ホッとワクワク+(プラス)

ユニバーサルデザインの「今」がわかるコラムホッとワクワク+(プラス)

TOTOx日経デザインラボのコラムです。

ホッとワクワク+(プラス)

vol.50 TOTOの優しさをつくる人たち 第14回 企画者 渡邊文美さん/大野さやかさん

東京・南新宿にあるTOTOテクニカルセンターにて

vol.50TOTOの優しさをつくる人たち 第14回 企画者 渡邊文美さん/大野さやかさん

東京・南新宿にあるTOTOテクニカルセンターにて

あらゆる人が暮らしやすい世の中に。設計ノウハウの結集、「バリアフリーブック」

40年以上にわたって改廃を繰り返し発刊されてきたTOTOの「バリアフリーブック」。
社内での検証や研究を踏まえた、公共施設や住宅における水まわり空間の設計ノウハウが満載のツールです。
その企画に携わっている、UD推進部の渡邊文美さんと大野さやかさんに注目のポイントなどをお聞きしました。

人目につかない水まわりの課題を共有する

人目につかない水まわりの課題を共有する

渡邊文美さん(以下、渡邊)
大野さやかさん(以下、大野)

―――最初の「バリアフリーブック」発刊は1974年ですね。それまでにどのような背景があったのでしょうか。

渡邊:
当社は障がい者配慮の水まわりに取り組み始めて、もう半世紀以上になります。日本の戦後復興が進み、国全体にようやくゆとりができたという背景のもと、ハンディキャップのある人に向けたバリアフリーの研究が行われるようになりました。64年には東京オリンピックとともにパラリンピックも開催され、障がい者がまちに出る機会が増えてきました。これも研究が進む契機ですね。

―――トイレなどの水まわりは普段、使用中の様子を見る機会はまずありません。研究は難しそうです。

渡邊:
そうなんです。まずは車いす使用者が使えるトイレ空間はどんなものだろう、というところからTOTOでも研究が始まりました。当社では1917年から便器をつくっていますが、便器単体ではなく、トイレ空間の使い方まで踏み込んで本格的に検証したのは60年代が最初でした。
便器や紙巻器、手すりがどのような配置になっていると使いやすいのか。広さはどのくらい必要なのか。実際に障がいのある方に協力いただいて、実際の姿勢や動作を確かめながら検証していきました。その結果を広く世の中に公開するために作成したのが、74年に発刊し、「バリアフリーブック」の基となる「身体障害者のための設備・器具について」です。
障がい者配慮、高齢者配慮からユニバーサルデザインへ

初代バリアフリーブック。図面や人の動きを示すイラストを多数掲載。研究当初だったため、誤って表紙の車いすのサインを逆向きに掲載してしまった

渡邊文美さん

UD推進グループ 企画主査
渡邊文美さん
横浜市立大学文理学部を卒業後、1996年に入社。新規事業関連の業務を経てニューラバトリースペースなどパブリックトイレ向け商品の企画開発に従事。2013年より、パブリックトイレ・住宅水まわり空間におけるユニバーサルデザイン/バリアフリー提案に携わる。

大野さやかさん

UD検証グループ
大野さやかさん
東京都市大学工学部機械工学科を卒業。2005年に入社後、ユーザーの使い勝手検証や低視力シミュレータの開発など、ユニバーサルデザイン視点での商品開発支援に従事。その後、2012年から高齢者施設や住宅におけるユニバーサルデザイン/バリアフリー提案に携わる。

―――このときはまだ現在のように「住まい編」「パブリックトイレ編」には分かれていませんね。

渡邊:
はい。当社としてもゼロからのスタートでした。社内でもそうした資料はなかったので手探りです。障がいにはどのような種類があるかとか、車いすのサイズにはどんなものがあるかといった基本的な知識をまとめた内容になりました。障がいのこういう種類にはこういう困りごとがあって、どのような機器や用具をこんな配置で使うといい、というようになるべく具体的に説明してあります。

