ユニバーサルデザインの「今」がわかるコラムホッとワクワク+(プラス)
TOTOx日経デザインラボのコラムです。
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東京・南新宿にあるTOTOテクニカルセンターにて。「だれでもトイレ」の表示はLGBTにも配慮している
vol.47 インタビュー企画TOTOの優しさをつくる人たち-第13回 企画者 冨岡千花子さん
東京・南新宿にあるTOTOテクニカルセンターにて。「だれでもトイレ」の表示は性的マイノリティにも配慮している。
LGBTという言葉を耳にしたことがあるでしょうか。
これは、性的マイノリティであるレズビアン、ゲイ、バイセクシュアル、トランスジェンダーの
頭文字を合わせたものです。
これまでTOTOでは多くのLGBTの皆さんにヒアリングをし、
性的マイノリティの人たちが気兼ねなく使えるトイレとは何か、検討を重ねてきました。
昨今、少しづつ、多様な性のあり方やLGBTという言葉が一般にも広まってきたところ。
そこで、今までの調査結果や、そこから導かれた性的マイノリティ配慮のトイレのモデルについて話を聞きました。
LGBTのトイレの悩みを掘り起こす
―――冨岡さんが所属していらっしゃる「東京プレゼンテーショングループ」での仕事について簡単に教えていただけますか。
私たちの仕事は基本的に、パブリック(公共)の水まわりについて、建物を計画・設計される専門家のお客様と一緒になって、「その建物のトイレなど水まわりがどうあるべきか」を一緒に考え、つくっていくことがミッションです。それに向けて、実際にパブリックのトイレの利用者の悩みやニーズを日ごろから調査しながら、並行してノウハウとしてストックし、情報提供や提案活動につなげています。 TOTOでは水まわりについて、1970年代に車いす使用者に配慮したバリアフリーに始まり、高齢者配慮を経てユニバーサルデザインと変遷はしましたが、常にさまざまな方々の使いやすさを考えてきました。特にユニバーサルデザインの時代になってからは、オストメイトなどの障がいのある方や小さなお子さんを連れた方、外国の方などさらに幅広い利用者にとってパブリックのトイレはどうあるべきか調査を重ねました。
―――現在は、LGBTの方々も、ユニバーサルデザインの対象に加わっているのですね。
2015年には、メディアでLGBTや性的マイノリティという言葉が飛び交うようになりました。私はそのころ、LGBTの皆さんがそれぞれどのトイレを選びどのように使っているのか、恥ずかしながら知らなかったんです。そこでまず、インターネットや書籍で現状を調べ、社内で議論を始めました。
そうこうしているうちに、トイレを計画中のお施主様や設計者様から、「LGBTの皆さんも使いやすいトイレにするにはどういう配慮をすればいいの?」というお問い合わせが来るようになったんです。15年の秋ごろですね。その動きに後押しされて、当事者の皆さんにヒアリングを開始。ご本人に声をかけたり、LGBTを支援しているNPO団体にご協力いただいて、とにかく多くの方に話を聞きました。
東京プレゼンテーショングループ 企画主査 冨岡千花子(とみおか ちかこ)さん熊本大学工学部で建築学を専攻。1994年に入社後、14年にわたりパブリックトイレ空間の提案業務に従事。その後、環境・CSRのマーケティングやコーポレートブランドコミュニケーション業務を経て、2015年より現職。
LGBTの尊厳と社会運動を象徴しているレインボーフラッグ
下の白い枠がだれでもトイレの表示の例。上から順に車いす利用者、オストメイト、男女共用のマーク
―――どういう傾向が見えましたか?
自分が想像していた以上に、悩んでいる方がたくさんいらっしゃったことに衝撃を受けました。ヒアリングを進めるうちに、LGBTの中でも、特にトランスジェンダー(T)と呼ばれる、生まれたときに割り当てられた性別と異なる性自認をもつ人のトイレに対する悩みが大きい、ということが見えてきました。トランスジェンダーと一言で言っても、さまざまな状態の方がいる。たとえば、女性の身体で生まれて心は男性の場合にも、見た目は女性のままという方もいますし、男性っぽい格好をしている方もいます。一方で、ホルモン治療などで声も見た目も男性に変化している方もいらっしゃるんですよ。
気持ちにも違いがあります。自分は100%男性だと思っている方もいれば、どちらかといえば“男性寄り”だと思っている方もいる。つまり、身体にも心にも認識に幅があるんですね。
―――なるほど。
それだけ違っていても、皆さんに共通点もありました。どのトイレを使うのか聞くと、「本当は自分の心の性にあったトイレを使いたいけど、『だれでもトイレ』(※1)を使います」というふうに、自分が使いたいトイレではなくて周りの目にあわせてトイレを選んでいるわけです。ですから、学校では女性トイレを使うけれど、街中や駅ではだれでもトイレを使うなど、周りの環境によって使い分けている方も少なくありません。
「パス度」(※2)が高くなると、やっと自分の心に合ったトイレを使いやすくなるのですが、そこに至るまでには、トイレに行くのを我慢したり、行かなくていいように水分を控えたり、何もしていないのに通報されたり、辛い経験をしたことのある人がほとんどでした。(※1)「だれでもトイレ」とは多機能トイレなどの男女共用トイレを指す
(※2)パス度が高いとは、たとえば、身体(見た目)は女性で心は男性という場合、見た目が変化して周囲も男性として認識するようになった状態
男女共用のトイレを複数設置するプラン
