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【シリーズ企画】もっと知りたい!ヴェネチア・ビエンナーレ
5.参加作家に聞く、2016年の〈ビエンナーレ体験〉―後編
2018.03.20
シリーズの最終回となる今回は前々回に続いて、2年前の第15回ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展の日本パビリオンの参加作家に〈ビエンナーレ体験〉を中心に話を聞いてみたい。

話をうかがうのは、「en:art of nexus」の3つのカテゴリーのうちのひとつ、〈モノの縁〉で出品した403 architecture [dajiba]の橋本健史さんと、〈地の縁〉で出品したドットアーキテクツの家成俊勝さんのお2人。

行き過ぎた市場原理主義(新自由主義)がいまだ衰えを見せない中、一方で、それとは異なる価値観による社会変化が胎動しつつある。403 architecture [dajiba]とドットアーキテクツという2組の設計集団の活動に感じられるのは、次代を予感させるそうした新しい価値観と感性だ。

日本パビリオンのエントランス近くに置かれたペーパー。英伊の2カ国語で12作家の言葉が紹介された

エントランス付近からパビリオンの内部を見る

エントランス付近を見る

高度成長のもと、繰り返されてきたスクラップ・アンド・ビルドとは異なる流れを模索する403 architecture [dajiba]は、素材の調達から活用、利用の仕方までもデザインの対象として活動している。ビエンナーレではこれまでのプロジェクトを写真展示するとともに、現地で制作したベンチも出品した。

――どういう意識で出展作品を制作したのか、現地制作された作品のことも含めて聞かせてください。

橋本健史 われわれの活動は、「en」の3つのカテゴリー――〈人の縁〉〈地域の縁〉〈モノの縁〉それぞれどの側面も持っていますが、ビエンナーレでは特に〈モノの縁〉ということをシンプルに展示しようと考えました。そのため日本での活動と同様に、現地ヴェネチアの「もの」を使って、実際に制作を行うことにしました。具体的には、廃棄予定のヴェネチアングラスを使って、アーチ状のベンチを制作することで、「もの」の流れそのものをデザインするという「手法」を展示したわけです。

制作過程で、ムラーノ島の伝統的なガラス加工の技法や、最新の技術を用いたガラス工場での組み立て工程などに触れ、「もの」がその地域の技術や文化、歴史といったものと連綿と結びついていることを体感しました。「もの」が自立的にただ存在しているのではなくて、環境そのものと結びついているような、空間的にも時間的にも大きな広がりの中にあるということが、日本から遠く離れた地であるからこそ、より明確に理解できたように思います。

「en」展の展示風景。左から、増田信吾+大坪克亘「躯体の窓」、今村水紀+篠原勲/miCo.「駒沢公園の家」、403 architecture [dajiba]「渥美の床」他。手前の模型が能作アーキテクツ「高岡のゲストハウス」

403 architecture [dajiba]の3人。左から橋本健史さん、辻琢磨さん、弥田徹さん。手前は廃棄予定のヴェネチアングラスを使って現地で制作されたアーチ状のベンチ(土田康彦氏、金田泰裕氏らが制作協力)

――ヴェネチアで展覧会を見た人たちの反応はどうでしたか?

橋本 思った以上にすんなり理解されていたのではないかという実感があります。ガラスのベンチ以外にも、これまでのプロジェクトのプロセスを含めた写真パネルを展示し、「もの」の流れがどのように建築プロジェクトになっているのかを説明しました。また浜松という工業都市における現状や、人口推移や経済状況なども簡単に説明すると、特にヨーロッパ圏の人には理解しやすいようでした。規模の小ささやリノベーションが多いということも、日本ほど特徴として見られていないようにも思いました。

一方で他国のパビリオンと比較すると、政治情勢や経済状況、難民やテロの脅威などについて、日本はそれほど深刻ではないということが、ある種ののびやかさというか、独特のゆるさみたいなものを纏っている所以なのかということも感じました。

――建築に対する基本的な考え方や建築に取り組む姿勢などで、ビエンナーレ以後に変わったことはありますか?

橋本 建築というものが、実践でありながらも同時にリサーチであるような、場所と密接に結びついたものとなることをめざしています。建築と都市とでフィードバックし続けながら、「もの」や人、技術や慣習、言葉や地形といったありとあらゆるもの、世界そのものが流動していることを捉えて、そのなかに建築を見出したいということは、ビエンナーレの前後によって変わってはいません。ただこういった取り組みが、世界の多くの人と共有し得るということがわかったのは、大変大きな収穫でした。

壁の写真パネルを説明する橋本さん。その左が弥田さん

これまでの403 architecture [dajiba]プロジェクトが写真パネルにまとめて展示された

都市部から遠く離れた周縁ともいえる地域は、市場の関心からも大きく離れている。ドットアーキテクツは、瀬戸内海の小豆島に深く根づいたコミュニティとの密なコミュニケーションの中から実現させた2つのプロジェクトの模型展示を行った。

――ビエンナーレへ参加することが決まってどう思われましたか?

