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vol.53 座談会企画 発達障がいを“手がかり”として、すべての人に使いやすいトイレを考える

東京・南新宿にあるTOTOテクニカルセンターにて

vol.53 座談会企画発達障がいを“手がかり”として、すべての人に使いやすいトイレを考える

東京・南新宿にあるTOTOテクニカルセンターにて

「のぞみの園」の事業企画局 研究部部長 日詰正文氏×ユニバーサルデザイン・コンサルタント 橋口亜希子氏

ここ数年で広く知られるようになった発達障がい。
しかし、発達障がいのある人やその家族の多くがパブリックトイレを利用する際に戸惑いを感じていることは、あまり知られていません。
そこで今回は、長年発達障がい支援に携わってきた国立重度知的障害者総合施設「のぞみの園」の日詰正文さん、
ユニバーサルデザインのコンサルタントであり自らも発達障がいの息子を持つ橋口亜希子さんに、
発達障がい者が直面するトイレの課題と解決策について伺いました。
お話の中で浮かび上がってきたのは、発達障がいの“ために”ではなく、むしろ発達障がいを“手がかり”としてトイレを考えるというスタンス。
高齢者のほか感覚過敏の健常者、外国の方々、性的マイノリティなど、すべての人が安心して使えるトイレのあり方が見えてきます。

感覚過敏や感覚鈍麻が引き起こす、トイレでのトラブル

感覚過敏や感覚鈍麻が引き起こす、トイレでのトラブル

日詰正文氏(以下、日詰)
橋口亜希子氏(以下、橋口)

―――まず、発達障がいとは何か教えてください。

日詰:
発達障がいとは、2004年に成立した発達障害支援法で生まれた行政用語です。一見、障がいがあるようには思えないけれど、実は思うように周りのことを認識できなかったり、思うように行動できなかったりする人たちが少なからずいらっしゃいます。彼らは頑張っていてもほかの人と同様に振る舞うことが難しく、周囲から怒られ自信を失っていました。でも、本人や周囲の人がその特性を理解すれば、社会で上手くやっていく方法が見つかるかもしれない。当時はそういった特性を持つ人がいることがあまり知られていなかったので、本人や家族、行政、学校、会社などさまざまな人に理解してもらうために、発達障がいという言葉をつくったのです。
橋口:
私の23歳になる息子も、発達障がいがあります。“見た目ではわからない”ことは、やはり大きな特徴です。できることとできないことの凹凸が極端で、その一方でできることも多いため、親が障がいを受容できなかったり、「しつけがなっていない」と周囲から言われてしまう悩みもあります。認知されてから歴史が浅く、対応の方法などが発展途上にある障がいですね。
日詰正文氏

日詰正文氏
大学卒業後19年間、長野県の発達障害支援センターにて勤務。2007年4月より厚生労働省 発達障害対策専門官を務め、現在、独立行政法人 国立重度知的障害者総合施設「のぞみの園」の事業企画局 研究部部長。言語聴覚士。

橋口亜希子氏

橋口亜希子 氏
18年前に我が子が発達障がいと診断されたことから、親の会設立など発達障がいの理解啓発活動を行っている。2015年4月より一般社団法人日本発達障害ネットワーク前事務局長を務め、2018年10月に発達障がいを手がかりとして社会の困りごとを解決するコンサルティングを行う橋口亜希子個人事務所を設立。

