ホッとワクワク+(プラス)

ユニバーサルデザインの「今」がわかるコラムホッとワクワク+(プラス)

TOTOx日経デザインラボのコラムです。

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vol.28 インタビュー企画 人の多様性を受け止めるインクルーシブデザイン

登録有形文化財である京都工芸繊維大学の3号館の前で

vol.28 インタビュー企画人の多様性を受け止めるインクルーシブデザイン

登録有形文化財である京都工芸繊維大学の3号館の前で

日経デザイン編集長 丸尾弘志氏×京都工芸繊維大学 KYOTO Design Lab.特任教授 ジュリア・カセム氏

インクルーシブデザインという言葉をご存知でしょうか?
ハンディキャップを持つ方々を含め、
できる限り幅広いユーザーを対象に使いやすさを追求するデザインです。
そういった手法の第一人者である大学教授のジュリア・カセム氏に、
日経デザイン編集長の丸尾弘志氏が話を聞きました。
インクルーシブデザインの考え方が浸透すると、
日本のまちや社会はどのように変化していくのでしょうか?

インクルーシブデザインとは何か?

インクルーシブデザインとは何か?

丸尾弘志氏(以下、丸尾)
ジュリア・カセム氏(以下、カセム)

丸尾:
カセムさんは、インクルーシブデザインの第一人者でいらっしゃいます。まず、インクルーシブデザインの内容を教えていただけませんか?
カセム:
インクルーシブデザインもユニバーサルデザイン(以下、UD)も目標は同様です。地域や政治、社会状況の違いを超えて、デザイナーや建築家、障がい者やデザインから排除された人たちが一緒になって取り組むという、新しい、国際的なデザインの流れですね。デザインはあらゆる人々が社会参加できる=インクルージョン(包括)するためのツールで、エクスクルージョン(排除)であってはならないという方向を目指しています。ちなみに、インクルーシブデザインという言葉は、ロンドンにあるロイヤル・カレッジ・オブ・アートのロジャー・コールマン教授が1991年に初めて使ったものです。
丸尾:
すべてのユーザーを包括する、という意味合いから“インクルーシブ”なのですね。しかしながら、インクルーシブデザインにもとづいて生まれた作品を見ると、UDとは相違があるように感じます。老若男女が等しく使える、というよりは、ある障がいやトラブルを抱えた方に特化したデザインが多いのではないでしょうか?
カセム:
インクルーシブデザインが生まれたころのヨーロッパの情勢が影響しているのだと思います。当時、戦争が終わって負傷兵が戻って来ましたが、その中には若い男性も多数いらっしゃいました。そうすると、負傷が原因の障がい者が仕事に就くことが、社会の重要な課題になっていたわけです。
インクルーシブデザインとUDはデザインプロセスにも違いがあります。インクルーシブデザインは、「発見」「定義」「開発」「実現」の各段階を必ず踏み、開発メンバーが発見した課題をもとに自由に仮説を立て、実現に導くというプロセスが特徴です。一方、UDは、ロン・メイス博士が提唱した7つの原則と照らし合わせて、デザインの検証をしながら開発をすすめていきます。
丸尾弘志氏

丸尾弘志氏
日経デザイン新編集長。1998年国際基督教大学卒。同年日経BP社に入社、日経システムプロバイダ記者。2001年に日経デザインに配属後、パッケージデザインのリサーチやブランディング、知的財産、新素材開発にまつわる取材を行う。2014年現職。主な著書に「パッケージデザインの教科書」「売れるデザインの新鉄則30」など

ジュリア・カセム氏

ジュリア・カセム 氏
京都工芸繊維大学KYOTO Design Lab.特任教授。マンチェスター芸術デザイン大学、東京藝術大学卒業。ニューカッスルデザイン大学にて博士号を取得。インクルーシブデザインの第一人者として、技術・知識の共有を目的としたワークショップを企画・運営する。これまで、さまざまな国籍、専門性をもつのべ800人以上のデザイナーとともに14ヶ国23都市でインクルーシブデザインチャレンジと呼ぶイベントを主催。2014年より現職
HP:KYOTO Design Lab

丸尾:
日本の場合は、UDのベースはどこにあるとお考えですか?
カセム:
日本の場合は、1981年の国際障害者年を機に取り組みが本格化したバリアフリーデザインと、その後、徐々に進行し始めた高齢化への対応がベースにあると思います。ちなみに、インクルーシブデザインとUDの相違は育っていた“土壌”が違うことも影響しているでしょう。日本では、行政と企業の双方がタッグを組んでバリアフリーデザイン、そこから続くUDを育てていきました。アメリカでは、UDは人権獲得の運動の中で育まれたために、行政がその権利を認めるかたちでUDをリードしました。
丸尾:
なるほど。
カセム:
移民の問題も大きいですね。移民が一般的な国であれば、言葉はもちろん、宗教も習慣も異なる国民がいます。ですから、そういった欧米諸国で生まれたインクルーシブデザインやUDは、多様性を守りながら統合を図ってきたわけです。その流れから、インクルーシブデザインの中では、特にサービスデザインとコミュニケーションデザインが進んでいます。日本はそうではありませんね。私は英語圏で生まれ育ちましたが、今は滋賀県に住んでいます。残念なことに、役所や銀行などでも基礎的なサービスに関する英語で書かれた書類が少なく、困る場面が少なくありません。日本で暮らしている外国人は、200万人超(2013年度、法務省)もいるのに!笑
丸尾:
日本全国で、そういう傾向があると思います。笑
カセム:
一方で、日本はまちでのアクセシビリティが非常に優れています。北海道から沖縄までどこへ行っても、道路は歩きやすく、交通ネットワークが整っていて移動しやすいですね。たとえば、私が生まれ育ったイギリスは歴史的な建物が多く、道路も地下鉄も古い。至る所に段差があり、歩きにくく車いすは使いづらい状況です。以上のような多くの背景の違いがあるわけですから、インクルーシブデザインとUDは異なっていて当然ですね。
マケドニア共和国でのプロジェクトの様子

