vol.55 座談会車いす使用者、視覚障がい者、オストメイト。
それぞれの立場から、トイレのユニバーサルデザインを考える
東京2020オリンピック・パラリンピックが目前に迫り、公共施設や交通インフラのユニバーサルデザイン化や
「心のバリアフリー」への注目が高まっています。身体に障がいのある人にとって、
公共施設やパブリックトイレは使いやすくなっているのでしょうか。
今回は、身体に異なる障がいのある3人の女性にお話を聞かせていただきました。
- 小澤綾子(おざわ・あやこ)明治大学卒。20歳のときに進行性の難病・筋ジストロフィーと診断を受けるが、「筋ジスと闘い歌う」と掲げ、全国でコンサートや講演を行う。2018年に『10年後の君へ 筋ジストロフィーと生きる』をすーべにあ文庫から出版。「あらゆる常識や壁を超え、違いを楽しむ」発信を行う車いすガールズユニット「BEYOND GIRLS」のリーダー。
- 上田喬子(うえた・たかこ)桐朋学園大学卒。14歳の頃に全盲となる。2004年「第54回ヘレン・ケラー記念音楽コンクール」声楽部門にて奨励賞受賞。東京・高田馬場の日本点字図書館内にある視覚障がい者向け用具購買所「わくわく用具ショップ」で働く。視覚障がい者パソコンアシストネットワーク理事。
- 中島小百合(なかじま・さゆり)バークリー音楽大学卒。アメリカ英語発音塾「こまば音庵」を運営し、完全パーソナルレッスンを提供。平日朝6時半からYouTubeで「英語発音チューニング体操」を生配信中。ミュージシャンの講演会やオンラインセミナーでの通訳も行う。2016年からオストメイト。
住居や公共施設における、それぞれの困りごと
小澤綾子氏(以下、小澤)
上田喬子氏(以下、上田)
中島小百合氏(以下、中島)
―――まずは、身体のコンディションを交えて自己紹介をお願いできますか?
- 小澤:
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外資系企業で人事担当をしながら、休日はシンガーとして活動している小澤綾子です。私は筋ジストロフィーという筋肉が年々無くなっていく難病を抱えています。小学校4年生の頃から身体が動かしづらくなり、20歳のときに病名が判明しました。
当時、「あと10年経ったら車いすを使うようになりその先は寝たきり」と言われ人生のどん底を味わったものの、今では「障がいや病気があっても夢は叶えられる」と伝えたくて歌うようになりました。告知から10年以上経ってもつえを使って歩けていたのですが、昨年から電動車いすに乗り始めました。
「10数年前からつえを、昨年から電動車いすを使い始めました」(小澤さん)
- 上田:
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上田喬子と申します。日本点字図書館で働きながら、盲学校でパソコンやスマートフォンの操作を教えています。実は私もクラシック音楽のライブハウスで歌ったり、友達と演奏会を開いたりしています。
先天性の緑内障があり、視力はピークで0.03程度。小学校までは一般の学校に通って走り回ったり本を読んだりしていましたが、14歳頃に完全に見えなくなりました。
「14歳の頃に全盲になり、今はすでに家の中で困ることはありません」(上田さん)
- 中島:
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英語発音トレーナーの中島小百合です。私も元シンガーで、今は音楽関連の通訳の仕事もしています。
身体の状況はというとオストメイト(※)で、いわば脇腹からちょろっと腸が出ているというチャームポイントを持っています(笑)。4年前に子宮内膜症から腸閉塞を起こしてしまい、腸を切っておへその真横にストーマと呼ばれる人工肛門を造設しました。これ、実はお腹にあるんですね。
(※)手術によって、腹部などに排せつのための人工肛門、人工ぼうこう(ストーマ)を造設した人のこと。排せつ物を一時的に受けるストーマ装具を装着している。
上/「おへその真横にストーマがついています」と説明する中島さん 下/ストーマに装着する装具一式
―――日常生活で、住まいの中で困ることはありますか?
