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「建築の民族誌」を考える――2018年ヴェネチア・ビエンナーレ日本館を通して
2.関連イベント「ヴェネチアのパブリックドローイング」
2019/2/5
ヴェネチアのパブリックドローイング
「建築の民族誌展」の会期中、関連ワークショップ「ヴェネチアのパブリックドローイング」が開催された(2018年8月28日~9月1日)。スイス連邦工科大学チューリッヒ校(以下ETHZ)、クイーンズランド大学、筑波大学の3大学合同の建築国際ワークショップで、学部3年生から修士2年生の計35人が参加した。参加者たちは、「ドローイング」という共通言語を通してヴェネチアの日常を収集し、都市に根づいた特徴的な建築とふるまいの関係性を記録した。「建築の民族誌」を、ドローイングを通して理解することができたワークショップであった。

ヴェネチアはイタリア北部に位置し、中世にはヴェネチア共和国として栄えた貿易都市である。今なお水路が入り組む迷宮都市は「水の都」と呼ばれ、多くの観光客が訪れている。
このワークショップは、日本館の展示が「建築の民族誌」をテーマに、生態学的な暮らしを建築学的なドローイングとして表現した作品を展示したことに関連して行われた。車という近代都市発展の基盤であるモータリゼーションが排除された都市ヴェネチアの、水路と都市の関係性をアイソメトリック図で表現する「パブリックドローイング」であった。
参加した学生たちはヴェネチアに滞在し、3、4人で1組の計10チームで課題に取り組んだ。基本的に各学校からひとりずつで編成されるため、国際色豊かなチームとなった。リサーチを行う敷地は、ヴェネチアに数多く点在する、古くには井戸が設置されたカンポと呼ばれる広場である。各チームがひとつのカンポを選ぶとともに、その場所が描かれたベドゥータ(18世紀に描かれた都市風景画)と現在の様子を見比べながら、そこでの人びとの暮らしとふるまいの変化などを考察した。人びとと都市のつながりやふるまいを読み解き、A1サイズのアイソメトリック図で表現した。

ETHZのLena Stammとクイーンズランド大学のLei Jinと共にSuola Grande di San Roccoを調査しパブリックドローイングを製作した。

4日間の日程のうち、初日に美術館等を巡りながらレクチャーを受け、翌日からおよそ3日間でリサーチ、制作、プレゼンテーションの準備に励み、最終日にプレゼンテーションを行った。
レクチャーでは、アカデミア美術館を始めクエリーニ・スタンパリア美術館、コッレール博物館を巡って実物のベドゥータの鑑賞や、ヴェネチアを代表する建築家、カルロ・スカルパの意匠などを学んだ。その他、サンティ・ジョヴァンニ・エ・パオロ聖堂ではヴェネチアに残るさまざまな建築様式に触れ、ゴンドラ遊覧では水路と建築のつながりを実際に体験した。学生たちはヴェネチアの建築や歴史、文化に触れ、これらの経験はリサーチに大きく役立った。

18世紀に描かれた、Suola Grande di San Roccoのベドゥータ。スクオーラ・グランデ(写真左の赤い建物)からは現存しないパーゴラのようなものが伸び、建物へ向かう貴族の姿が描かれていることから、このカンポはスクオーラ・グランデの広場としての機能があったと考えられる。

現在のSuola Grande di San Rocco。朝は、多くの観光客がキャリーケースを持って往来する。昼が近づくにつれてサンロッコ教会とスクオーラ・グランデを観光する人が増えていき、昼過ぎにはジェラート屋でアイスを買う人、スクオーラ・グランデの前に腰を掛けて休む人が多く現れる。夕方にはストリートミュージシャンが演奏しに訪れ、夜は裏の運河沿いにカップルが座る。いち観光客の視点では、このカンポを巡る人びとの1日のふるまいには気づけなかったのではないか。私たちはその後、1枚のドローイングの中に表現すべきこととして、1日の時間軸、慌ただしい人の流れと荘厳な建築意匠の対比、裏の運河を見せる必要があることなどを議論した。

3日目の中間プレゼンテーションでは、調査して気づいたふるまいをスケッチで発表し、それぞれの意見を共有した。リサーチの結果、当初予定していたドローイングの範囲を広げ、用紙をA1サイズ以上に変更するチームもあった。制作時間はかなり短かったが、限られた時間の中で夜遅くまでの作業や議論などのコミュニケーションを通して結束し、制作を進めた。

