ユニバーサルデザインの「今」がわかるコラムホッとワクワク+(プラス)
TOTOx日経デザインラボのコラムです。
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TOTO小倉第二工場の実験室。恒温恒湿装置の前にて
vol.25 インタビュー企画TOTOの優しさをつくる人たち-第3回 猿渡亮一さん
TOTO小倉第二工場の実験室。恒温恒湿装置の前にて
vol.23からは、新たな企画がスタート。
TOTOのユニバーサルデザイン商品に関わっているさまざまなエキスパートに話をうかがいます。
vol.25は、ベッドサイド水洗トイレ担当の開発者、猿渡亮一さんです。
自宅で介護する際の大きな課題に、居室での排泄があります。
通常の水洗トイレと変わらない、快適な排泄と処理が可能なポータブルトイレを追求するため、重ねてきた
細やかな検証とオリジナル実験にスポットを当てました。
コンピューターでの解析+耐久試験で、より優れた商品を迅速に開発
―――まず、猿渡さんが開発に参加した、「ベッドサイド水洗トイレ」の特長をお聞かせください。
ひとことで言いますと、ベッドのそばに簡単に後付け設置できるウォシュレット付きの水洗トイレです。床には固定せず、自由に移動することができます。介護される方と介護する方双方の課題である排泄と、その処理の負担を減らす商品ですね。
―――開発には何年かかりましたか?
当初の構想から約30年、しかし、具体的な商品化に向けての開発には約10年ですね。居室に水洗トイレを持ってくるという、新しい商品を実現させるための様々な技術を取り入れました。
―――猿渡さんは、この一連の開発に多方面から関わったそうですね。
まず、入社してから3年目までは、CAE(Computer Aided Engineering)解析を行う部署に在籍していました。CAEとはコンピューターの中で仮想モデルをつくって、力のかかり方、流体(水の流れ)などを解析するというもの。可視化されるので効果的に商品の設計が行え、開発のコストと時間の削減につながるんですよ。
この経験を生かして、水を旋回して便器から流れてきた汚物を粉砕する、「パルセーター」という部分の検討に活用しました。コンピューター上で、水流を起こすパルセーターの羽根などの形状を変化させて、より効果的に水流を起こす設計を検討しました。
―――パルセーターは、どこに使われていますか?
便器の背後に取り付けた「粉砕圧送ユニット」の底にパルセーターが組み込まれています。縦型洗濯機の洗濯層をイメージしてください。パルセーターが回転して水流をつくり、ポンプの中の水と汚物を粉砕圧送ユニット内をかくはんして、ぐちゃぐちゃにするんです。ベッドサイド水洗トイレは居室で使用されるため、注意していても粉砕できない繊維質のウェットティッシュなどを流してしまうことが考えられます。
ですから、汚物やトイレットペーパー以外の砕けない「異物」が当ユニットに入ってきた場合は、あえてタンク内に溜めるシステムにしました。誤って何かを流したときは、お客様自身に取り出してもらうようにしました。
福祉・手すり商品開発グループ 猿渡亮一さん佐賀大学大学院で機械システム工学を専攻。2007年に入社後、CAE解析を用いた研究開発に従事。2011年より現職。
左/CAE解析中の猿渡さん
右/粉砕圧送ユニット内の水の流れをCAE解析した図。暖色系ほど水の流れが速い
ベッドサイド水洗トイレを居室に置いた想定の断面図。便器から流れた汚物が粉砕圧送ユニットで粉砕され、屋内排水管を通って屋外まで排出される。給排水管の接続された屋内側の壁面には、それらを隠す「ふかし壁」が施工されている
―――異物が溜まっていると粉砕の邪魔になりませんか?
少々異物が入った程度では、粉砕能力に影響はありません。モーターで、パルセーターを回すと同時に突起のついた棒もくるくる回って、ウェットティッシュなどの繊維状の異物を巻き付けるんですよ。異物の量が増えてしまった場合は、お客様に音声でお知らせします。
―――粉砕圧送ユニットにはいろいろな機能が集約されているのですね。
居室で使用するため、当ユニットをできるだけコンパクトにすることを考えました。居室で使用するので、コンパクト化は必須の課題でした。当ユニットはひとつのモーターで、汚物を砕くパルセーターと異物をからめ取る棒、砕いた汚物と水を圧送する羽根車を同時に回転するようにしています。汚物を細かく粉砕しながら、同時に羽根車で排水するんです。
―――その他にも担当があったそうですね。
主に、給水ホースや排水ホース、その周りを覆っているホースカバー、壁とホースの接続部などを中心に担当しました。排水ホースは、粉砕した汚物を水と一緒に排出する部分です。
―――当初のいちばんの課題は?