家成俊勝 嬉しかったですね。世界の建築の動向を知る良い機会ですし、何よりヴェネチアにしばらく滞在できるのが楽しみでした。

――ビエンナーレにはどのような意識で臨まれたのでしょう?

家成 ビエンナーレ開催までは、実際に1分の1の馬木キャンプを事務所の中に建てて展示の方法を検討しました。見てくれる方々にどうすれば分かりやすく伝わるかを考えました。あと、小豆島の馬木の空気感を少しでも持っていきたいなと。なので洗練させすぎないことを意識していたと思います。提灯をぶら下げたり。ヤギをつくったり。

プロジェクトの解説をするドットアーキテクツの家成俊勝さん。その左が土井亘さん

――ビエンナーレに実際に行ってみてどうでしたか? 印象に残ったことなどあったら教えてください。

家成 お祭りですね。あとは世界中には色々面白いプロジェクトがあるなと。今回特に印象に残っているのは中南米のプロジェクトです。たとえば、アルセナーレではGrupoTalcaがobservation deck in Pinohuachoを展示していましたが、小さなプロジェクトだけどインパクトがあると思いましたね。視野が広がりました。個人的に一番の収穫は、一緒に滞在した建築家たちと飲んで食って建築の話をできたことですね。何を話したか酔っててあまり覚えてないですが。

――ビエンナーレでは、海外の人たち、特に評論家などと会う機会があったと思いますが、どのようなことを話されましたか?

家成 私自身が海外の評論家と話すことはなかったように思います。来場者と馬木キャンプの背後にあるコンテクストを短い時間ですべて共有するのはなかなか難しいですね。長い時間を費やすプロジェクト型の建築にはよくあることです。でも展示を見に来てくれた方々はとても楽しそうにしていました。審査員特別賞の受賞もうれしかったですね。ただ、授賞理由が「都市の過密地域における・・・」ということで、私たちのプロジェクトは非都市部の過疎地域なんだけどと……(笑)。

ドットアーキテクツの「馬木キャンプ」の1分の1模型の中には、「美井戸神社」の模型(一番下の写真)も置かれた

――ビエンナーレ以後に、建築に対する姿勢や考え方に変化はありましたか?

家成 基本的な姿勢は、私たちの事務所の考えを押し付けないということです。行く場所、暮らす人々、使われている道具など、その場その場で何かも違います。いつも、まずは学ぶことからスタートしたいです。ビエンナーレ以後もその姿勢は変わっていません。ふにゃふにゃと変化しながら今後もやっていきたいです。それから日本以外でプロジェクトをやりたいという思いが以前より強くなりました。環太平洋のどこか、インドネシアでもアラスカでもメキシコでもチリでもどこでも行きたいです。

「馬木キャンプ」の模型の前に置かれたヤギの庄平。左奥が日本パビリオンのエントランス

これで、ヴェネチア・ビエンナーレを紹介した5回シリーズのブログを終えます。拝読いただきありがとうございました。ヴェネチアの歴史を振り返ることから始めて、2年前のビエンナーレの紹介へと至り、2年前のイタリアへの旅が生々しく蘇る瞬間が何度か訪れました。

2年前はビエンナーレの関係者だったため行事も多く、ヴェネチアの街を楽しむことまではできなかったのですが、次に訪れる際にはじっくりゆっくりとヴェネチアを味わいたいと思っています。そして、いつか、ヴェネチアの街と建築についても書いてみたい、そんな気持ちも生まれました。

今年のビエンナーレを訪れる方々に、このブログが少しでもお役に立てたら幸いです。
内野正樹 Masaki Uchino
1960年静岡県生まれ。雑誌『建築文化』で、ル・コルビュジェ、ミース・ファン・デル・ローエら巨匠の全冊特集を企画・編集するほか、映画や思想、美術等、他ジャンルと建築との接点を探る特集も手がける。同誌編集長を経て、『DETAIL JAPAN』を創刊。現在、ecrimageを主宰。著書に『一流建築家のデザインとその現場』『表参道を歩いてわかる現代建築』(以上、共著)『パリ建築散歩』『大人の「ローマ散歩」』がある。
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