―――普段の生活で、発達障がい者の方々が直面しがちな困りごとは何でしょうか?
トイレではどうでしょう。

橋口:
感覚が非常に過敏な方が多いので、さまざまな問題が生じます。まずは音。ハンドドライヤーの音、トイレの水が流れる音をうるさく感じてしまう人は多いですね。トイレの水の流れる音の大きさや音の聞こえ方は外出先のトイレによって異なります。不思議に思うかもしれませんが、家のトイレと違うだけで戸惑ってしまうんです。それから臭い。息子は嗅覚が鋭く、他の人が利用した直後の個室には入れませんでした。
日詰:
水が大好きで、無邪気にいろいろなものを流して遊んだ結果、詰まらせることもあります。
橋口:
空間認知が苦手なので、水を流すレバーやボタンがどこにあるかわからずパニックを起こすことがありました。私が女性用トイレに入っていると、男性用トイレのほうから息子の叫ぶ声が聞こえてくるんです。「お母さん! これどうすればいいの! 水は、水はどうやって流すの! 紙は、レバーはどこ!!」。恥ずかしくて、トイレの個室から出るのが辛くて。 息子と一緒に男性用トイレに入ることはできないので、ちょうど入ろうとしている男性に「レバーの位置を教えてやってくれませんか」とお願いしたりして。快く引き受けてくださる方もいる一方で、訝しむ方もいましたね。
日詰:
親からきちんと教えてもらって家ではできていても、それ以外のトイレはレイアウトも設備も異なるから混乱してしまうんですよね。
橋口:
初めてのこと、いつもと違うことが極端に苦手です。それが小さな違いだったとしてもすごく不安を覚え、パニックを引き起こします。

「ハンドドライヤーは、日本の技術力でもっと音が静かになるとうれしいですね」とお二人は話す

「息子から目が離せず、私自身は極力トイレを我慢していました」と橋口さん

「音に過敏な場合、普段から周囲の音を抑えるイヤーマフをつける人もいます」と日詰さん。イヤーマフは周囲の音が耳に入るのを防ぐ、ヘッドフォンのような形状の装着具

―――音に対する過敏な反応、なぜそうなってしまうのでしょうか。

日詰:
通常、人間は耳が必要な音だけ拾うようになっているので、たとえば、私たちは今、都心のいろいろな音が行き交うこの部屋でも、相手の声を自然に聞き取り会話に集中しています。一方、発達障がいのある方は音(刺激)を取捨選択できないことがあります。空調も外から聴こえる車の音も、会話と同じレベルで拾ってしまいます。
その結果、特定の音に過剰反応したり、大抵の人には気にならないような音が耐えられないほど大きく感じられるなどして、混乱する場合があるようです。

規格の統一と、男女共用個室トイレの増設が目標

規格の統一と、男女共用広めトイレの増設が目標

―――ひとりでもパブリックトイレを使えるように、ご家族はどんな工夫をしてきたのでしょうか。

橋口:
あらかじめ、中の様子を教えておく人が多いですね。私も、家族旅行前には極力調べます。インターネットで駅やホテルのトイレの画像を見せておくと、心の準備ができる人は多いです。

―――発達障がいのあるご本人が使いやすいトイレのイメージは?

橋口:
発達障がいには感覚過敏と感覚鈍麻の双方がありますし、ある感覚は過敏でもある感覚は鈍麻という人も少なくありません。ですから、個々人のニーズを100%満たすことは不可能でしょう。もし、トイレのレイアウトや個室の設備の位置がある程度共通していれば、混乱しにくくすることはできると思います。たとえば、水洗のレバーハンドルやウォシュレットの操作ボタンなど主要な設備の場所です。
これは発達障がい者に限らず、知的障がい者や精神障がい者、高齢者にも共通する困りごとだと聞きます。

―――従来の「だれでもトイレ」(※1)についてはいかがでしょうか。

橋口:
これまでのような多機能トイレをやめて、機能を分散させようという動きがあります。「車いす使用者対応トイレ」のほかに「オストメイト対応トイレ」「乳幼児対応トイレ」などのバリエーションを持たせようというものです。車いす使用者からオストメイトの方、子連れの方まで使えるようにしたために、多機能トイレに利用者が集中してしまい、待つ人の行列ができるようになったからです。特に、発達障がい者は親などの介助を要するようには見えにくく、並んでいると「普通のトイレを使ってほしい」などと苦情を言われ、不快な思いをするケースも多々あると聞きます。 こうしたトラブルを解消するため、「車いす使用者対応トイレ」とは別に、男女共用できる広めの個室トイレがあるといいですね。親などの介助が必要な発達障がい者は、この男女共用個室トイレを使うイメージです。異性介助の場合も利用しやすいと思います。
(※1)「だれでもトイレ」とは多機能トイレなどの男女共用トイレを指す