当商品の特長は、居室のベッド周りで自由に動かせること。そのためのホースに用いるフレキシブル管の材質や、柔軟性、耐久性の検討は重要でした。ホースカバーも装着し、そのほか、ホースと壁との接続部、カバーの固定の仕組みを工夫して、引っ張られたときの荷重の緩和も試みました。この仕組みの発案は、非常に苦労しましたね。
―――耐久試験はかなり念入りに行ったとか。
これまで弊社には、ホースをお客様自身がぐいぐい動かす商品ってなかったんですよ。ベッドサイド水洗トイレは、移動するたびに一緒にホースも動かすことになる。ですから、ホースの曲げ試験は通常よりも厳しくしたうえ、畳の上でのホースカバーの引きずり耐久試験も加えました。引きずったとき、フローリングよりも畳のほうがダメージは大きいからです。ロボットアームを使って実際に畳の上で引きずり試験を行い、不安な要素は徹底的に確認しました。
日本は気候条件が多様なので、たとえば高温、低温、高湿度下での実験も設けています。恒温恒湿装置に商品を丸ごと入れて、ホースやエアバック、アームレスト(可動式手すり)などが確実に可動するかどうか確認します。
左/モニター実験室に介護用ベッドとベッドサイド水洗トイレをセッティングし、使い勝手を確認
右/介助者の踏み込みやすさを考え、便器と背後のボックスの巾に差を設けた
左、右下/便器の後ろに粉砕圧送ユニットの入ったボックスが設置され、そこからカバーでまとめられた給・排水ホースが出ている。
右上/給・排水ホース計2本とホースカバーはふかし壁にベルトで適度なゆるみを持って固定。引っ張られても破損しにくい仕組み
左/ホースカバーの引きずり耐久試験。畳の上をロボットアームで引きずる
右/給水ホースの耐久試験。ロボットアームで繰り返し曲げる(写真:TOTO)
さまざまな課題をひとつずつ解決
―――粉砕圧送ユニットからの臭い漏れ対策も、課題だったそうですね。
これも居室で排泄をする際の大きな悩みなので、十分配慮しました。大きなポイントは、主に2箇所。ひとつは当ユニットに付属した臭い漏れ防止用のエアバッグ、もうひとつは、お客様自身が手を入れて内部の異物を取り除くための掃除口です。
―――エアバッグはどのように作動しますか?
洗浄能力を保ちながら、臭気を外に出さないための工夫です。洗浄をスタートすると、便器から水と汚物が当ユニットにドボッと流れてきます。そうすると、ここに元々あった空気が押し出されることになる。その結果、当ユニットと便器のすき間から臭気が漏れたり、汚水を便器に押し戻したりする可能性があるので、その臭気を一旦溜めておく場所が必要なんです。そのときだけ膨らんでまたしぼむ…そこで考えられたのが車のエアバックと同様に膨れる部品です。エアバック自体と、当ユニットとの接続部には、確実な密封性が求められました。
―――掃除口はどういった点が問題だったのでしょう。
プロではなくお客様自身が使用するので、確実に、しかも簡単に密閉できるようにしたかったんですよ。蓋のパッキンが固いと、閉めた時に均一に圧力がかかりにくく臭気漏れの原因になる。そこで、お弁当箱の蓋に用いられるような柔らかいパッキンを採用し、さらに、片手でも簡単にワンタッチで開閉できるようにしました。 また、掃除口が開いたまま使われると臭気が漏れる原因になります。センサーを使い、開いた状態のときはお客様に「蓋が開いてますよ」と音声で知らせるとともに、当ユニットが動かないようにします。
上/粉砕圧送ユニットのスケルトンモデルを制作して、水と汚物の流れを確認する
左下/臭気を溜めるエアバッグ。汚水が当ユニットに流れ込むとこのように膨らむ
右下/パッチン錠を外し、掃除口を開けた様子
左上/粉砕圧送ユニットの「インナーケース」と呼ばれる部分。上部にモーターがあり、底に組み込まれたパルセーターや、インナーケース下部にある汚水を流す羽根車(写真右上)を同軸で回す
下/実験中、砕かれたトイレットペーパーが排水ホースから流れ出る様子
―――発売からちょうど1年経ちましたが、実際にお使いになったお客様からはどんな感想が寄せられていますか?
「こういう商品を待っていた」「ありがたい」という声をたくさんいただいています。たとえば、居室の臭いが気にならなくなったとか、被介護者が自力で排泄できるようになって介護がらくになったとか。被介護者からは、一般的なポータブルトイレと違い、自分の排泄物を家族に見られないから嬉しいという話がありました。そういった生の声を聴いて、この商品はやはり介護のあり方を大きく変える商品なのだと実感しています。排泄を含め介護の負担が大きいと、愛する両親であっても同居をあきらめるケースは少なくない。負担を軽減できれば、自宅で介護したいと思う人が増えるでしょう。家族が一生、ともに楽しく暮らし続けることができるよう、これからも開発を推進し商品をさらに普及させていきたいと思います。
―――超高齢社会の幸せをサポートする商品なのですね。本日はありがとうございました。
ありがとうございました。
編集後記 介護シーンでますます注目が高まるであろう、ベッドサイド水洗トイレの開発秘話をインタビュー。10月1日に開催される国際福祉機器展でお披露目予定のスケルトンタイプも一足早く見せていただき、開発で苦心された構造を理解することができました。ひとつの商品の開発過程でここまで多くの実験を、時間を惜しまずに実践していることには驚きを隠せません。こうした地道な努力と根気ある開発者、これまで培ってきた衛生陶器に関する技術が揃ってこそ、まったく新しいカテゴリーの商品が生みだせたのだと実感しました。 日経デザイン編集者 介川 亜紀
今回取り上げた商品はこちらベッドサイド水洗トイレ(ホームページに飛びます)
写真/鈴木愛子(特記以外) 構成・文/介川亜紀 監修/日経デザイン 2014年9月26日掲載
※『ホッとワクワク+(プラス)』の記事内容は、掲載時点での情報です。