「地球家族シリーズ」著者へのミレニアムインタビュー しあわせのものさし in 2018
5.「地球家族シリーズ」が導いた、最新プロジェクトとは?
2019/3/28
――現在はどのようなプロジェクトを進めているのですか?
さまざまですね。私たちはスポンサーをもたないフリーランスですので、常に仕事をしています。最後の書籍プロジェクト「地球のごはん」を終えて間もなく世界的な不景気になり、雑誌や写真集の販売にもその影響が及びました。それからは、写真展や講演などを主力に行っています。これまでに、ノルウェー、オランダ、デンマーク、ドイツ、フランス、イタリア、リトアニア、カナダ、南アフリカ、カンボジア、ブラジル、コロンビア、韓国、日本といった国々で開催しました。
左より、ローマ国連FAOロビーでの写真展、ノーベル平和センターでの写真展(ノルウエー・オスロ)、回顧展(東京)
そうした中で、旅先の国でさまざまな撮影や取材を行いましたが、そのひとつに私たちが長い間手がけているプロジェクトがあります。それは、「生きとしものの終焉(The End)」(仮称)です。
左より、受難週(スペイン・サラマンカ)、原爆ドーム(広島)、人体のプラスティネーション
これまで20年にわたり、40か国以上で私たち同輩である人間の死にまつわる儀式、行事、信仰や文化の記録をしています。それは、生命すべての最後の行いは「死」だからです。私たちにとって非常に大切で、文化的にも興味深いテーマとなっています。死は、西洋社会では時としてとてつもない恐怖と不安、そして目をそむけたい事柄ですが、生きとしもの全てに与えられた自然の循環にある終焉なのです。ある文化では、死を新たな人生の始まりと捉えています。私たちはこの避けがたいテーマについて、異なる国での状況を見せながら、自分たちの人生をより理解し強固にできると思ったのです。
左から、諸聖人の日(ポーランド)、死者の日(メキシコ)、火葬(インド・バラナシ)
若い時は、自身の考えばかりに夢中になりすぎて、死について考えることなど願わくば避け、自分の終焉を真剣に考えないものです。ですが、年を重ねるにつれ自然の循環に対する感覚やその前後に考えがおよぶようになり、この宇宙に存在する地球上で、自分たちの人生のビックピクチャー(全体像)を見据えられるようになります。今では多くの人が都会に住み、夜空や折々の季節、生と死を繰り返す自然に触れる機会は、都会で生き抜くことや野心で掻き消されてしまいます。全ての人が世界を旅して私たちが見たことを実際に目にすることはできませんからね。私たちの取材を通して、人びとに伝えたいと思っています。
――どのようなことがわかりましたか?
私はフリーランスのフォトジャーナリストとしてちょうど50年が過ぎました。フェイスもライター、レポーター、プロデューサーとして30年ものキャリアになります。私たちふたりは当初、成功や失敗をしながら多くのことを学びました。共に仕事を始めてからは、より多くのプロジェクトが生まれました。特に「地球家族」プロジェクトを終えてからは、家族や絆がいかに大切かを知ったのです。
食のグローバル化に関する3冊のプロジェクトからは、食事や運動、健康についても多くのことを知りました。その後、次世代の幕開けとして出版された『ロボ サピエンス』では、私たちの未来においてハイテクロボット工学や人工知能が果たす役割や危険性もより深く理解しました。
左から、ロボットの顔(東京)、人工の身体の一部(ドイツ)、女性のロボット(東京)
これらが私たち個人へいかに影響を与えるかを深く理解したとしても、自分たちの運命や未来を完璧にできるわけでも、より良い方向へコントロールできるわけではありません。良くも悪くも多くの物事が変化し続ける世の中で、人生に対して苛立ちを覚えることさえあります。
例えば、食糧流通のグローバル化は、日常の食の豊かさや、豊富な選択肢、手ごろな価格をもたらしました。そして、健康のために食を管理し、それを実践することがいかに大切かも知りました。それでもなお、肥満や食にまつわる病気が米国や先進国、そして貧しい国々でも多く見られることはとても耐えがたいことです。
左から、マクドナルド(上海)、バイパス手術を待つ男(米国)、スーパーマーケット(米国)
世界とつながる需要が高まった果てに、ソーシャルメデイアへの依存がもたらされました。スマートフォンやゲーム機に捕われるほど直接対面する人間関係が軽薄になり、現実からバーチャルへと世界が歪められ、噂や陰謀説、フェイクニュースなどがたやすく広まってしまいます。ですから、当然のように送られてくる情報のプロパガンダを見分け、精査する視点を皆がもつ必要があります。さらに強い懸念は、こうしたテクノロジーの高まりが、世の中の全体主義や独裁権力を助長していることです。事実とフィクションを見分けることができなくなると、恐怖と孤立感に駆られ、軍国主義、人種差別や危険なナショナリズムがあおられるようになります。報道の自由を制限することは、私たちの自由を制限することなのです。
左から、地下鉄(東京)、携帯を手にするミャンマー・ヤンゴンの僧侶、インターネットカフェ(上海)
――それでは、私たち個人には何ができるのでしょうか?
