ミース・ファン・デル・ローエら巨匠の全冊特集を企画・編集するほか、映画や思想、美術等、他ジャンルと建築との接点を探る特集も手がける。同誌編集長を経て、『DETAIL JAPAN』を創刊。現在、ecrimageを主宰。著書に『一流建築家のデザインとその現場』『表参道を歩いてわかる現代建築』(以上、共著)『パリ建築散歩』『大人の「ローマ散歩」』がある。
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