日本館のデッキでの作業風景。今回のワークショップでは、A3用紙を複数枚つなぎ合わせて1枚の作品になるように描かなければならなかった。そのため、それぞれが特に描きたい部分を選んで制作しながら、時折お互いの紙をつなげて接合部を書き進めた。それが結果として、全体に一体感をもちながらも各メンバーがどこに注目していたかが伝わるドローイングとなった。

最終プレゼンテーションは、ビエンナーレ展の開場直後という早い時間にも関わらず、多くの人びとが集まった。講評には、貝島桃代(筑波大学・ETHZ)、渡和由(筑波大学)、ロラン・シュトルダー(ETHZ)、アンドリュー・ウィルソン(クイーンズランド大学)の4名に加え、ゲストを招いて日本館1階の特設デッキで行われた。
各チームはそれぞれ、カンポの歴史と特徴、そして使われ方の観点から発表を行った。表現方法はさまざまで、1枚のドローイングの中に異なる時間軸を表現したり、建物を透過させてインテリアを見せるなど、発想力豊かな手法で観客をドローイングに惹きこんだ。

日本館1階での、最終プレゼンテーションの様子。

どの作品も、アジア、ヨーロッパ、オセアニアという多種多様な環境で学ぶ学生たちにより、多視点から深く考察された大作であった。1枚のドローイングとして一体感があるなかで、個々のメンバーによるバラバラな線のタッチや描き方が混在し、誰がどこに注目してリサーチし、それを描いたかが強く伝わる作品となった。参加した学生たちは、多国籍のメンバーと新しい建築的視点や表現方法を互いに学ぶなかで、「ドローイング」という建築的共通言語の魅力を再認識するとともに、自分たちが制作したドローイングから「建築の民族誌」を学ぶことができた。
Suola Grande di San Roccoのパブリックドローイング

最終的には裏の運河まで入れたいというチームの方針により、当初はA3用紙を4枚組み合わせて制作しいたものを6枚に増やし、迫力のある作品となった。ドローイング上半分の建物を透過させることで、裏にある運河沿いの広場が見えるようにした。

ワークショップ初日は、広場ではなく建築そのものや装飾について書くべきという意見や、観光客が多いため建築内部を見せたいなど、3人がバラバラの視点であった。しかし、現地を何度も訪れ、朝から晩まで観察していく中で、このカンポの特徴は時間によって人びとの行動にパターンがあり、そのふるまいの変化をドローイングのコンセプトとすることで、全員の意見が一致した。

時間軸を表現するため、人びとの頭上に時計を描き、そのふるまいが行われた時間がわかるようになっている。この部分は、15時にスクオーラ・グランデに腰掛けてアイスを食べる人や、カードゲームで遊ぶ子供達がいた風景。

16時にフラッグポールの下で演奏するミュージシャン。

スクオーラ・グランデ内には、外部と同様に壁沿いに腰掛ける人が多くいたため、内部のインテリアもわかるように表現した。また、人の描き方も外部の表現とは変えていることがわかる。

時計だけでは昼夜が区別できなかったため、太陽と月のマークもつけた。写真は21〜22時に運河沿いに集まるカップルと、7時に通る船の風景。

最終プレゼンテーションでは、時間軸を表現したことや建物を一部透過した点が好評であった。民族誌において時間や時代といった時間軸はとても重要であり、なおかつ人びとのふるまいを記述し伝えるという役割を、建築と人とカンポを描いたこのドローイングでは果たすことができるのではないかと感じている。

次回は、「建築の民族誌展」への出展作家の方へフォーカスし、インタビューを掲載予定です。制作背景やその手法、展覧会について感じたことなどを伺いました。ぜひご期待ください。
安喜祐真 Aki Yuma
筑波大学大学院
人間総合科学研究科 芸術専攻
建築デザイン領域 博士前期課程1年
貝島桃代研究室在籍
シリーズアーカイブ
キュレーターを務めた貝島桃代氏が、展示の狙いを解説します。
「建築の民族誌展」にあわせて開催された国際ワークショップについて、参加学生がレポートします。
ビエンナーレ会場で ⟨Drawing around Architecture⟩ として展示された「カサコ 出来事の地図」について、制作背景やその後の展開、出展の感想などを伺いました。
今回は、出展アーティストのおふたりにお話しを伺いました。建築を題材とした作品も多いおふたりに、建築への興味や作品制作のお話、ビエンナーレ展「建築の民族誌」がどのように映ったのかなどを伺いました。

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