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「建築の民族誌」を考える――2018年ヴェネチア・ビエンナーレ日本館を通して
1.第16回ヴェネチア国際建築ビエンナーレ日本館展示「建築の民族誌」について
2019/1/18
建築の民族誌」とは
「建築の民族誌」は、国際交流基金主催の第16回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展の日本館で、ロラン・シュトルダー氏と井関 悠氏といっしょにわたしが企画した展覧会のタイトルです。東京の特有の建物をあつめ、それによって都市生態系を記録し、ガイドブックとして発信した『メイド・イン・トーキョー』から約20年目を期に、建築のドローイングによって描かれた民族誌を「建築の民族誌」と位置づけて、過去20年間のさまざまな試みを世界中から収集し、そこに見える建築と暮らしのこれからの関係と、建築のドローイングの可能性を展示するのが狙いでした。
というのも、過去20年間に我々が向き合った社会的変化には、インターネットの普及、グローバル化、戦争、難民問題、災害、そして復興などさまざまなものがあり、情報化のなかで変化のスピードは一層増している時代にあるからこそ、建築の周辺にある暮らしを観察し、描くことは、それらを相対化し、身体化するために必要な行為だと考えたからです。
またそこでの描く対象と手法は、建築のあり方を社会に提案するものでもあります。『メイド・イン・トーキョー』では作家性の排除や、建築が都市生態系の部分であることを伝えるため、当時導入され始めたCADにより抽象化しアイソメトリックなどの線画としましたが、この20年間にはコンピューター表現も多様化し、なにをどのように捉え、表現するべきか、ポストCADともいえる表現が試みられ始めており、それらも展示できればと思いました。
そうしたことから、企画にあたっては、わたしの手元に集積してきたものに加えて、新たに調査を行い200以上の事例を集め、これらがどのような広がりにあるかマッピングし、外観するところから始めました。テーマ、表現手法など、それぞれの特徴をチームで議論しながら、最終的に建築の民族誌としての広がりと強度を感じさせる42作品を決めました。42作品は大きく4つに分かれています。これを建築とドローイングの間の前置詞を変え、建築について描かれたドローイングである「建築のドローイング(Drawing of Architecture)」、建築の手引書やガイドブックとして描かれたドローイングである「建築のためのドローイング(Drawing for Architecture)」、建築とその周辺の暮らしや環境を一緒に捉えたドローイングである「建築のあいだのドローイング(Drawing among Architecture)」、建築を取り巻くエコロジー、ネットワークを捉えたドローイングである「建築のまわりのドローイング(Drawing around Architecture)」という4つから説明しました。
会場デザインについて
吉阪隆正設計で1956年に竣工した日本館は、斜面の庭に正方形の展示室が、4本の柱で支えられている構成です。今回はこの日本館の空間を美しく、いきいき見せたいと考えました。
そこでまず内部展示室は、4つの楔形の柱で緩やかに分割されたひとつづきの空間であることを活かし、既存の壁だけに展示しました。これにより、床の白と黒の大理石の模様が綺麗に浮かび上がりました。既存の壁は、高さ4.19m全長約80mあり、ここに先に述べた4つのグループで作品を並べました。建築ビエンナーレではたくさんの情報展示があるために、その量で観客は疲れ果ててしまいます。そこで解説は冒頭のあいさつと概要のみとし、文字による説明を極力少なくし、観客自らがドローイングに没入し、その世界観を楽しめるようにしました。壁への配置も通常の目線位置だけでなく、水平性や垂直性、回遊性など、ドローイングの形式や特徴に合わせたものとしました。作品の距離や配置によって、作品間の類似性や差異性、隣接性からうまれる寓話性を試みました。

Momoyo Kaijima, Exhibition Design Drawing, 2018 (© Momoyo Kaijima)

