ユニバーサルデザインの「今」がわかるコラムホッとワクワク+(プラス)
TOTOx日経デザインラボのコラムです。
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東京・南新宿にあるTOTO東京センターショールームにて
vol.43 インタビュー企画TOTOの優しさをつくる人たち-第12回 開発者 村田律子さん
東京・南新宿にあるTOTOテクニカルセンターにて
「車いすの人でも使いやすいトイレ」を一層コンパクトに。
そして使い勝手を従来品よりもさらに向上させる。
この難題に向き合ったのが2016年8月に発売された「コンパクト多機能トイレパック」です。
開発に携わったトイレ空間パブリック商品開発部の村田さんに
その工夫や配慮についてお聞きしました。
コンビニなど小規模の施設でも多機能トイレの設置が可能に
―――「コンパクト多機能トイレパック」の特長を教えてください。
2002年のバリアフリー法の改正をきっかけに、多くの建築物に「多機能トイレ」が見られるようになりました。それでも、車いす使用者にとってはまだまだその数は足りません。そういった理由から、弊社ではより省スペースで施工性の高いパック商品を開発することになりました。
多機能トイレとは、車いすの方でも使いやすいようなスペースと手すりを備え、オストメイト(※1)用の汚物流し台、乳幼児のおむつ交換台などを併設したトイレのことです。バリアフリー法で、一定規模以上の建築物などに設置が義務づけられています。
従来の多機能トイレは、設置するスペースには少なくとも2000×2000ミリの床面積が必要でしたが、2012年に発売した「コンパクト多機能トイレパック」はライニングを含め、1900×1800ミリのスペースで設置できるようになりました。ライニングというのは、壁の下半分に設置している器具が取り付けられたキャビネットのような部位のことです。
※1 オストメイトとは、腹部などに排泄のための開口部(人工肛門、人工膀胱)を造設した方のこと。
―――ひと回りコンパクトになったのですね。
はい。コンビニエンスストアやファストフード店など、今までユーザーの方から要望のあった小規模な施設でも設置いただけるようになりました。新築はもちろん、既存の建物にも導入しやすくなりますね。当社に寄せられた多機能トイレの設置検討事例の一部を調べてみると、在来工法で、2000×2000ミリのスペースを確保できたのは約50%しかありませんでした。でも、1900×1800ミリのスペースであれば約70%の事例で設置可能という調査結果を得られたんですよ。
トイレ空間パブリック商品開発部
村田 律子さん金沢大学大学院自然科学研究科物質科学専攻修了。2006年に入社後、水まわりの防汚コーティング剤の研究に従事。その後、ハイドロテクト事業部で外壁用光触媒塗料(ハイドロテクトコート)の開発を経て、2013年から公共トイレ空間の開発に携わる。
「コンパクト多機能トイレパック」は便器や手すり、水栓、ライニングなど、必要な器具や部材をパッケージ化
―――サイズダウンのおかげで多機能トイレの普及が進みそうですね。従来よりも小さくなっているのに、なぜ「使いやすい」のでしょうか?
使いやすさを検証するため、延べ50人の車いす使用者にモニター調査にご協力いただき、トイレでの動作を徹底的に見直しました。そこで、車いす使用者が安全・快適にトイレを利用するためには、「ブース内で車いすの方向転換ができること」「車いすから便器に移乗できること」の2点が重要であることが確認できたのです。
その2点を可能にするため、便器の前方に直径1500ミリ、オストメイト用の汚物流しの前に1200ミリを確保しながら、ブース内のその他の箇所をぎりぎりまで削っていきました。
従来の多機能トイレでは車いすが回転できる空間は、直径150cm必要だった。「コンパクト多機能トイレパック」では、ライニングや器具の配置を工夫し、前向きで退室できる切り返しスペースを確保しながら180×190cmのサイズに納めた(資料:TOTO)
車いすのフットレストが当たらないように、洗面台の下部にスペースをとった
ライニング上部の高さは82㎝に統一。車いすに座りながらでも手荷物を置ける
介助が必要だった方も、ひとりで立てるように
―――かなり細かく寸法を検証されたのですね。
はい、モニター調査でいただいた車いす使用者の声は大いに参考になりました。たとえば2016年2月のモデルチェンジの際には、車いすでのアプローチや介助をラクにするために床との間があく壁掛け式便器を採用したり、洗面器の下部は車いすのフットレストが入りやすくなるように床から300ミリあけて範囲を増したり。また、車いすに座ったままで手荷物を置けるように、ライニング上部の位置を820ミリに抑えました。これはライニングの圧迫感の軽減にもつながっています。
