Story01 対談男女別トイレ、男女共用トイレ、車いす使用者トイレ。
多様化が進むパブリックトイレに必要な"サイン"とは
多様性-ダイバーシティ-が尊重される時代になり、パブリックトイレには性別を問わず利用できる男女共用トイレが少しずつ増えはじめました。男性トイレ、女性トイレ、多機能トイレ、男女共用トイレと多様化が進むなか、利用者を適切なトイレへと誘導するわかりやすいサインは一層重要な存在になっています。そこで、男女共用トイレのピクトグラム策定に尽力されたサインの専門家に、男女共用トイレが普及していく未来を見据えたパブリックトイレのサインのあり方を聞きました。
- 公益財団法人交通エコロジー・モビリティ財団
バリアフリー推進部企画調査課
調査役 竹島恵子さんだれもが安全かつ安心して移動できる公共交通機関をめざすため、標準案内用図記号(ピクトグラム)やコミュニケーション支援ボードの作成・公開、交通バリアフリーに関する助成、バリアフリー学習プログラムの実施等を進めている。
- 株式会社アイ・デザイン
取締役/デザイナー 堀口仁美さんJR東海、全日空、ホーチミン地下鉄のサインマニュアルなど、グローバル企業でのサインディレクションを得意とする。JR東海新幹線のフルカラーLED列車情報案内システムで2003年度グッドデザイン賞受賞。近年では全日空のタブレット端末用のデジタルコンテンツのデザインも手がける。
男女共用トイレのピクトグラムができるまで
男女共用トイレのピクトグラムができるまで
竹島恵子さん(以降、竹島)
堀口仁美さん(以降、堀口)
まずは交通エコロジー・モビリティ財団の竹島さんにお伺いします。
男女共用トイレのピクトグラムを策定した経緯を教えてください。
- 竹島:
- 新型コロナウイルス感染症拡大により延期になりましたが、2020年東京オリンピック・パラリンピック競技大会の開催決定を受け、多くの外国人観光客の来日が予想されるなかで、トイレまわりの機能を伝える図記号を充実させることが必要ではないかと検討が始まりました。そのうちのひとつとして、異性介助の場合やトランスジェンダーをはじめとするLGBTの方も気兼ねなく使える男女共用トイレのピクトグラムを作成することになったのです。
どういった検討を行ったのですか?
- 竹島:
- まずは国内外での事例を集めました。たとえば、一般的なトイレのピクトグラムの中央にある男女の仕切り線を取ったもの、身体の半分が男性で半分が女性の人型ピクトグラムを使ったもの、レインボーマークがついているもの、性別記号を組み合わせたものがありました。さまざまな事例をもとに、どういった要素が入っているとわかりやすいのか、サインの専門家や学識経験者、当事者団体の方々とともに議論しました。
<男女共用トイレのピクトグラム>
2018年に、標準案内用図記号ガイドライン改訂版に加えられた男女共用トイレのピクトグラム。大きな特徴は、色調はモノトーン、男性と女性を示すピクトグラムの間の境界線がない点です。
- 竹島:
-
そこで、「男女共用トイレのピクトグラムは、一般トイレのピクトグラムの仕切り線を取る形で検討しよう」と方向性が決まりました。これまでのピクトグラムとまったく違うものにすると、特別感が出てしまい利用者が入りづらくなると考えたからです。一方、一般トイレのピクトグラムとあまり変わらないと利用者が混乱してしまう可能性もあります。そこで、「このピクトグラムが何を表していて、なぜ必要なのか」を広く知ってもらうための周知活動もセットで進めていくことになりました。
その後、作成した図案をもとに当事者団体へのヒアリングや意見交換会、理解度試験・視認性試験を実施したところ、大きな問題は見られなかったので、図案を微調整する方向で最終決定しました。“文字による補助表示をつける際は「男女共用 All gender」またはそのどちらかとする”“色彩はモノトーンが望ましい”と注意書きをつけ、一般公開しています。
一般的なトイレのピクトグラム
男女の間に線が入っています
モノトーンにしたのは、「男性は寒色、女性は暖色」という色分けに違和感を持つ方でも入りやすいように、という配慮からでしょうか?
- 竹島:
- そうです。一般トイレのピクトグラムは男性を青、女性を赤で表したものが多いですよね。それをモノトーンにすることで、「このピクトグラムは何だろう」と立ち止まってもらい、さらに「男女共用 All gender」という補助表記を読んで自分が使いたいトイレかどうかを判断していただく。そうした流れができるのではないかと考えました。
当事者の方からはどんな意見が上がりましたか?