ドローイングは対象が描かれる過程で、抽象性や創造性も加わります。またこれを見る観客の観察眼にも抽象性や創造性があり、その中にも自由がある。「ドローイング」は今回のヴェネチア・ビエンナーレ全体のテーマ「フリースペース」そのものだと思います。ドローイングは、建築においてデザインや提案を形づくる空間的技術であるとともに伝達方法であり、建築のもつ複雑性がドローイングを必要とし、建築の思考もこれによって支えられてきたのだと考えています。
内部展示室には既存の入り口のほかに、近年の改修で設けられたスロープの設置されたもうひとつの入り口がありました。そこでスロープの手すりの一部を外し、階段を付加することで、一筆書きの動線としました。地上階には木のテラスと長ベンチを設け、ヴェネチアの街でよく目にするポーターの荷車を利用し、食、本、ビデオ、ベンチの屋台を制作して配置しました。レセプションの時にこれらを公園に移動して軽食や飲み物を振舞い、シンポジウムでは椅子として並べ、ワークショップでは作業机に活用することで、さまざまな場をつくりました。また観客に画板や紙、鉛筆、消しゴムを貸し出し、自由にドローイングを描いてもらい、これらを会期中収集しました。日本館が「建築の民族誌」を鑑賞し、実践し、その考えを交換する場となることを願いました。
「建築の民族誌」はつづく
「建築の民族誌」という言葉は、私たちの暮らしにとって建築をつくること、あるいは建築や空間に立ち合うということが、社会的にどのような意味をもつかという問いかけでもあります。建築は社会のかたちであり、「民族」という言葉を用いると、一般には伝統的あるいは封建的集団を想起させ、「民族誌」とした場合は、そういった集団の特徴を記述したものと考えらえます。しかし、現代社会において、集団の特徴やかたちは変化し、そこで維持してきた暮らしの形態や、空間、建築との関係も変化しつつあります。今回の展示作品の多くは、変化しつつある社会とそこにある暮らし、空間や建築の形をドローイングによって記述しようとしていた。建築は社会のかたちを担ってきたということを、裏返せば、建築や空間に立ち合い、それをドローイングにより記述するという行為は、変化する時代のなかで、見えづらくなっている社会を相対化し、共有化するための方法とも言えます。この展覧会とカタログが、21世紀の民族とは、社会とは、建築とはなにか、どこにむかっているのかを、考え続けるための指標となったことを願っています。
展示期間には、「建築の民族誌」をめぐり、3回の国際シンポジウムを行いました。シンポジウムにおいて、ヴェネチアではドローイングの手法とその政治性について、東京では建築を描くことと民族誌について、アインジードルング(スイス)では、人類学、考古学の視点から意見の交換を行いました。「建築の民族誌」VS「民族誌の建築」、民族誌と人類学、再生産性と創造性など、さまざまなキーワードが提示され、この議論は引き続き、ドイツの建築雑誌での特集に展開する予定です。
また、関連イベントとして行ったサマースクールでは、17世紀に起きたVeduteとよばれる都市風景画を参照し、そこに描かれた現在の空間を学生たちが観察し、複数が協働で作成するパブリックドローイングを通して、都市の外側と内側の視点が交錯するドローイングというメディアの力をみなで学びました。
建築、民族誌、ドローイング、この3つの関係性への問いは、尽きることがありません。今回のこのTOTO出版のウェブコラムにおいても、こうした議論の一端を紹介しつつ、みなさんと「建築の民族誌」について考えていければよいと考えています。

掲載写真はすべて©Andrea Sarti/CAST1466, 国際交流基金提供

© Momoyo Kaijima

貝島桃代 Momoyo Kaijima
アトリエ・ワン、 筑波大学芸術系准教授、スイス連邦工科大学チューリッヒ校、建築振る舞い学教授1969年東京に生まれる。東京、チューリッヒ(スイス)在住。
http://www.bow-wow.jp
https://kaijima.arch.ethz.ch
http://www.geijutsu.tsukuba.ac.jp/~mkaijima
シリーズアーカイブ
キュレーターを務めた貝島桃代氏が、展示の狙いを解説します。
「建築の民族誌展」にあわせて開催された国際ワークショップについて、参加学生がレポートします。
ビエンナーレ会場で ⟨Drawing around Architecture⟩ として展示された「カサコ 出来事の地図」について、制作背景やその後の展開、出展の感想などを伺いました。
今回は、出展アーティストのおふたりにお話しを伺いました。建築を題材とした作品も多いおふたりに、建築への興味や作品制作のお話、ビエンナーレ展「建築の民族誌」がどのように映ったのかなどを伺いました。
最終回は、「建築の民族誌」展に関連して開かれたシンポジウムについて、アシスタントキュレーターを務めたスイス連邦工科大学チューリッヒ校博士・アンドレアス・カルパクチ氏による報告です。ドローイングをめぐり、深い考察が展開されています。

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