「非常ボタンなどは触ってしまうので、発達障がいの視点でいうとカバーがあるとよいかもしれません」と橋口さん

< 男女共用個室トイレのプラン例 >

主な想定利用者
A)■親子連れなど同伴者がいる方 ■発達障がい者・知的障がい者、高齢者など介助や見守りが必要な方 ■男女別トイレに入りづらさを感じる性的マイノリティ ■着替えをしたい方 ■大きな荷物を持っている方 ■つえやシルバーカーを使用されている方 ■長く待つことが苦手な方 など
B)■乳幼児連れ
C)■車いす使用者 ■オストメイト

(資料/TOTO)

車いす使用者優先トイレや男性・女性トイレとは別に、男女共用の個室トイレを設けた例(資料/TOTO)

2018年10月に公表されたサイン。色調はモノトーンを推奨

―――同伴を前提に、トイレに欲しい機能は?

橋口:
親同伴で入れるような男女共用個室トイレには、中ほどにカーテンが設置されていると嬉しい。カーテンがあれば、自らの排せつの様子を隠せますから。子どもが用を足すこともあれば、親自身が用を足しているときに室内に子どもを待たせていることもあります。親子であっても、そういった姿は見られたくありません。
また、子どもが待っている間に、勝手に鍵を開けて外に出ていく可能性もあります。子どもが自由に鍵を開けられない、もしくは勝手に外に出られない仕組みがあるといいですね。

―――男女共用個室トイレをより使いやすくするにはどうしたらいいでしょう。

橋口:
まず、場所ですね。男性用トイレと女性用トイレの入り口の間に、男女共用個室トイレがあると理想的です。それも、いかにも男女共用という特別感はなく、さりげなく使えることが重要だと思います。性的マイノリティの方からも同様の意見を伺いますが、一番辛いのは周囲の視線なんです。「どうしてあの人は男女共用トイレに入るの?」「どうしていい歳の子どもと一緒に入るの?」という視線を投げかけられるのは本当に辛い。自然に入れるような動線になっていると助かります。
もう一つはサインです。最近、公益財団法人交通エコロジー&モビリティ財団が、異性同伴にも対応した男女共用トイレのサインを作成しました。こうしたマークを必要とする人がいることの理解啓発と周知を、同時に行う必要がありますね。現在建設中の新国立競技場にも採用され、スタンダードになっていくと思います。

トイレの事前学習ができるツールの充実を

日詰:
発達障がいの特性に合わせた工夫はもっと必要ですね。
橋口:
トイレの順番待ちの列の周辺に、足を置く場所にマークがあるといいですね。並び方が分からず順番を無視してしまうことがあるんです。
日詰:
実は彼らは性格的にわがままな人ではなく「状況判断ができず困っている人」なんですね。とはいえ、トイレに人が並んでいるときにいきなり割り込みをされれば、不快に思うでしょう。そういったトラブルを防ぎたい。

「状況判断ができていないことは、周囲の人に分かりにくい」と日詰さん

「発達障がいについて、もっと多くの方に知ってほしい」とお二人は口をそろえる

事前学習ツールのイメージ

下記は、本文中の「写真をクリックすると音が出る」ツールをイメージして作成。写真下の再生ボタン(三角のマーク)をクリックすると実際の音が聞こえます。

ハンドドライヤーの音の例

擬音装置の音の例

―――他にもトラブルを防ぐアイディアがありましたら、教えてください。

日詰:
事前に学習できるツールがあるといいですね。トイレの構造が違うと家では練習できません。だから、練習場所やイメージトレーニングできる場所があるといいのではないでしょうか。さまざまなタイプのトイレが揃ったショールームを見学するのも、役立つでしょう。
橋口:
賛成です!トイレの図鑑もいいですね。それぞれの型番が示され、写真を大きく扱って、構造や機能もしっかり説明しているというイメージです。水は1回に何リットル流れる、といったマニアックな情報もぜひ欲しい。そういう情報ほど興味を持ちやすいのです。
日詰:
図鑑があると出かけるときに「これから行く場所のトイレはこれだよ」と伝えやすくなります。
橋口:
紙はもちろん、WEBの図鑑もよさそうです。画面に、レバーを押すと水が流れ、一緒に音も出るような仕掛けをつくってはどうでしょう。練習にも、心の準備にもなるでしょう。「このタイプのトイレはこんな音がするんだな」と覚えやすいのでは。