物事に対して問いをもつことです。新しい考えに対してオープンであり、事実を確信できる判断力をもつことです。そして、合法的な情報を支持すること。権力に向って真実を話すこと。多様性を養い、信頼を築き、思いやりを示すこと。そしてそれを繰り返し行うことです。なぜなら、人とのつながりへの欲求とソーシャルメデイアへの依存によって、これまで以上にひとびとと直接関わる時間が大切になるのです。
外に出かけ、人びとのために現実の世界をより優しい場所にしていきなさい。
ピーター・メンツェル&フェイス・ダルージオ。コロンビア・メデジンにて。
頑張って。
そして、忘れないでほしい・・・
「一生懸命(そして賢く)努力すればするほど、運は味方する。」*ということを。
*注釈:殿堂入りした偉人ゴルフプレーヤー、ゲーリー・プレーヤー(Gary Player)の言葉。
Good luck, and remember too, that quite often the harder (and smarter) you work, the luckier you are.
米国カリフォルニア ナパにて。
ピーター・メンツェル&フェイス・ダルージオ
全5回でお届けしたインタビューの連載は、今回をもって終了となります。地球家族それぞれが過ごす場所が、少しでも優しい場所となりますように。
今も彼らの飽くなき”問いかけ”は続いています。
ピーター・メンツェル(Peter Menzel)
科学、環境の分野で国際的に活動している報道写真家。『ライフ』、『ナショナル・ジオグラフィック』、『ニューヨーク・タイムズ』など多数の媒体に写真を提供し、ワールドプレスフォト賞、ピクチャー・オブ・ザ・イヤー賞を複数回受賞。
フェイス・ダルージオ(Faith D’Aluisio)
ジャーナリスト、編集者。『地球家族 世界30か国のふつうの暮らし』、『続・地球家族 世界20か国の女性の暮らし』、『地球の食卓 世界24か国の家族のごはん』、『地球のごはん 世界30か国80人の“いただきます!”』(すべてTOTO出版)の共同制作者。
1994年初版の『地球家族』は、撮影対象となる家族を183の国連加盟国から30か国を選択し、その家族と共に1週間暮らすなかでデーターベースを綿密に調べあげた壮大なプロジェクト作品である。1996年発売された第3弾『地球の食卓』は、発売以来、全米で6万部突破のロングセラーとなった。
ピーターとフェイスは、これまで撮りためた2000ロールの写真と112時間のビデオ映像からの事例を紹介しながら、世界各地で積極的な社会活動を続けている。日本においても2016年に国内初の大規模な写真展が実現し、高い評価と多くの反響を得た。
シリーズアーカイブ
取材開始の約25年で、人びとの持ち物や食はどのように変わったのでしょうか。また、経済の豊かさは、何をもたらすのでしょうか。
『地球家族』、『地球の食卓』の撮影から10年を経た家族たちとの再会で、著者が見たこととは。
「地球家族シリーズ」が生まれた経緯や、取材時のエピソードなどを語ります。
継続的に連絡を取り合う3家族からのメールをご紹介します。短い言葉で淡々と語られる文面は、寡黙でありながら痛烈な問いを、私たちに投げかけています。
最終回は、集大成となる最新プロジェクト「生きとしものの終焉(The End)」についてご紹介します。世界中を取材し、さまざまな状況を垣間見た著者の言葉には、変化が加速する現代をどう生きるのか、考えるヒントが詰まっています。
コラムの最後には、プロジェクトのメイキング・コンセプト動画も公開しています。