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「地球家族シリーズ」著者へのミレニアムインタビュー しあわせのものさし in 2018
3.「地球家族シリーズ」の制作を振り返って
2019/1/23
――書籍のテーマや撮影する国々はどのように決めるのですか?
まず、私たちはプロジェクトの全てにおいて、本質的にグローバルな視点に立ち、世界に対してある大きな興味をもって取材を進めています。書籍のテーマは、異文化間の家族や個人が直面する基本的な課題にどう向き合っているのか、比較対照することを目的にしました。『地球家族』では「30か国の平均的な家族はどんな家財道具をもち、一番大切にしているものは何か?」ということ、『地球の食卓』では「24か国の典型的な家族は1週間に何を食べ、いくらかけているのか?」、『地球のごはん』では「1日の食事とその摂取カロリーはどのくらいか?」というシンプルな問いをテーマとしました。
取材地は、環境が偏らないようにしながら、私たちが単純に行きたいと思った国を選択しました。
――「地球家族シリーズ」の撮影に、何故この方法を選ばれたのですか?
それは、人びとの姿と生活を、統計とともにありのままに映し出すことで、読者の考えをより合理的に引き出せると思ったからです。実際、私たちが人びとにどう考えるかを伝えるより、はるかに良い結果を生み出せました。人びとが直面する問題や目的、希望、障害や長所、成功や失敗などを知ることで、私たちがそれにどう向き合うのかを深く理解する機会になりました。幸いにして、私たちは他人を通して互いの違いや共通点を学び、理解尊重し、寛容になれるのです。そして自分たちの人生が向上し、健康を育み、強いてはそれが健全な世界へと繋がっていくのです。

『地球家族』の撮影でエジプトを訪れた時、政府の指示により1週間も経たずに出国しなければならなくなった。その後クエートに移り、大変協力的なアブドウラ一家に出会うことができた。彼らは、素晴らしく愛情深いだけでなく、家から出した家財道具一式を置くスペースも広大にもっていた。

南アフリカでは、黒人だけが住むソウェトという危険な郊外で、3世代が同居するカンピ一家を撮影した。彼らはとても協力的だったのだが天気には恵まれず、撮影を延期したり、集中豪雨のさなかに全家具を出して撮影したりした。

――プロジェクトにはどのくらいの時間がかかるのですか? 取材、撮影にかかる費用を工面する際に困難な局面はありましたか?
この仕事は、膨大な時間と費用がかかります。
最初の書籍である『地球家族』では、調査や取材先を探し出したり、渡航費や滞在費、そして通訳などにかける資金がほとんどなかったので、多額の借り入れをしました。また、あらゆるクレジットカードから資金を工面したり、海外のエージェントに著作権料の前払いを依頼しました。ましてや、書籍を出版する経験など全くありませんでしたし、我々のテーマがあまりにも小説的で斬新すぎたのか、数十件もの出版社に断られました。その時はさすがに意気消沈しましたが、ついに米国のシエラ・クラブ・ブックという出版社を説き伏せ、契約を結ぶことができたのです。
しかし、不運にも彼らは発行部数と販売についてとても保守的でした。私が有名なトーク番組オプラ・インフリーにゲスト出演した時、書籍への反応が劇的に良かったにも関わらず、なかなか増刷してくれませんでした。
――日本版(TOTO出版発行)はどうですか?
米国のオリジナル版とはレイアウトも内容も違いますが、日本で大変高い評価を受け、写真展やレクチャーなどにも繋がりました。
私たちはいつも日本での仕事を楽しんでいますし、発行後も書店や大学などでのイベントをとても楽しんでいます。

このプロジェクトでは、砂漠の暑さから北極の寒さまで、あらゆる天候環境に遭遇してきました。寒さが大の苦手なフェイスも、イランのイスファハンのイマーム広場にあるモスクを見た時は、12月の吹雪く寒さを一時忘れたようだった。

5月のグリーンランド。犬ぞりで狩りをするハンターのエミル・マドセン。『地球のごはん』の撮影で1週間滞在した時は、ほぼ氷点下だった。

――それでご自分たちの書籍を自ら出版したのですね?
はい。シエラ・クラブ・ブック社との経験から、『地球家族』の続編『続・地球家族』は、自分たちで出版することに決めました。つまり、続編のプロジェクトには、事前の保証金も制作費用もありませんでした。ですが逆に、自分たちでコントロールできるわけですし、ほとんどの利益を取ってしまう仲介がないということです。もちろん、プロジェクトに何年もかかったり、出版までに何百万米ドルもかかる場合は特に、利益を出すまでに大変な思いをしなければなりません。資金の借り入れや個人のローンもしながら、執筆・編集・紙面のレイアウトや制作までの全ての作業を自宅のオフィス兼スタジオで進めるのですから、書籍が売れない場合の大きなリスクもあります。制作にかけた投資や、家や何もかもを失わないためにも、私たちは日々相当の努力と労力を自らの仕事にかけています。制作への投資が利益となるまでに長い時間がかかりましたが、私たちはこれまで運が良かったと思っています。「一生懸命努力すればするほど、運は味方する。」という格言がありますが、どうやらそれは真実のようです。

エジプト・カイロ郊外のビルカシュに住むラクダ商人のサレハ・アブドゥル・ファドラー。朝食をとる数頭のラクダが、仕事中のフェイスと彼女のノートに興味があったのか、彼女のお茶を飲もうとしていたので、撮影は屋上から行った。(『地球のごはん』より)