そのほか、座位での姿勢に合わせて便器の後ろの背もたれを曲線にしました。腰から背中全体を支えるため、便座上で着衣・脱衣するときも、上体が安定します。また上肢に障がいがある人を想定して、手すりに腕を置きながらリモコンのボタンを操作できるようにレイアウトしました。さまざまな状態の方に安心して利用いただけるよう、細部に至るまで配慮しています。
―――それだけの工夫が盛り込まれていながら、とてもすっきりとしたデザインですね。
給排水管やタンク、コード類、洗面器用の電気温水器などをすべてライニングの中に納めました。ライニングの高さをそろえてカウンターから洗面・手洗器の一体感を演出し、水栓器具などもあまり主張しないデザインに。また手すりと洗面器も前出をそろえたことで、意匠が整理されるとともに、車いすの動きが邪魔されず、清掃もしやすくなりました。
ライニング内の限られた空間にそうしたすべてを納めて、メンテナンス性や安全性も付与するのは、想像以上に大変でした(苦笑)。特に給排水の配管には悩まされましたが、その分、レイアウトが整理されて、施工もしやすくなったと思います。
―――2016年8月にはエコリモコン仕様の製品も加わったそうですね。
エコリモコンは、本体の操作ボタンを押すと自ら発電して電波を飛ばすので、パブリックの一般トイレ製品では高い評価をいただいていました。これまでのような電気配線の手間が省けますし、停電でも使えますから。ただ、エコリモコンは厚みがあるので、ライニングに直接取り付けるとライニングから前面に25ミリ飛び出してしまいます。25ミリ飛び出すと、その分手すりを前に持ち出さなくてはならず、コンパクト空間にはうまく収まらないんです。そこで、埋め込み設置が可能なようにリモコン枠の構造や取り付け方法を検討しました。
リモコンは凹凸がないよう、スイッチ側の面とライニングの前面を揃えました。リモコンの枠は可能な限り細くしてさりげない印象にしています。操作ボタンの周囲はほこりを拭き取りやすいように、指の入る幅を確保。意匠性・清掃性双方から考えて、なるべくフラットに設計したんですよ。
便器に座ったまま脱衣・着衣できるよう、背もたれには丸みを付け、腰から背中までを支えやすくした
リモコンは手すりのすぐ上に取り付けてあり、腕を預けて操作できる
壁掛け式便器では、便器の下端に汚れがたまらず床全面をスムーズに掃除できる
配管やコード類はすべてライニングに収納し、ホコリや汚れの蓄積を防止(写真:TOTO)
―――この開発に関わった感想は?
実は、私はこの製品に携わるまで福祉機器の開発に関わったことがなかったんです。だから本当に一から、ユーザーの方の意見に耳を傾けながら、また自分自身もユーザーの方の目線から取り組んでいきました。
私たちの手掛けるトイレは、障がいのある方々や、身体に動きづらさのあるような高齢者の皆さんにも喜んでいただけるものにしなくてはいけない。そんなモチベーションが高まって、とてもやりがいを感じられました。
2020年に開催される東京オリンピック・パラリンピックを前に、当社では2016年度の新商品から、使い方を示すラベルを4カ国語対応にしました。日本の公共施設や商業施設などにある多機能トイレの素晴らしさを、世界中の方にぜひ体感いただきたいと思います。
―――最後に、村田さんが考える、パブリックトイレの将来像をお聞かせください。
障がいのある方や高齢者の方々はもちろん、おむつ替えの場所に困っているような赤ちゃん連れの女性も、トイレで困っているすべての方にとって、使いやすく快適なパブリックトイレが普及するといいですね。さらに改善点を探り、開発に向き合っていきます。
ライニングの改良、エコリモコンの採用に注力したという村田さん。リモコンの納まりなどディテールの寸法に至るまでユーザーへの細かい配慮を設計に反映させた
編集後記 スムーズに用を足せたり、身支度を整えられる清潔で使いやすいパブリックトイレ。当たり前のようですが、実はこれが行先の商業施設や公共施設にあると分かっているからこそ、ひとりや家族で気軽に出かけられます。車いすを使っていても、身体が動きづらくても同じように気軽に出かけられる社会でありたい。その一助となるのが今回紹介した「コンパクト多機能トイレパック」です。寸法が見直され、施工には広さが足りず導入を敬遠していた施設などにも、多機能トイレが増えていく可能性が高まりました。今後、まちの快適なパブリックトイレの数は、誰もが楽しめるまちのバロメーターになるかもしれませんね。 日経デザイン 介川 亜紀
今回取り上げた商品はこちら
> コンパクト多機能トイレパック・壁掛式
写真/大木大輔(特記以外) 取材・文/渡辺圭彦 構成/介川亜紀 監修/日経デザイン 2016年11月21日掲載
※『ホッとワクワク+(プラス)』の記事内容は、掲載時点での情報です。