―――ヒアリングの結果をまとめて、LGBTの方を配慮したトイレ空間の設計に生かすのですね。
ヒアリングから見えた課題を共有しながら、私たちメーカーとそこに関わるすべての方々が知恵を出し合って、一人でも多くの人に使いやすいパブリックトイレとなるよう、変えていけたらと思っています。私たちが情報提供して、実際に設計する方に現場に反映していただくことが大切だと思います。
―――TOTOでも、独自の性的マイノリティ配慮のプランを検討したそうですね。
ヒアリングの中で結構多かったのが、コンビニエンスストアや飛行機のトイレは男女共用が多いので気兼ねなく入れる、という意見です。街中ではコンビニのトイレは駆け込み寺だと。 簡単に言うと男女トイレとは別に、性別に関わらず利用できる男女共用のトイレをつくるというものです。トイレの男女分けをなくし、男女共用の個室がずらっと並んでいて誰でもどのトイレにも入れるという考え方もありますが、現在はそこまで慣習を変えるのは難しいかもしれない。でも、男女共用トイレを増やすのは可能ではないかと考えました。また、車いすを使う方や障がいのある方が優先的に使えるトイレも別途必要です。車いす用のトイレを自分たちが使うことに引け目を感じているトランスジェンダーの方が多かったので、車いす使用者トイレとは別に男女共用広めトイレがあるとそのストレスも解消できます。機能を分散することで、1つのトイレに利用が集中することも軽減できますし、「選択肢を増やす」という考え方です。実は、男女共用のトイレを配置する場所は、意見が分かれました。男女トイレの近くに置くパターンのほかに、男女トイレから遠く離れた場所にぽつんとあったほうがいい、という意見もあったんですね。ヒアリングから、シチュエーションによって配置するべき場所が異なるということが読み取れたからです。たとえば、まだカミングアウトしていない友達と一緒のときに、いきなり、だれでもトイレに入ろうとすると不審がられそうで嫌という話がある一方で、「トイレに行ってくる」と言ってわざわざ遠くのトイレに向かうとばれてしまいそう、という話もありました。周りに知り合いがいるかどうかによって、プランは変えたほうがいいかもしれません。施設でいうと、特定の人が使う学校やオフィスと、不特定の人が使う駅や商業施設、コンビニエンスストアなどは分けて考えたほうがいいでしょう。
介助・見守りが必要な発達障がい者や高齢者の同伴者も一緒に入れる広めのスペースを確保。フィッティングボードも設置し着替えにも配慮したプラン。
プランAに加え、ベビーカーでの入室が可能で、乳幼児連れに配慮した器具を設置したプラン。
男女共用広めトイレ(プランA)
+ 車いす使用者優先トイレ男女共用広めトイレは、個室で落ち着きたいときや着替えのときなど、だれもが日常的に利用できるトイレとします。
男女共用広めトイレ(プランB)
+ 車いす使用者優先トイレ男女共用広めトイレは、乳幼児連れや大きな荷物を持った方など、障がい者に限らずだれでも利用できるトイレとします。
―――トイレ空間の設備についてはいかがですか?
女性の身体で男性の心を持っているトランスジェンダーの中には、見た目が男性に近づいてくると男性トイレを利用する方もいます。その際、男性トイレにもチャームボックスや「音姫」という擬音装置を設置してほしいという要望がありました。男性と女性では小用をするときに尿の広がり方が違うので、当然便器に当たったときに音が異なります。その音でトランスジェンダーだと気付かれてしまわないように、擬音装置で音を消したいと。そのほかに、生理の際の血液のにおいを解消するような脱臭設備も求められています。
―――調査やプランの検討を踏まえて、性的マイノリティ配慮のトイレ空間はさらにブラッシュアップされそうですね。
お話を聞いた方から、「トイレについては人に相談することもなく、悩みはずっと心の中に閉ざしてきました。もう一生解決できないと思っていた。私たちと一緒に考えてくれるメーカーさんがあると知って嬉しい」という言葉をいただき、嬉しく思うと同時に責任も感じました。トイレに行けない人がいる、それを水まわりの専門メーカーとしてそのままにしておくわけにはいきません。今後も、私たちは情報収集とプランの検討を続け、1人でも多くの人に使いやすいパブリックトイレづくりを目指していきたいと思います。LGBTを応援するアライ(※)の1人としても、ハードとソフトの両面からこの問題に向きあっていきたいです。
(※)当事者ではない人が、LGBTなど性的マイノリティを理解し、尊重するという考え方やそのような立場を明確にしている人々を意味
編集後記LGBTという言葉が世間に浸透してきたものの、その正しい意味を知っている方がまだ少ないのでは? ましてや、LGBTの皆さんのトイレに関する悩みについてはなおさらです。今回の取材を通して、トランスジェンダーの方々が周囲の目を配慮して、シチュエーションごとにトイレの種別を選びながら使っていることがわかりました。これは、トランスジェンダーの方々のみならず、もっと多くの方が抱えている悩みかもしれません。トイレ空間を変えていくことと並行して、トイレは多様な性の方、また多様な身体のコンディションの方が使う場であるという意識をあらためて広めていく必要がありそうです。 日経デザインラボ 介川 亜紀
写真/鈴木愛子 構成・文/介川亜紀 監修/日経デザインラボ 2017年6月26日掲載
※『ホッとワクワク+(プラス)』の記事内容は、掲載時点での情報です。
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