――撮影する人びとを見つけるのは難しかったですか? また、その人たちからはどのように撮影許可を得たのでしょうか?
撮影する国を決めたあとは、プロジェクトに沿った膨大な調査と、テーマをさらに絞りこみます。そして、彼らのストーリーが私たちや読者と共有できるものかどうかを照らし合わせていきます。
『地球家族』は一番困難なプロジェクトでした。家族に家財道具一式を家の外に出してもらい、ポートレートを撮るのはたやすいことではありません。実際、撮影は大変な困難でしたが、やり遂げたあとは、これは想像以上に興味深い仕事だ、ということがわかりました。
その経験があったからこそ、『地球の食卓』での撮影や取材先への依頼自体はさほど難しくありませんでした。むしろ大変苦労したのは、撮影と同時に食べ物の重さを書き留め、それぞれのカロリーを計算していくことでした。

チャドの砂漠にある巨大な難民キャンプでのアブバカル一家の撮影自体は容易だったが、救済エージェンシーにチャドの首都から500マイル以上も離れたキャンプ地まで連れていってもらうことには大変苦労した。電源プラグを乗せた車を走らせながら、摂氏100度の暑さに耐えたおかげで、一家とキャンプ地のブロックチーフは喜んで撮影に応じてくれた。

グアテマラの山脈。メンドーサ一家は快く撮影に応じてくれたが、撮影した時期は諸聖人の祝日祭の準備で村じゅう大忙しだった。この祭で知られるトドスサントスの街では、男たちが1週間に飲むアルコールも莫大な量。写真に収まった父親は、ひどく酔いつぶれていた。

――なぜ、人びとの1日分の食事を撮影するという独特な方法が大切だと思われたのですか?
自分がどんなものをどのくらい食べ、それは健康に良いものなのかどうか、よく知ってもらいたかったからです。食べることは、肉体の活動のためだけでなく、環境や遺伝学と同じぐらい最も大切なことなのです。『地球のごはん』で取材した30か国の国々を通し、市場のグローバル化によって流通した加工食品が、人びとの体重増加や健康を脅かしていることがよくわかりました。
私たちは、それを単に言葉や数字で示すのではなく、取材した人びとのありのままの姿とその背景にあるストーリーや統計をもって気づいてほしかったのです。

イエメン首都サヌアにある、古い市場で会ったカート商人のアハメド・スウエイド。カートという葉っぱを噛むと、アンフェタミンのような弱い覚醒作用がある。イエメンの男性の90%、つまり人口の多くが週に数回この葉を噛む習慣がある。アハメドは、妻に会わせることも自宅での撮影も許さなかったので、近隣のビルの屋上で撮ることになった。 撮影を終えると、今度は撮影した全ての食べ物の重さを計測し、ようやく1日の合計カロリーが算出できる。これらの作業は困難でとてつもなく時間がかかる。フェイスとスタッフは『地球のごはん』で撮り下ろした80人のカロリー計算にほぼ1年をかけ、その後さらに数週間かけてプロの栄養士にカロリー計算のチェックをしてもらった。



イエメンで妻の撮影をさせてくれる男性を2週間ほど探したが、一向に見つからなかった。諦めかけたところ、人づてに我々のプロジェクトを理解してくれた女性、サダを見つけることができたのだが……結局、彼女が顔を見せることは許されなかった。

『地球のごはん』1日の食事の合計カロリーを集めた30か国、80人の人びと。

私たちは、短い時間で多くのことを学びました。これらは私たちのプロジェクトのテーマとなり、今もなお継続しています。
そして、私たちの生活がいつも良い方向にばかりではなく、どう変化しているのかが見えてきます。

それは、次回にお話することにしましょう。

*掲載写真はすべて©Peter Menzel Photography
ピーター・メンツェル(Peter Menzel)
科学、環境の分野で国際的に活動している報道写真家。『ライフ』、『ナショナル・ジオグラフィック』、『ニューヨーク・タイムズ』など多数の媒体に写真を提供し、ワールドプレスフォト賞、ピクチャー・オブ・ザ・イヤー賞を複数回受賞。
フェイス・ダルージオ(Faith D’Aluisio)
ジャーナリスト、編集者。『地球家族 世界30か国のふつうの暮らし』、『続・地球家族 世界20か国の女性の暮らし』、『地球の食卓 世界24か国の家族のごはん』、『地球のごはん 世界30か国80人の“いただきます!”』(すべてTOTO出版)の共同制作者。
1994年初版の『地球家族』は、撮影対象となる家族を183の国連加盟国から30か国を選択し、その家族と共に1週間暮らすなかでデーターベースを綿密に調べあげた壮大なプロジェクト作品である。1996年発売された第3弾『地球の食卓』は、発売以来、全米で6万部突破のロングセラーとなった。
ピーターとフェイスは、これまで撮りためた2000ロールの写真と112時間のビデオ映像からの事例を紹介しながら、世界各地で積極的な社会活動を続けている。日本においても2016年に国内初の大規模な写真展が実現し、高い評価と多くの反響を得た。
シリーズアーカイブ
取材開始の約25年で、人びとの持ち物や食はどのように変わったのでしょうか。また、経済の豊かさは、何をもたらすのでしょうか。
『地球家族』、『地球の食卓』の撮影から10年を経た家族たちとの再会で、著者が見たこととは。
「地球家族シリーズ」が生まれた経緯や、取材時のエピソードなどを語ります。
継続的に連絡を取り合う3家族からのメールをご紹介します。短い言葉で淡々と語られる文面は、寡黙でありながら痛烈な問いを、私たちに投げかけています。
最終回は、集大成となる最新プロジェクト「生きとしものの終焉(The End)」についてご紹介します。世界中を取材し、さまざまな状況を垣間見た著者の言葉には、変化が加速する現代をどう生きるのか、考えるヒントが詰まっています。
コラムの最後には、プロジェクトのメイキング・コンセプト動画も公開しています。

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