ホッとワクワク+(プラス)

ユニバーサルデザインの「今」がわかるコラムホッとワクワク+(プラス)

TOTOx日経デザインラボのコラムです。

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vol.36 対談企画 日常も観光ももっとラクに楽しむ。UDが変える日本の姿

撮影:同志社大学 今出川キャンパス

vol.36 対談企画日常も観光ももっとラクに楽しむ。UDが変える日本の姿

撮影:同志社大学 今出川キャンパス

株式会社ユーディット会長兼シニアフェロー、同支社大学政策学部・大学院総合政策科学研究科 教授 関根千佳氏×日経デザイン編集長 丸尾弘志氏

先進的な企業にとっては当たり前になりつつある、ユニバーサルデザインという概念。
ものづくりや公共空間のデザインでは、すでに一定の効果を上げたように感じられる今、
日本のユニバーサルデザインはどうあるべきなのでしょうか。
関根千佳 氏は、まさにその概念を日本に浸透させた第一人者。
日経デザイン編集長の丸尾弘志 氏が、現在の課題と今後の可能性を聞きました。

ユニバーサルデザインの定義が曖昧な日本

ユニバーサルデザインの定義が曖昧な日本

丸尾弘志 氏(以下、丸尾)
関根千佳 氏(以下、関根)

丸尾:
まずはじめに、関根さんにとってのユニバーサルデザイン(以下、UD)の定義とは?
関根:
定義としては「年令、性別、能力、体格などにかかわらず、より多くの人ができるだけ使えるよう、最初から考慮して、まち、もの、情報、サービスなどをつくるという考え方と、それをつくり出すプロセス」だと考えています。
丸尾:
成果物のみを指すのではなく、プロセスを含めてこそのUDとお考えなのですね。UDと出会ったきっかけは?
関根:
日本IBMに在籍中、「日本でこそ高齢者や障がい者が使用できるICT(Information and Communication Technology:情報通信技術)が必要です」とトップに直訴し、1993年に日本初の高齢者・障がい者向けICT支援センターを立ち上げて、6年間担当しました。 当初意識していたのはUDではなくバリアフリーでした。ところが、毎年参加していたロサンゼルスのカンファレンスでUDの概念に出会い、最初から子どもや高齢者、妊産婦を含む誰もが使いやすいようにまちやものをつくれば、後から“バリア”を“フリー”にする労力もいらないし、デザインも洗練されると気づいたのです。
丸尾:
バリアがあることを前提に考えるのがバリアフリーで、そもそもバリアをつくらないという考え方がUDだと。
関根:
そうです。でも、当時のIBMが扱っていたのはビジネス向けが中心。もっと消費者に近い製品に関わりたくて、UDを推進する目的の会社、ユーディットを自ら立ち上げました。
丸尾弘志氏

丸尾弘志 氏
日経デザイン編集長。1998年国際基督教大学卒。同年日経BP社に入社、日経システムプロバイダ記者。2001年に日経デザインに配属後、パッケージデザインのリサーチやブランディング、知的財産、新素材開発にまつわる取材を行う。2014年現職。主な著書に「パッケージデザインの教科書」「売れるデザインの新鉄則30」など

関根千佳氏

関根千佳 氏
株式会社ユーディット会長兼シニアフェロー、同志社大学政策学部・大学院総合政策科学研究科教授。1981年九州大学法学部卒。同年、日本IBMにSEとして入社。1993年日本IBM SNS センター開設。1998年、ユーディットを設立し代表取締役社長を務める。2012年より現職。主な著書に「ユニバーサルデザインのちから」「スローなユビキタスライフ」など
HP:ユーディット

丸尾:
その頃と現在とでは、UDに対する考え方はお変わりになりましたか?
関根:
私自身は、あまり変わっていないですね。
丸尾:
UDは現在、多くの企業やデザイナーにとって当たり前の概念になりつつあります。次の段階に移行する時期だと考える方もいらっしゃるのではないでしょうか。
関根:
そうですね。欧米各国ではかなり浸透していますし、国内の先進的な企業では、UDをデザインセンターの中に位置づけたり、PDCAサイクルに組み込んだりすることが当たり前になっています。しかし、組織によってはまだまだですね。
丸尾:
自治体ではどうですか?
関根:
UD先進県といわれる熊本、佐賀、静岡、岡山、京都などは進んでいると思います。自治体によって取り組みに差があるのでしょうね。ある自治体に「UDのガイドラインをつくったので見てください」と依頼されたので拝見したところ、弱者に優しくという道徳のような内容だった…というようなこともありました。そうした首長さんにはUDの定義をあらためて説明することもあります。
関根氏著書

