「地球家族シリーズ」著者へのミレニアムインタビュー しあわせのものさし in 2018
1.地球家族プロジェクトをとおして見える、人びとの暮らしの変化とは?
2018.11.28
――1994年にスタートした地球家族プロジェクトを顧みて、2018年の今、人びとの暮らしはどう変わったのでしょうか?
エクアドル(上)、チベット(左下)、ナミビア(右下)での著者たち
『地球家族 世界30か国のふつうの暮らし』、続編『続・地球の家族』から始まった私たちのプロジェクトは、撮影現場にして80か国を超え、四半世紀が経過しました。世界中の家族やその人びとの暮らし、家財道具や食を写し出し、それらを比較することでわかったことは、経済的な安定が良質な生活をもたらす、ということです。
ですが、安全なシェルターや十分な清潔な空気と水、健康的な食事、基本的な医療システムなどの社会保障を整えるとなれば、税負担が上がり、所得水準がひどく下がりかねません。
さらに、家庭支援制度や自治体・政府による非常時の支援、大学・民間・自治体・政府機関による男女の人権に関する教育も、人生の質を高める上で大切なことです。
勿論、これらのどれもが過剰になると充足な生活のバランスが脅かされ、均等の方程式は緊張や危害・病気、または現状への無力な放棄などに傾いてしまいます。
アメリカ(上)、日本(左下)、マリ(右下)の家族の持ち物(『地球家族 世界30か国のふつうの暮らし』より)
そして注目すべきことは、豊かとは言い難い国の多くで、25年前と比べて人びとの健康状態が改善し、寿命が延びているということです。
『地球家族』と『地球の食卓』で撮影したブータンのナムガイ一家では、平均寿命が55歳から70歳に延びています。その背景には、政府によるトイレの排水施設の整備、水源から農村地区までプラスチックパイプを敷設することでの牧畜用水の確保、木炭ストーブの排煙システムの設置があげられます。また、妊婦や子育てをサポートする医師も派遣されるようになりました。このように、経済の発展とともに一家庭の収入が増加し、健康状態も向上しているのです。
ブータンの家族の持ち物。上の写真は7年後の新しい家財道具と1週間の食材(『地球の食卓 世界の24か国の家族のごはん』より)
しかしながら、収入増加とともにグローバル市場から届けられる非伝統的な食材の消費も上がっています。
何万人もの人びとが、いまだに先住民的もしくは伝統的な食事をしているとはいえ、その数は減少しています。
テクノロジーや輸送システムが発達する中で人びとの収入が増加すると、伝統的な食は動物由来の高カロリーな食材や、グローバル市場から運ばれるスイーツなどに替わっていきます。「栄養転換」と称されるグローバル現象が起こったのです。
そして、多くの人びとが運動不足による肥満や、食生活に起因する病気を引き起こしていることは、ぬぐえない事実なのです。
こうした現象への私たちの興味が、人びとやその食を探るひとつのきっかけになりました。
日本と中国に観るファストフード。肥満に苦しむ米国男性。
例えば、このたった10年で中国都市部の食生活は激変しています。私たちは『地球の食卓』で都会と田舎の2家族を撮影しましたが、今ではこの2家族間に食生活の差異は見られなくなっています。取材当時、北京から2時間離れた農村地に住むツウイ一家は、我々がそれまで撮影してきた中国の家族と同様に、伝統的な食事を自炊していました。一方、北京に住むドン一家は、必要なものが全て揃う新しく近代的な大型ショッピングセンターで買い物をし、カートには米、卵、新鮮な野菜などの伝統的な食材に混じり、栄養転換にみられるハーゲンダッツアイスクリーム、全乳、ビーフソーセージ、寿司、バケットなど、世界中から運ばれた食材もあるのです。
中国の一人当たりの肉の消費は、今やヨーロッパを越えています。
今ではこの2家族の食卓には多くの肉が盛られ、ドン家では息子の大好きなアメリカのファストフード、ケンタッキー・フライド・チキン(KFC)が加えられました。数年前、中国本土ではKFCが1週間に3店舗オープンし、今では5,000店舗以上というアメリカ本土を上回る数となっています。
健康でなければ充足な生活は成し遂げられないと思います。欧米では、著しい進歩による高度な医療技術での治療が可能となっています。アメリカの一人当たりの医療費はどの国よりも高いにも関わらず、一向に健康とは言えない状況です。アメリカ疾病予防管理センターの報告によると、アメリカ人に蔓延する慢性的な病気の半数は、主に食生活に起因する肥満によるということです。
