TOTO
アーカイブ
建築家・中川エリカを知る――人の思いが現れる建築
2. 中川エリカを知る ~『中川エリカ 建築スタディ集 2007–2020』メイキングの現場から~
2020/12/18
私がお手伝いしたのは、西沢大良さんとの対談ですが、実は2019年の夏頃に別の仕事の件で中川さんの事務所にお伺いした時にすでに書籍のモックアップがありました。ずっしりとして大きく、ゆっくりとしかページを繰ることができないので、必然的に誌面と向き合う時間が長くなる、その時間を楽しむような本になりそうと思いました。
書籍のデザインを担当した服部一成さんは、本のデザインから、ロゴデザイン、展覧会のグラフィックまで幅広い活動で知られており、最近では2020年4月11日にオープンした「弘前れんが倉庫美術館」のロゴのデザインを手がけています。中川さんがオンデザインで働いていた時に初めて服部さんに会って以来の交流があり、中川さんの事務所のロゴや名刺、封筒、ステッカーのデザイン、またウェブサイトのデザインへのアドバイスや中川さんが手がけた「桃山ハウス」の表札のデザインなど、中川さんいわく「贅沢」に、服部さんのデザインに囲まれています。
書籍の検討は1年以上にわたって、中川さんと服部さんでモックアップを何度もアップデートしながら、続けられました。その手法は、中川さんの事務所が大型模型を用いて、建築の検討をすることを想起させます。

撮影:中川エリカ建築設計事務所
左から、B4よりも少し大きかった最初のモックアップ、サイズをB4に変更してTOTO出版・服部さん・中川さんで付箋をつけながら修正・改善点を洗い出していったモックアップ、各プロジェクトのページをひたすらブラッシュアップしていった最新モックアップ。

今回、書籍をつくることになって、中川さんがまず相談したのが、服部さんと西沢大良さんだったそうです。西沢大良さんには定期的に書籍の内容についてアドバイスをもらいながら進めていた中で「書籍に客観的な批評が必要かもしれない」と話したところ、「それは俺しかいない」ということで、今回の対談を収録することになったとのことです。
西沢大良さんとの対談は、暑い夏の頃にTOTOギャラリー・間で行われました。コロナ禍でしばらく展覧会を開催していなかった展示空間には、すでに中川さんの事務所から模型が運び込まれ、その場でメンテナンスされながら、会場レイアウトの検討をしている状態でした。それもまた現場主義というか、手や身体を動かしながら考える、中川さんの設計手法を思い起こさせました。
対談に先立ち、展覧会準備中のギャラリーで打ち合わせをしました。模型を見ながら、西沢大良さんが投げかけるのは、中川さんが答えを探して考えて話しているうちに輪郭が整っていくような質問で、すでに対談が始まっているのではと、模型の間で聞き耳を立てていました。

撮影:中川エリカ建築設計事務所
設営中のTOTOギャラリー・間での対談風景。

独立して6年目の中川さんは、30年近く建築家として活躍してきた西沢大良さんから見るとどのように見えているのだろうか。実作がそれほどたくさんない若い建築家への評価が定まらないのも無理はありませんが、中川さんと交流がある西沢大良さんには、その設計手法が特別なものであるという確信があるようで、実作だけでなく進行中の作品や模型の作り方、ドローイングの表現などを通して、その設計手法がどういうものなのかを解き明かそうとしているのだと理解しました。ただし、それは中川さんの設計手法を現時点で断定するというよりは、これからの中川さんの建築家としての活動のために、補助線を引くような対談となったと思います。
いったんまとめた原稿をおふたりにお送りして、メールのやりとりで修正を加えた後、渋谷のカフェに集まって、一度に校正作業をしました。その際、西沢大良さんが丁寧にぴったりと言い当てる言葉を探しているという印象をもちました。中川さんもきちんと自身の意図が伝わるように熱を込めて伝えます。その往復に関われたことはとても刺激的でした。
建築家として活動していくことは、長距離走のようだなと思うことがあります。長距離走は自分との戦いと言われることもあるように、自分に合った走法で自分を信じて走ることが重要だと聞きました。TOTOギャラリー・間での展覧会や書籍は、走り始めた中川さんの現在を記録しておく重要な機会になったと思います。
柴田直美 Naomi Shibata
編集者。武蔵野美術大学建築学科卒業後、建築雑誌「エーアンドユー」編集部に勤務。2006~2007年、オランダにてグラフィック・デザイン事務所thonik勤務(文化庁新進芸術家海外研修制度)。以降、編集やアート・プロジェクトを中心に国内外で活動。www.naomishibata.com
シリーズアーカイブ
関連コラム
編集者・柴田直美さんが、中川エリカさんの作品や建築アプローチ、人となりをご紹介します。
編集者・柴田直美さんによるコラム第2話。『中川エリカ 建築スタディ集 2007-2020』収録の対談について、制作秘話をご紹介します。

アーカイブ