UDを分かりやすく説明した著書(左)のほか、得意分野である情報通信技術に関するUDをテーマにした著書が多数

丸尾:
概念がバリアフリーで留まっているわけですね。
関根:
UDの概念を発表し世の中に広めたのは、建築家、デザイナーかつ当事者だったロン・メイスです。彼はバリアフリーを基礎とし、それを超える概念としてUDを提唱したわけですが、日本はバリアフリーとの明確な線引きを意識せずUDに踏み込んだので、違いがわかっていない方も多いのです。
丸尾:
ユーディットは、自治体と企業どちらとの仕事が多いのでしょう?
関根:
半々ですね。どちらも、UDの推進の方法についてさまざまな協力をしています。企業との仕事のひとつには、UDをものづくりのプロセスに取り入れるお手伝いがあります。私の得意分野である、高齢者向け携帯電話の評価など情報系のプロジェクトに関わることが多かったですね。またJISX8341シリーズというIT系のJIS規格の策定では、先天性四肢欠損の弊社社員が主査を務め、わかりやすいと好評でした。

京都を舞台に、観光のユニバーサルデザインを推進

京都を舞台に、観光のユニバーサルデザインを推進

同志社大学政策学部の学生が作成した冊子

左、右/歩行困難者用駐車場について説明し利用証取得を促す冊子。文章やイラストも、同志社大学政策学部の学生が作成した

丸尾:
同志社大学に着任されてから、働き方はどう変わりましたか。
関根:
夫に会社と畑と家、猫一匹を預けて2012年4月、京都に単身赴任してきました。大学に来てからは、学生に教えるのと並行して、関西のさまざまな自治体や団体と一緒にUDの取り組みをすすめています。 たとえば、京都府ですね。10年ほど前から京都府のUDに関する専門委員だったのですが、より密に関わるようになりました。この数年、パーキングパーミット(歩行困難者に専用駐車場の利用証を発行する制度)を普及させるための広報を手伝っています。障がい者用の駐車場に対象外の人が停めてしまっても、日本には罰則がありません。例えば、ハワイではパーミットを持たない人の違法駐車に5万円、カナダではパーミット証の不正使用に14万円と、人道上の罪なので通常の駐車違反よりも高い罰金が設定されています。そこで同志社大学の学生たちは、パーキングパーミットがどうしたら広まるのか考えて、物語をつくり、イラストも描いて冊子にまとめました。これは京都府が府下全域の関連部署に配布しています。京都府とは他に、災害時に、学校や公民館などの一次避難所を高齢者や妊産婦などが安心して使えるユニバーサルな場所に変えるためのガイドラインも作成しています。
上海でのデザインチャレンジ参加者

京都で関西盲導犬協会の協力を得て、学生とともに行った盲導犬をともなうフィールドワーク(提供/関根千佳氏)

丸尾:
UDに関連する団体の方々との取り組みの例は?
関根:
関西盲導犬協会とともに、盲導犬をはじめとする補助犬を、京都のお寺や旅館、 お店が受け入れるようになるためのプロジェクトを進めています。補助犬の受け入れについては法律で義務付けられているのですが、あまり知られておらず、未だに多くの料亭、社寺、旅館等で「補助犬はちょっと…」と言われます。学生や市民の皆さんと一緒に動いて現場の声を聴きながら、ユニバーサルな社会に変えていく活動を行っています。
丸尾:
ところで、高齢化についてはどんな取り組みをされていますか?
関根:
まずは教育と研究です。東京大学でIOG(高齢社会総合研究機構)の発足に関わったり、同志社大学でジェロントロジーの授業を始めたりしています。これは高齢学、加齢学などと訳されますが、要は高齢社会はどうあるべきかという課題を解決する幅の広いデザイン学ですね。車やまち、社会保障のあり方といった硬いテーマから、何を食べたら髪が黒くなるかなどの身近な話題まで含まれます。日本ではジェロントロジーという学問自体がほとんど知られていないので、その普及にも力を入れています。
インタビューの様子1インタビューの様子2
丸尾:
面白そうですね。
関根:
観光がらみもありますね。京都の観光地のおもてなし、つまり情報発信や受け入れ体制をUDにしていくために、段差やサインなどを高齢者や障がい者の視点で見直しています。今行っているのはスマートフォンやタブレット、モバイルPCによる遠隔映像中継を活用した調査です。店舗や社寺、旅館といった場所から大学生が映像を生中継します。その映像を高齢者が自宅で確認し、測るべき場所を画面上で指示することで、必要な情報についてデータベースをつくっていきます。そのデータベースを基に、旅行に関するUD情報を提供するWEBサイトや、それを情報サービスで使えるオープンな仕組みをつくりたいと思っています。
丸尾:
観光地では、建物の経路や設備などハード面のUD化も課題ですね。
関根:
歴史的建造物が多いので、かなり難しいかも…。でも、永観堂には周囲に溶け込んだ実に美しいエレベータが設置されています。また、ハードが完全でなくても、ソフトやサービスで補えば高齢者や障がい者も観光地を楽しめるようになると思いますよ。GoogleMapを音声で聞きながら歩く全盲者もいます。国内でもビーコンからの位置情報を市販のスマートフォンで受け、視覚障がい者であれば音声で聞きながら、肢体不自由なら自分に合わせたアクセシブルルートで、歩く研究も始まっています。現地の情報をリアルタイムにUD化し、個人のニーズに合せて提供するわけですね。