―――イラストや図もわかりやすい。トイレ空間での動作が細かく検証されていて、今見ても驚きます。

渡邊:
当時の担当者の、障がい者配慮への思い入れがうかがえますね。こういう先駆者の奮闘があってこそ、最初の一歩が踏み出せたように思います。
最初のバリアフリーブックでは「試案」という表現もあります。“調べてみたら、こういうことがよさそうだから試してはどうだろうか”という提案ですね。産学協働の衛生器具研究会や、東京都の関連団体とも連携いただき提案をまとめました。当時世の中にトイレなどの水まわりを設計するための資料がほとんどなく、機器だけでなく使い方をともに伝えることで、使いやすいトイレを増やしていきたいという気持ちがあったのでしょうね。

障がい者配慮、高齢者配慮からユニバーサルデザインへ

障がい者配慮、高齢者配慮からユニバーサルデザインへ

インタビューの様子

「暮らしやすさの底上げに貢献できるのはユニバーサルデザインを研究する者の醍醐味ですね」(渡邉さん)

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バリアフリーブックのパブリックトイレ編。右に向かい発行時期の新しいもの

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住まい編。右に行くほど新しい。90年代に発行した「REVLIS」は高齢者を示すSILVERを逆さにした言葉

―――次の大きな転機は90年代ですね。

渡邊:
それまでの障がい者配慮に加えて、バリアフリーブックに高齢者配慮の要素が必要になったんです。ちょうど、日本の社会で高齢化が話題になってきた時期ですね。高齢になると身体機能が低下していくので、水まわりでも高齢者の動作などを検証していく必要があると考えられるようになりました。
大野:
そこで、住宅向けとして初めて、「エイジングを配慮した水まわりの設計」という冊子がまとめられました。現在のバリアフリーブックの「住まい編」の前身に当たり、高齢者とその家族が同居する住宅向けに、高齢化にともなう身体の機能の低下に配慮した器具や空間を提案しています。トイレや浴室などの水まわりの動きやすさや安全性を高めるために、手すりや段差解消などの配慮を取り入れましょう、といった提案を行いました。象徴的なのが手すりです。意匠性を高め、カラーバリエーションを増やしたほか、「インテリアバー」という商品名にしました。住まいのインテリアの一部として、抵抗なく取り付けたくなるように工夫したわけです。

―――住まい向けのバリアフリーブックを始めるにあたって、TOTOの水まわりに関する研究にも変化がありましたか?

大野:
90年前後に生活研究課やシルバー研究室が設立されて、高齢者を含む家族の生活や家事全般について研究を始めました。親子で入浴するときはどういう動きになるか、3世代での暮らしや高齢者の夫婦の生活ではどのような困りごとがあるのか。そうした研究内容を、徐々に商品開発にも反映するようになりました。このころから、現在のバリアフリーブックのスタイルも確立してきました。それは“どのような身体状況だとこういう動作があり、そのためにはこういう水まわり空間が必要で、こう仕上げるとよい”、という順を追った紹介の仕方です。大切なのは、それぞれの段階でなぜそのような判断をしたのか、考え方を情報として掲載していること。考え方が分かれば、個々の身体状況に合わせてより細やかなアレンジも可能になりますから。