インクルーシブデザインチャレンジは10年以上にわたり、世界20カ国でさまざまなテーマで行われた。写真はマケドニア共和国で行われた同プロジェクトの様子。デザイナーと障がいを持つユーザー、学生などが参加(写真:Julia Cassim)

「ミルクマン」

「ミルクマン」は既存の紙製のカートンの形状。注ぎ口は注ぎやすく、曲げると注ぎ口を塞ぐ(資料:Factory Design)

「排除」されるものを意識して、使い勝手を改善

「排除」されるものを意識して、使い勝手を改善

丸尾:
インクルーシブデザインでは、やはりデザインによって生まれる「排除」を強く意識して、より多くの人が使いやすいデザインを考えるのですね。
カセム:
私たち、英国王立芸術大学院大学ヘレンハムリンセンター・フォー・デザインのメンバーは、デザイナーや障がい者、社会的な問題を抱える方々とともに、それぞれの状況に合わせて使いやすいデザインを考案する「インクルーシブデザインチャレンジ」(写真1)というプ ロジェクトを世界各国で行っています。たとえば、その中の身体的排除を意識した事例では、リウマチで上肢が動きづらい方のために、持ち上げやすく、こぼさずに注げる新たな牛乳のパッケージをデザインしました。「ミルクマン」(写真2)というんですよ。
経済的排除を意識した事例では、上海で長時間働く出稼ぎの低賃金労働者が、疲れきって帰宅した後に洗濯を簡単に済ませられるよう、手作りの道具を考えました。材料は現場にあったセメントの空き容器と角材、ペットボトルとひも。角材の先にペットボトルをひもでくくりつけ、空き容器の中に衣類を入れてたたき洗いするというものです(写真3)。材料費はかかっていません。彼らに伝えたのは、身の回りのもので生活を改善するための方法です。

手づくりの洗濯道具

上海の出稼ぎの低賃金労働者のために考えられた、手づくりの洗濯道具(写真:Tongji University, Design Department)

上海でのデザインチャレンジ参加者

上海で語学的排除のデザインチャレンジに関わった出稼ぎ労働者。中国語は話せるが読み書きができないため、吹き出しのような不便が生じている(写真: Tongji University, Design Department)

丸尾:
ユニークなプロジェクトですね。
カセム:
インクルーシブデザインチャレンジで取り上げた排除は、①身体的排除のほか、②感覚的排除③知覚的排除④デジタル化による排除⑤感情的排除⑥経済的排除に分類することができます。ただし、このほかにも、語学的排除やサービス排除、コミュニケーション排除なども考えられますね(写真4)。先程もお話したように、日本は日本語のみの表記が多く、英語など他の言語で書かれたものが少ない。外国人にとっては、語学的排除やコミュニケーション排除のデザインになってしまいます。
丸尾:
日本で身近に見られる、他のデザイン排除の例をお話しいただけますか?
カセム:
それでは、私が見つけたサービス排除の例をお話ししますね。車で旅行中に休憩所などに入ったら、すぐにでもトイレに駆け込みたいですよね。日本のトイレの入り口で、配置図が入口にあるのを見かけますが、親切ですけれども現実的ではないですね。かえって右(写真5)の写真のような、太い矢印で方向だけを示したサインの方がわかりやすいと思います。このように意図せず生じるデザインの排除も、少なくありません。
インタビューの様子1

オリンピックに向け、サービス、コミュニケーションを意識してデザインを

丸尾:
これから日本は、2020年の東京オリンピックに向けてどのようにインクルーシブデザインを取り入れて行くべきでしょうか?
カセム:
建物や道路、交通ネットワークといった物理的なデザインは問題ないと思います。しかし、さまざまな国から来日した外国人にも通じるような、サービス面やコミュニケーション面を満足するデザインは、今後力を入れる必要があるでしょう。日本人は外国人に対して非常に親切ですが、そういったサービス精神だけに頼るのではなく、もっと論理的にデザインを検討してはどうでしょうか。
丸尾:
“おもてなし”は気持ちだけでは、無理があると。
カセム:
また、そのデザインはオリンピック後には、日本に住んでいる外国人、つまりこれまでいろいろな面でデザインから排除されている人に、役立つものであってほしいと思います。日本も今後ますます外国人居住者が増える可能性があるわけですから、欧米諸国のように多様性に対応しているデザインが一般的になってもおかしくない。東京オリンピックは、日本のデザインに多様性というコンセプトが浸透する大きなチャンスだと思う。重要な訓練ともいえるでしょう。

トイレの方向を示す矢印

ある寺の地面に書かれたサイン。ぱっと見ただけですぐにトイレの方向がわかる(写真:Julia Cassim)

デザイン・ファクトリー

KYOTO Design Lab.に2015年1月にオープンしたばかりのデザイン・ファクトリー。学生が自分の手で試作品をつくる場所

丸尾:
オリンピックを機に、デザインのさまざまな「排除」がなくなり、インクルーシブデザインが当然になる。日本の真のグローバル化は、そこがスタートになるかもしれません。貴重なお話をありがとうございました。
インタビューの様子2

写真/大亀京介(特記以外) 構成・文/介川亜紀 監修/日経デザイン 2015年2月20日掲載
※『ホッとワクワク+(プラス)』の記事内容は、掲載時点での情報です。


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次回予告
vol.29は、トイレリフトの開発者インタビューをお届けします。
2015年3月下旬公開予定。

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