- 竹島:
- 男女共用トイレには、「トランスジェンダーなどLGBTの方が使いやすい」「異性介助をする方が使いやすい」という役割もあります。そのどちらを優先するべきかという議論がありました。
印象的だったのは、LGBT当事者団体の方が「異性介助を優先していただいてかまいません」とおっしゃっていたことです。「LGBT向けであることが強調されているとかえって入りづらくなってしまう方もいる」というご意見もありました。もちろん、それがLGBTの方みなさんの総意というわけではなく、LGBT向けであることが明示されている方がいいと考える当事者の方もいらっしゃると思います。ただ、私たちがうかがった当事者の方々は、「さりげない方がいい」と口を揃えていましたね。
表記については、「EVERYONE」という案もあったのですが、「誰でもどうぞ」としてしまうと、男女共用トイレが混雑し必要とする人が使えなくなってしまうかもしれないと考え、「All gender」に落ち着きました。海外では、「Gender neutral」「Gender Free」といった表記もあるそうです。
男女共用トイレのピクトグラムについて周知活動を行っていくそうですが、具体的にはどんなことを行う予定ですか?
- 竹島:
- まずはWEBサイトでの情報提供を考えています。ピクトグラムを作成することになった背景や、その経緯、そして事例などもまとめて掲載して、より多くの方にご理解いただけるよう解説したページを作成したいと考えています。
専門家がトイレのサインをデザインするときに考えること
専門家がトイレのサインをデザインするときに考えること
次にアイ・デザインの堀口さんに伺いたいのですが、
トイレのサインをデザインするとき、どのようなことを考慮しますか?
- 堀口:
- 建物の特性によって、サインに求められる条件は変わります。ホテルや百貨店などの商業施設では、サインもインテリアの一部を担っています。トイレのピクトグラムが大きいと空間の雰囲気を崩してしまうため、小さめにデザインします。
一方、駅や空港といった交通機関の施設では、人の流れが滞らないことが重要なので、サインを見て瞬時に判断し行動できることを第一に考えます。情報の確かさ、移動の安全性、安心感などもデザインの要素として強く要求されますね。
最近は目立たせるために単純にピクトグラムを大きくするケースが増えているように思います。私の身長よりも大きなものも見かけますが、人混みの中ではサインの全体像が見えないので、男性用なのか女性用なのかは色でしか判別できません。大きなピクトグラムを採用する場合は、目線の高さに20cmほどの小さなピクトグラムを加えることが必要になると思います。
商業施設に設置されているさりげないサインの例
大阪駅のサイン。改札付近で混雑する場所ですが、天井付近にあり下地が白なのでサインが目に入りやすい
サインのデザインについて、印象的な事例を教えてください。
- 堀口:
- 成田国際空港第3ターミナルのトイレの入り口には、正面だけではなく横から見てもわかるようにと壁のコーナーにピクトグラムを施しました。折れ曲がっている状態で中に入っていくことを示す工夫でもあるのですが、ピクトグラムが折れていると違和感があるという声もいただきました。ピクトグラムの加工には慎重になったほうがいいのかもしれませんね。
入口の角の部分にある大型のサインの例
- 堀口:
- また、トイレがある場所まで誘導するサインと、入り口に掲げられたサインの大きさがあまりに違うと、自閉症の方はトイレだと判断できず混乱してしまうケースがあると聞きました。誘導用のサインを見ながらせっかくたどり着いたのに、認知に齟齬が起きて中に入っていけない……と。そういった方々を想定すると、やはりピクトグラムはある程度統一したほうがいいのでしょうね。
- 竹島:
- ある空港を調査したとき、吊り下げ型の誘導サインが多用されていました。遠目ではわかりやすかったのですが、いざトイレの出入り口まで行くと壁面にはサインがなく、どちらが男性用でどちらが女性用なのか注意して見ないと判別できませんでした。サインのサイズや設置する場所とそのバランスは重要ですね。
ただし、気になることもあります。
昨年福岡市が認知症の方にどのようなサインがわかりやすいか調査した結果、男女の人型のピクトグラムではトイレだと認識できない方も多いとのことでした。ストレートに便器の形にした方がわかりやすいそうです。ひとつのサインであらゆるニーズを満たすことはなかなか難しいですね。
サインは目で見て判断するものですが、弱視の方や色弱の方など、
視覚に障がいのある方にはどんな配慮をされていますか?
- 堀口:
- 人の脳は、形よりも色の方を素早く認識します。ですから、日本では「男性は寒色系、女性は暖色系」というように色を一緒に配置することが識別の補助になると思います。ただ、広い面積に真っ赤な色が施されていたりすると不安を感じる方もいるので、色の範囲や明度・彩度などはきちんと検討する必要があります。
また、壁面とサインが同系色の場合は濃淡のコントラストをつける、サインに少し厚みを持たせる、縁を黒く塗る、といった形でサインを目立たせると、色弱の方でも認識しやすくなります。
壁とサインの色が近いものの、下に濃い色を敷いてあるので埋もれません
トイレの出入り口付近に設置された音声ガイドと触知図
- 竹島:
- サインの話とは少しずれてしまいますが、バリアフリー法のバリアフリー整備ガイドラインでは、トイレの出入り口付近での音声案内や触知図の設置について記載されています。音声案内は、「右側が男性トイレ、左側が女性トイレです」といったものですね。触知図は男女別や個室がどう並んでいるなどが表示され、文字が併記されていて、入る前に確認することができるというものです。
その前段階で、トイレまでは視覚障がい者誘導用ブロックが敷設されています。とはいえ、視覚障がい者誘導用ブロックはその先に何があるのかまで伝えてくれるわけではありません。音による案内やICTの活用等情報を伝える何らかの工夫ができるといいですね。
わかりやすい空間、わかりやすいサインを追求していく
わかりやすい空間、わかりやすいサインを追求していく
パブリックトイレをわかりやすくするためには、何が必要だと考えますか?
