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TOTOx日経デザインラボのコラムです。
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TOTO小倉第二工場の製品組立フロアにて
vol.31 インタビュー企画TOTOの優しさをつくる人たち-第6回 開発者 小楠 敏光さん
TOTO小倉第二工場の製品組立フロアにて
vol.31は、2014年3月に発売され、主婦を中心に人気を博している、
キッチン用「タッチスイッチ水ほうき水栓」の開発者、小楠敏光さん。
水の出し止めをシャワーヘッド先端のスイッチで操作するため、
たった外径28ミリのシャワーヘッドにエアインシャワーと電気配線を内蔵。
防水性を保ちながらこれをどうやって収め、製造を可能にしたのでしょうか。
開発上のご苦労や、工場の製造部門との連携についてもお話しいただきました。
外径28ミリのシャワーヘッドにエアインシャワーと電気配線を内蔵
―――「タッチスイッチ水ほうき水栓」とはユニークなネーミングですね。
ええ。以前から好評を得ていた「水ほうき水栓」にエアインシャワーとタッチスイッチという機能が加わりました。これは、キッチンでの使い勝手をさらに追及した製品です。私は、水ほうき水栓からタッチスイッチ水ほうき水栓への移行する際の開発に携わりました。
―――特長はどこでしょうか?
水ほうき水栓は、縦長の幅広シャワーでほうきで掃くように大きなお皿なども効率的に洗えます。もちろん、シャワーヘッドは引き出して使うこともできるので、シンク洗いもラクです。今回はそこに2つの機能を組み込みました。ひとつ目のエアインシャワーは水に気泡が含まれているので、きれいに汚れを落としつつ節水できます。2つ目のタッチスイッチは手の甲などで軽く触れるだけで、水を出し止めできる機能です。2つの機能で節水率41%という数字は、毎日キッチンに立つお客様には魅力ですよね。
水ほうき水栓にこの2つの機能を加えることになったのは、お客様からの声が出発点。営業担当からも強い要望があり、開発中も、一時期は当社の戦略会議などで必ずこの話題が出るほどでした。同時に2つの機能を盛り込むのは、かなりハードルが高かったですね(笑)。
実際にお客様の声を聞いてみると、タッチスイッチの評判が高い。「水栓金具が汚れなくていい」とおっしゃいます。手が濡れていたり、調理中に調味料がついているときに触ると汚れてしまうんですね。汚れていない手の甲などで操作できるわけですから、掃除がずいぶん楽になります。
機器水栓事業部
システム水栓開発グループ
小楠 敏光さん国立北九州工業高等専門学校・機械工学科卒業。在学時の研究テーマは、小型冷凍機。1988年に入社し、茅ケ崎工場ユニット受注設計課に配属され、ユニットバスの特需品設計を担当。2002年より水栓開発に従事
タッチスイッチ水ほうき水栓。水栓がシンプルなので、シンクまわりがすっきりとした印象に(写真:TOTO)
―――このタッチスイッチの導入には、かなりの工夫が求められたそうですね。
既にあるタッチスイッチの機能を水ほうき水栓のデザインに含めると、どうしても太くなり不恰好に。デザインとの両立を図るため、電気式の導入を決断しました。そこで問題になったのが配線です。シャワーヘッドは引き出されるので、配線も一緒に動くので、ホースの曲げ延ばしや擦れを防ぐ断線対策が必要でした。引き出されて水の中に浸されることを考えますと、防水対策も重要です。さらに、外径28ミリのヘッドにエアインシャワーの機構も組み込むわけですから、いかにすべてをコンパクトに収めるかも課題。盛り沢山な開発になりました。
―――なぜ、スイッチをプッシュ式にしたのですか?
ご高齢の方には、スイッチに手をかざしたり触れたりして水を出すという行為がうまくできず、調理作業が一旦止まってしまう人がいらっしゃいます。かざしてすぐに出ればいいのですが、かざし方によって出るタイミングも違ってきます。モニター調査の結果、カチッと指でスイッチを押すタイプだと水の出るタイミングが分かりやすく、作業の手が止まらないことが分かってきました。そこで、プッシュ式に決まったんです。
また、ただ押せるようにすればいいのではなく、軽いけれども確かに押したと感じられる適度なクリック感が必要です。これを実現するためにスイッチの内部には、“ぽこっと押すとぽこっと戻ってくる”ゲーム機用のクリックゴムを採用しています。ここから生まれる強さがちょうどよかった。この強さを知るために、荷重を図る機械で、いろいろな自動販売機のボタンを押しまくっていました。子供から高齢者まで確実に使える感触を目指して。
―――開発中のモニター調査では、どんなテストをしましたか?