―――多くの方々の意見をさまざまな形で生かすことで、パブリックトイレの新たな姿が見えてきそうです。

橋口:
厚生労働省が1学年の中にどれくらい発達障がいと疑われる子がいるかを何年も調査しているんですが、それによると約12%という結果が出ています。人口の1割以上ですね。
出典:本田秀夫「発達障害児等の地域特性に応じた支援ニーズとサービス利用の実態の把握と支援内容に関する研究」(2017年度) p10 2006年4月2日〜2007年4月1日生まれの子どものうち、発達障害が疑われる(診断/未診断を問わず)と学校で把握されていた子どもの割合の年次推移(学校調査)
日詰:
発達障がい者も性的マイノリティも少数派だと言われてきましたが、今では決して少なくないことがわかっています。その実態に、まだ社会が対応しきれていない部分があるのかもしれません。
橋口:
健常者でも音に敏感な方はいますし、トイレは設備が統一されていないと高齢者や外国人は混乱しやすいでしょう。発達障がいのある人が使いやすいトイレは、多くの人たちに使いやすいはず。発達障がい者の“ために”ではなく、発達障がいの方々の感覚を“手がかり”に、パブリックトイレの新たなユニバーサルデザインが検討できるのではないでしょうか。
日詰:
トイレは日常的に使うものですから、それが変化することで、「こういう配慮が必要な人たちがいる」と世の中に知らせる役割も果たすはずです。

公共トイレの利用で困ること

2019年1月、TOTOは、発達障がい者の公共トイレに関するアンケート調査を行いました。(一般社団法人 日本発達障害ネットワーク[JDDnet]協力)。発達障がい者本人、あるいは保護者計59名に公共トイレを利用する際の困りごとを訊ねたところ、約60%が何らかで「困っている」ことがわかりました。本人はトイレでの大きな音や臭い、汚れなど、介助する保護者はご自身が用を足すときなども目を離せないことなどを挙げています。

トイレ離座センサー専用ウォシュレット/トイレ離座検知システム

回答例

多目的がない場合、中まで同伴できないので、入り口で信じて待つしかない。もしくは、異性のトイレに周りを気にしながらも一緒に入るしかないこと。 保護者(お子様7才)
大便をするのに、身障者トイレに入って介助などをするので、ないと困ります。身障者用に限らず、誰でも利用しやすい同伴用トイレが増えるとありがたいです。 保護者(お子様15才)
混雑時におとなしく(並んで)待っていることが難しい。保護者が用を足す際にこどもが一緒にトイレの個室に入れないと、外で待っていてもらわねばならない。一刻も早く出ないとどこかへ行ってしまうのでは、と焦りながら用を足す羽目になる。 保護者(お子様7才)
匂いがきつかったり、暗すぎたり、便器の周りが水気が多くて、泥やトイレットペーパーのカスや芯が散乱していると、どんなに遠くても家まで我慢してしまう。明るくて清潔そうなトイレを見つけることが大変。 保護者(お子様21才)
流すところが分からずパニック、トイレに人が並んでいるときにパニック。 保護者(お子様9才)
(操作する)場所を探すのに困る。機械の流水音・手を乾かす機械の風の音・ウォシュレットの機械音が大きくて怖い。閉塞感があるとパニックになる。 当事者(35才)
トイレを待ってる人の話し声などが気になる。手を洗うところが混んでいたら、誰かが避けてくれるまで何も言えない(できない)。ハンドドライヤーの音がうるさい。 当事者(20才)

出典:「発達障がい者の公共トイレ利用に関するアンケート調査」TOTO調べ(2019)

写真/鈴木愛子 取材・文/飛田恵美子 構成/介川亜紀 2019年2月7日掲載
※『ホッとワクワク+(プラス)』の記事内容は、掲載時点での情報です。


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