- 堀口:
- 実はサインの前の段階で、わかりやすい空間設計が必要だと思います。「ユニバーサルデザインに配慮したトイレを設置しています」と大々的にアピールしているけれど、そこにたどり着くまでの動線がわかりづらいというケースは多々あります。商業施設の場合は特に、回遊性が重視されますからそうなってしまう場合もあるのですね。空間設計のわかりづらさをサインだけで解決することはできません。
- 竹島:
- 建築とサインの融合が必要ですね。利用者が「大体このあたりにトイレがあるだろうな」と直感的にわかるような場所にトイレを設置すること。そして、サインによって利用者が「自分にとって必要なトイレはどれか」を判断できるようにすること。これが大切だと思います。
- 堀口:
- トイレの歴史を振り返ると、昔は一般トイレのほかに「車いす使用者専用トイレ」が設置されていました。多様なニーズに応えるために「だれでもトイレ」「多機能トイレ」と呼ばれるようになり、利用者が集中して車いす使用者が待たされる状況が出てしまったので、多機能トイレの機能を分散することになりました。いまはその過渡期にあります。
本質的な使い勝手を考えれば、一番いいのは男性用トイレ、女性用トイレ、男女共用トイレ、車いす使用者トイレがどの施設にもフルセットであることだと思います。男女共用トイレのサインが浸透しても、数が増えなければ、結局ユーザー側の使いやすさにはつながりません。「この施設には男女共用トイレがない」「このフロアには車いす使用者が使えるトイレがない」ではなく、どこへ行っても全種類のトイレがあること。そうすれば、男女共用トイレなどの新しい概念も浸透しやすくなるでしょう。なかなか難しいかもしれませんが、これが理想だと思います。
TOTOの「コンパクト多機能トイレパック」。便器のほかオストメイトを配慮した汚物流し(左端)なども組み込まれています(写真提供/TOTO)
<トイレ入り口まわりのサインの色に関するアンケート調査>
2020年2月、TOTOはトイレ入り口まわりのサインの色に関するアンケート調査を行いました。この調査では特に性別を意図する「色」について着目。男性600人、女性600人、トランスジェンダー200人、計1400人を対象に、主に下記に関する内容について質問しました。
・トイレ入り口サイン
・色の表示の仕方の好み
・トランスジェンダーのトイレ入口サインでの性別を意図する着色に対する意識
その結果、見えてきた傾向はこの通り。色はサインの認識に役立ちますが、使う場所や使い方に好みがあるようです。
■認識のしやすさ
・入り口のサインは着色されていた方がトイレであると認識しやすい
・着色されている箇所が小さくても認識に役立つ
・着色がないモノトーンのサインは認識しづらい
■好み
・駅や商業施設ではわかりやすさや遠くからの認識しやすさから、色で性別が示されているサインが好まれる
・オフィスでは駅・商業と比較すると、色の表示がよりさりげないサインの方が好まれる
・色での表示がないサインは、わかりづらさや遠くからの認識のしづらさから好まれない
■トランスジェンダーの意識
・トイレのサインは性別を意図した着色に抵抗を感じる人は少ない
・人の形をした図記号自体への着色より、サイン周辺の壁面などへ着色の方が抵抗を感じる人が少ない
・着色に抵抗はあるものの、他の利用者の利便性を考慮し着色を許容できる人は多い
<調査で示したサインの例>
-
色による表示が壁面に広くあり
-
色による表示が人の形をした図記号にあり
(資料提供/カコミの中すべてTOTO)
※建築のデザイン、建物の利用者の人数、利用者の特性などによりサインの考え方はさまざまです。本調査の結果は1つの参考とお考えください。
調査レポートはこちらから
調査結果レポートを見る
編集後記「男女共用トイレ」ができたのは日本のパブリックトイレ歴史上初ですから、そのサインがつくられるのも初めてのこと。世の中の認識が固まらないうちにサインをつくるのはいかに大変なことかを痛感しました。ダイバーシティが浸透し、トイレのあり方やトイレのサインについても実はさまざまな考え方があると分かり始めた昨今、設計者やデザイナーも悩みが尽きないのでは。利用者側にもトイレのあり方が変容しつつあると認識が進むことで、設計やサインの着地点が早く見えてきそうです。編集者 介川 亜紀
写真及び図版提供/アイ・デザイン(特記以外)、取材・文/飛田恵美子、構成/介川亜紀 2020年8月4日掲載
※『ユニバーサルデザインStory』の記事内容は、掲載時点での情報です。