つまり、我々アメリカ人の多くは、食べることで自らを死に追いやっているのです。日本でも、市場がグローバル化する以前の人びとは伝統的な食事をとり、よく体を動かし、肥満といった病気は見られませんでした。
中国の農村(上)と都会(下)に住む家族の1週間の食材。(『地球の食卓 世界の24か国の家族のごはん』より)
景気経済が不安定な現代、先進国では膨大な食料が余っています。食料の保存、輸送、工業化一体の整備は、世界的に深刻な問題です。アメリカでは、価格安定のために余剰農産物を破棄することで得られる政府からの助成金が逆効果になっています。カリフォルニアで採れた大量のにんじんが人びとの口に入らず畜牛の餌になっていることは、小さな一例にすぎません。オレンジや多くの穀物類でも同じことが起きています。
米国におけるにんじんとオレンジの膨大な量の余剰農産物。
このような食糧供給の状況は受け入れがたいことですが、理論的には価格安定のために必要なことなのです。
消費市場では、食というドル箱の企業間競争が激化し、次々と新商品が生み出されています。商品を買う選択肢は私たちにあるはずですが、果たして本当にそうでしょうか?
ある日、それらの商品が高度な加工品、高カロリー、栄養価のない疑わしい食品だと知ったらどうでしょう。
ですから、私たち消費者は食についてよく学び、良い選択をすることです。そうしたことが、人類にとって良い選択となり、市場や企業に健全な食料を供給させることになるのです。初めは代償があるにしても、長い目でみれば、人びとにとって真に幸福な食卓や生活になるのです。
(左より)イエメン、アメリカ人のモデル、中国の雑技団曲芸師(『地球のごはん 世界30か国80人の“いただきます”』より)
私たちには、これまでの発行書籍テーマに沿って、数百の対比と対照の事例があります。
次回は、世界の家族と人びとがどう変化していったのか、いくつかの例をご紹介しましょう。
*掲載写真はすべて©Peter Menzel Photography
ピーター・メンツェル(Peter Menzel)
科学、環境の分野で国際的に活動している報道写真家。『ライフ』、『ナショナル・ジオグラフィック』、『ニューヨーク・タイムズ』など多数の媒体に写真を提供し、ワールドプレスフォト賞、ピクチャー・オブ・ザ・イヤー賞を複数回受賞。
フェイス・ダルージオ(Faith D’Aluisio)
ジャーナリスト、編集者。『地球家族 世界30か国のふつうの暮らし』、『続・地球家族 世界20か国の女性の暮らし』、『地球の食卓 世界24か国の家族のごはん』、『地球のごはん 世界30か国80人の“いただきます!”』(すべてTOTO出版)の共同制作者。
1994年初版の『地球家族』は、撮影対象となる家族を183の国連加盟国から30か国を選択し、その家族と共に1週間暮らすなかでデーターベースを綿密に調べあげた壮大なプロジェクト作品である。1996年発売された第3弾『地球の食卓』は、発売以来、全米で6万部突破のロングセラーとなった。
ピーターとフェイスは、これまで撮りためた2000ロールの写真と112時間のビデオ映像からの事例を紹介しながら、世界各地で積極的な社会活動を続けている。日本においても2016年に国内初の大規模な写真展が実現し、高い評価と多くの反響を得た。
シリーズアーカイブ
取材開始の約25年で、人びとの持ち物や食はどのように変わったのでしょうか。また、経済の豊かさは、何をもたらすのでしょうか。
『地球家族』、『地球の食卓』の撮影から10年を経た家族たちとの再会で、著者が見たこととは。
「地球家族シリーズ」が生まれた経緯や、取材時のエピソードなどを語ります。
継続的に連絡を取り合う3家族からのメールをご紹介します。短い言葉で淡々と語られる文面は、寡黙でありながら痛烈な問いを、私たちに投げかけています。
最終回は、集大成となる最新プロジェクト「生きとしものの終焉(The End)」についてご紹介します。世界中を取材し、さまざまな状況を垣間見た著者の言葉には、変化が加速する現代をどう生きるのか、考えるヒントが詰まっています。
コラムの最後には、プロジェクトのメイキング・コンセプト動画も公開しています。