―――こうしたバリアフリーの流れが、その後TOTOのユニバーサルデザインの考え方に発展していくのですね。

大野:
04年のUD推進本部の設立以降、多様な使用者それぞれの声を受け、「ひとりでも多くの人が使いやすくなる」ユニバーサルデザインを目指しています。

多様化と規格化のバランスをとってさらに内容を進化させていく

多様化と規格化のバランスをとってさらに内容を進化させていく

―――「バリアフリーブック」の変遷は社会の変化に密接に対応しているんですね。

渡邊:
94年にできたハートビル法で高層建造物での車いす配慮が義務化され、2000年の交通バリアフリー法では交通機関のトイレのオストメイト配慮義務化、02年のハートビル法改正では乳幼児配慮も求められるようになりました。
最近では「多機能トイレ」が象徴的です。当初は車いす配慮がメインでしたが、オストメイトや乳幼児への配慮のためさまざまな機能が付加されました。ところが広く座れる場所もあるだけに混雑や、想定外の使い方をするケースも増加。なかなか空かず、車いす使用者が必要なときに使えないという事態を招くようになってしまいました。
そこで近年は、一般のトイレブースに機能を分散させるという考え方にシフトしてきました。一般のトイレブースをベビーカーでも入れるような寸法にしたり、オストメイト対応の設備を付加したりするようなパターンがそうです。そのように「機能分散」すれば、車いす使用者をはじめとするさまざまな使用者に、トイレの選択肢が増えるはずです。
バリアフリーブックをつくることで社内の意識も変わってきました。どういう人がどのように使うのか、使ってどうなるのか、といった視点を持ってものづくりや提案に関わることが当たり前になりました。

―――「住まい編」はいかがでしょうか。

大野:
「住まい編」では、00年に介護保険の制度が始まり、在宅介護への配慮を盛り込むようになりました。当初は介護保険を利用した住宅改修や福祉用具の購入を念頭に置いて、ケアマネージャーが利用することを想定した内容でした。
2012年ごろからは「パブリックトイレ編」と同様に、読者の対象を設計者に切り替えました。身体機能の低下への対策に特化するのではなく、年齢を経ても生活の質を高められるような空間を提案しています。
ディスプレイディスプレイ

検証の様子。目盛りを記した間仕切りを動かし、さまざまな広さでの動きやすさを観察

―――公共トイレ空間のJISは、TOTOの案がそのまま採用されたのですね。

渡邊:
きっかけは、ユニバーサルデザインの取り組みのひとつとして始めた、視覚障がい者に配慮した公共トイレ空間の検証です。視覚に障がいのある方がトイレで洗浄ボタンを探すのは並大抵なことではありません。どこにあるかわからない洗浄ボタンを求めて、床や壁をつたいながら探し回るのだそうです。そこで、当社ではどのような配置なら探しやすく、使いやすくなるのか検証していきました。07年には大学や公的な研究機関とも連携して研究し提案した様式が、日本工業標準調査会を通してJIS(日本産業規格)として採用されることになりました。さらにその後、ISO(国際標準化機構)にも取り入れられて世界標準になっています。公的な規格になり、多くの方が快適に使えるトイレが増えるのは嬉しいですね。

―――20年の東京オリンピック・パラリンピックへ向けて、社会全体が大きく変わっていきます。バリアフリーブックもさらなる変遷がありそうですね。

大野:
商品開発や提案に当たって、身体のコンディションのほか体格や慣習、性など、多様な属性を持つ方々にとって使いやすい器具・空間を検証していかなければなりません。水まわりの「多様化」と「規格化」という相反する要素のバランスを鑑みながら、さらにバリアフリーブックの内容を進化させていきます。
フロアマップの通知

検証しながらパブリックトイレの機器の位置を決めている様子。このときの位置がJISに採用された(写真/TOTO)

TOTOのユニバーサルデザイン取り組みの歴史トイレ離座センサー専用ウォシュレット/トイレ離座検知システムバリアフリーブック発刊とユニバーサルデザインへの取り組みまでの流れ(資料提供/TOTO)

編集後記UD styleのコラム、「ほっとワクワク+」の記念すべき第50回は、TOTOのユニバーサルデザインの歴史そのものとも言える「バリアフリーブック」の変遷を取材しました。障がい者はもちろん、高齢者、子どもなどへの配慮に関わる法律ができるたび、迅速に掲載内容に反映していることがわかりあらためて感心するとともに、一部の設計者の方々から「水まわり設計のバイブル」と呼ばれているという逸話にも納得。40年もの間、先端かつニッチな情報を丁寧に検証し、掲載し続けてきたことに本のつくり手としても脱帽です。日経デザインラボ 介川 亜紀

写真/大木大輔(特記以外) 取材・文/渡辺圭彦 構成/介川亜紀 監修/日経デザインラボ 2017年11月27日掲載
※『ホッとワクワク+(プラス)』の記事内容は、掲載時点での情報です。


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次回予告
vol.51は、2018年2月下旬公開予定。

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