実際に水栓を取り付けたシステムキッチン、「クラッソ」で調理をしていただき、その流れの中でモニターさんがどのように水栓を使うか確認します。サラダとスープ+1品程度。ハンバーグはやりましたね、ひき肉をこねると手が汚れますからテストにはちょうどいいんです。水栓単体を試すのでなく、実際のキッチン作業の中でやらないと意味がありませんね。
クラッソは「スイスイ設計」と呼んでいる、調理やお掃除などの作業効率を上げるさまざまな工夫が取り入れられています。水栓金具を当商品に変更したことで、全体の作業効率がさらに良くなりました。数値で表せたらいいのですが、それはなかなか難しくて。
―――キッチンで長く安全に使い続けるには防水性、耐久性などさまざまな製品試験が必要でしょう。
そうですね、この中に電気の配線があるので防水試験は必須です。試験のひとつには、スイッチ部分を水没させた状態で、相当数のボタン操作をするといったものもあります。高い水圧を掛けたり、シングルレバーを何度も動かしたりする破壊検査も欠かせません。
上/シャワーヘッドの内部に入るコネクタ(写真はスケルトン模型) 下/エアインシャワーのイメージ。たくさんの気泡が水と一緒に流れ出る(資料/TOTO)
上/タッチスイッチ水栓のスイッチ部分(左)と、タッチスイッチ水ほうき水栓の先端のスイッチ部分(右)を比べると細さが分かる 下/ゴム製のクリックゴム。凸部を押して凹ますと、すぐに元の形状に戻る
―――これだけ緻密な構造ですと、工場で均一に製造し続けるのも大変そうです。
コンパクトなシャワーヘッドの中に、吐水切り替えやエアインシャワーの機構が詰まっているので、電気配線を誤って挟み込まないように組み立てていかなくてはなりません。こういう状態で、安全に配線するのは至難の業です。とはいえ、設計をしても工場で組み立てられなければ意味がないですよね。ですから、工場で組み立て担当の方にすぐ会いに行って、私たちが考えた設計に製造工程で問題がないか検討してもらったり、あるときは「これでなんとか組んでください」とお願いに行ったり(笑)
これができたのは、弊社の小倉第二工場に私たち水栓金具の開発部門と、製造部門の両方が所属しているからです。開発者が製造する人たちにすぐに相談に行けるでしょう? 意思の疎通がしやすくなるように、10数年前に弊社では水栓金具の開発部門と製造部門の人材がここに集結したんですよ。以前は、本社と工場に分かれていて、双方が戦ったりしながらものづくりをしていました(笑)。
―――やはり製造は、手先が器用な人に向くのですか?
実際、器用な人が部品を組んでいますね(笑)。このユニットの組み立ては、2人の方が担当です。今、製品やユニットによっては、ベルトコンベアを使った流れ作業ではなく、セル生産方式という、ひとりが全部組み立てる専任制になっているんですよ。タッチスイッチ水ほうき水栓もそうです。
この工場もベルトコンベア方式から、セル生産方式に移行してからは製品の品質がさらに向上しています。ひとりがある製品をすべて組み立てたほうが、責任感も持てますし、仕事の楽しさにつながるようですね。また、製造のプロフェッショナルとしての凄さをよく感じます。たとえば、部品同士をはめ込む部分の微妙なズレを感じると指摘されて、実際に測ってみると0.01ミリ単位の誤差が生じていたことがあります。製品上は問題ない範囲ですが、指先で分かるようでびっくりしました。
上/水栓金具のシングルレバーをロボットアームで、耐久性を確認する試験 下/湯と水を混合して出しどの程度の水圧なら適切な水量を保てるか、水栓金具にさまざまな水圧で通水をする試験
※通常、工場・実験場では保護具を着用しますが、今回の取材は安全を十分確保した上で私服にて行っています。
左/小倉第二工場ではひとりがひとつの製品を完全に組み立てる、セル生産方式を取っている。担当している製品課の熊本美枝子さん 右/部品と部品のすき間は小さく繊細な作業が求められる 下/完成した本体に空気などを入れ耐圧検査中の工藤麻友さん
―――TOTOの水栓金具が選ばれる理由は、そういった技術力や製造工程のきめの細かさ、誠実さにありそうですね。
そう思っています。ちなみに、次の課題はデザインをブラッシュアップし続けることです。すでにいくつかの賞も獲得していますが、さらに上を目指したい。水栓金具にこだわる方は、デザインから入るケースが多いようです。海外製の水栓金具が気に入ってしまうと、残念ながら日本製は選択肢に入りにくく、技術力や使い勝手の良さまでチェックしていただけない可能性があります。それを覆していきたいですね。
同時に、デザインを追い求めてもTOTOなりのこだわりは捨てません。ユーザー目線での使い勝手、取り付けやすさなど、当たり前の品質をちゃんと保っていきます。迅速な修理体制もそうですね。
―――残念ながら、当製品は単品では販売していないとか?
今のところ、TOTOのシステムキッチンを買ったときのみに取り付けられる目玉商品です(笑)。ショールームにいらっしゃったお客様に「TOTOキッチンの特徴」をお尋ねしたところ、「水ほうき水栓」という回答がいちばん多かったんですよ。これは嬉しいですね。
―――きっと、デザインも使い勝手も好印象ということですね。本日は、貴重なお話をありがとうございました。
ありがとうございました。
編集後記 軽いタッチで水を出し止めできる。指先が汚れていても手の甲などで操作可能ということは、調理とお掃除のいちばんの悩みをまとめて解消できる水栓金具と言ってもいいかもしれません。外径28ミリにすべての機構を収める努力の数々もさることながら、私が惹きつけられたのは、人ありきのモノづくりでした。工場に入ってみるとベルトコンベアは見当たらず、製造部門の皆さんがそれぞれデスクを持ち作業に集中している。また、小楠さんが製造担当者との架け橋となり、製品が実現したことも象徴的です。日本が本来得意としていた、繊細なモノづくりに再び潮流は戻ってきているのだなと痛感した取材でした。 日経デザイン編集者 介川 亜紀
今回取り上げた商品はこちら水栓の先端に軽く触れるだけで水が出し止めできる。指先以外の手の甲などで操作することも可能(映像/TOTO)タッチスイッチ水ほうき水栓(商品ページにリンクします)
写真/鈴木愛子(特記以外) 構成・文/介川亜紀 監修/日経デザイン 2015年6月29日掲載
※『ホッとワクワク+(プラス)』の記事内容は、掲載時点での情報です。