人の多様性を意識してUDをさらに発展させる

人の多様性を意識してUDをさらに発展させる

インタビューの様子3インタビューの様子4
丸尾:
現在注目している、高齢者向けの新たなプロダクトやサービスはありますか?
関根:
プロダクトでは、電動車いす「WHILL」ですね。数年後にはひとり暮らしの高齢者が免許なしで乗れるような全自動パーソナルモビリティが実現されると言われています。かっこいい全自動の乗り物が、ひとりでは外出しにくいシニアの足として、まちなかで普通に使われるようになるでしょうね。ある地方では、2020年を目指して情報通信網を含めた社会環境をこれで走れるように整備するという、壮大なまちづくり計画があるんですよ。ぜひこの計画に協力したいところです。
丸尾:
今は逆に、個々の家に御用聞きをするようなことも某コンビニエンスストアが始めています。
関根:
宅配会社も買い物サービスや高齢者の見守りサービスをしていますね。私のように自分で外に行きたい派もいますから、両方あっていいと思います。
丸尾:
その人が置かれている状況や、嗜好にあわせることが大事ですね。
関根:
選択の幅が広がるといいですよね。そうですね、特に幅を持たせて欲しいのはファッションです。海外のレストランでは、華やかなドレスの白髪のおばあさまが、電動車いすで来ているのをよく見かけます。補助犬も普通に足元にいます。しかし日本のファッション業界は、高齢者や障がい者を顧客だと思っていません。私が同世代の仲間と集まったときに必ず話題になるのが、どこで洋服を買うかということ。半分以上は、海外に行ったときに“爆買い”するといいます。外国のブティックでは、2号から26号までセットアップでずらっと並んでいるんです。
インタビューの様子5インタビューの様子6
丸尾:
日本のUDは今後、どうすれば発展するでしょうか。
関根:
ダイバーシティ(多様性)を意識することですね。本来、ダイバーシティはイノベーションの源泉と言われています。多様な背景、状況の人と話したときに得られる「目からウロコ」の感覚が、新しい発想やデザインの 源になるわけです。でも日本ではそういう意識が薄い。多様な人たちが一緒に活動することで新しい発想が生まれ、イノベーティブな製品開発ができるはずなのに、そういう機会はほとんどないんです。
丸尾:
たとえば、スタンフォード大学では、国・民族・言葉が異なるばかりでなく、障がいを持つ人たちも入り混じってデザインに取り組むクラスがあります。それが本当にグローバルにUDを生み出せる環境ですよね。
関根:
とても素敵なことですね。さらに法律も重要です。アメリカにはリハビリテーション法508条という法律があり、「公的機関が調達するICTやWebサイトはアクセシブルであること」と定めています。障がいのある職員や高齢者が仕事をしやすくするためなのですが、1998年に遵守義務が設けられ劇的に効力を発揮するようになりました。欧米では、UDは環境と並んで、公共調達の当たり前の基準なのです。
日本でも、建築や交通だけでなくプロダクトやサービスも、UDが当たり前の社会になってほしいですね。
丸尾:
本日のお話を通して、日本のUDの発展には解決すべき課題がまだまだあると分かりました。貴重なお話をありがとうございました。

写真/太田未来子(特記以外) 取材・文/平塚 桂 構成/介川亜紀 監修/日経デザイン 2015年12月18日掲載
※『ホッとワクワク+(プラス)』の記事内容は、掲載時点での情報です。


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次回予告
vol.37は現在注目を浴びている、未来を見据えた電動車いす「WHILL」の設計者にお話を伺います。
2016年1月25日公開予定。

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