- 中島:
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一週間に一度の頻度でストーマ装具を交換しています。それなりのスペースを必要とするし、しばらくじっと座っていないといけないので、トイレではなくリビングで行うんですね。でも、あまり見られたくはないですし、においも気になるので、夫のいないときしか交換できません。それが多少困っていることですね。
- 上田:
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私は見えなくなって15年経つので、家の中で困ることはあまりありません。もしかすると、家族と同居していたら置いたものの位置がいつの間にか変わっていて困ったりするのかもしれませんが、一人暮らしなので基本的には何がどこにあるのか常に把握できています。
以前は手紙や書類が届いたときにすぐに内容を把握できず困っていました。でも、技術の進歩ってすごいですよね。スマートフォンのカメラで文字を写すと読み上げてくれるアプリができて、助かっています。見えないことによる壁がどんどん壊されつつありますね。
上田さんが使用している文章読み上げ用のアプリ画面。読み上げのスピードも調整可能
- 小澤:
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賃貸マンションに住んでいるんですが、退去時の原状回復の費用がかさむのが怖くてトイレに手すりをつけられずにいます。手すりがないと、筋肉がないのでドスン!と落ちるように座ることになります。私がドスン!と座る度に旦那が外から「ちょっとトイレ壊さないでよ!」と声を掛けてくるので、「壊したいわけじゃないんだけど!」と喧嘩になります(笑)。賃貸に住んでいる車いす使用者は皆さんどうしているんでしょうか。
もうひとつ、これからさらに筋肉が無くなったら、ひとりでできなくなるかもしれないという不安があります。女子としては、人にトイレの介助を頼むのは嫌じゃないですか。そういう意味でも、病気の進行が怖いですね。
- 中島:
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私も看護師さんから「何かあったときのために、ご家族がストーマ装具の交換をできるようにしてほしい」と言われて夫にレクチャーを受けてもらったんですが、やっぱり抵抗がありますね。
- 上田:
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ときどきヘルパーさんに同行支援をお願いすることがあるんですが、テキパキとすごいスピードでいろいろやってくれようとするので焦ります。「トイレの場所だけわかればあとは自分でできるから、一緒に個室に入らなくて大丈夫です!」と…。
- 小澤:
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できることは自分でやりたいですよね。
―――公共施設や商業施設を利用する際の困りごとはありますか?
- 上田:
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初めての場所にひとりで行くのはやはりハードルがあります。とはいえ、道案内アプリもありますし、公共施設や商業施設ではインフォメーションに行けばスタッフの方が案内してくださるので、それらに頼りながら外出しています。
- 中島:
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人混みを歩くのは大変ではありませんか?
- 上田:
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朝の通勤時間帯は混雑していても人の波に乗って行けば間違わずに進めるので、助かっています。人がいないほうがかえって困りますね。大学生の頃、大学まで徒歩3分の家に住んでいましたが、朝の5時に出たら慣れた道なのになぜか迷ってしまって。道に人がいないので聞くこともできず、すごく不安になりました。
視覚障がい者の中にもいろいろな考えの方々がいらっしゃると思いますが、私は「人に聞けば何とかなる」というスタンスなので、人が多いところのほうが安心します。綾子さんは電車に乗り降りするときどうしているんですか?
- 小澤:
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駅員さんに頼んで簡易スロープを出してもらっています。手動の車いすだとひとりで乗れることもあるんですが、電動だと難しくて。案内を待たされることも多く、自分の力だけで乗り降りできないところにバリアを感じます。
その点、東京の都営大江戸線は車いすユーザーにとってはパラダイスです。一番新しくできた地下鉄だから電車とホームの間に段差がなくて、誰にも頼らずに目的地まで行けるんです。人の手を借りられるのもありがたいことですが、頑張れば自分ひとりでも何とかなるという選択肢があると嬉しいですね。小百合さんの場合はどうですか?
電動車いすの操作もスムーズな小澤さんですが、電車の乗り降りではサポートが必要なことも
- 中島:
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私は目的地に行くまでの苦労はありませんが、公共の場では、身体が発する音とにおいに困ります。腸が動いているとき、ストーマから何とも言えない音が鳴ることがあって、静かな場所だとギョッとされるんです。
それと、ストーマ装具を交換して3〜4日経つと少しずつにおいが気になってくるんですね。自分でも気をつけているし、夫や友人に「もしにおいがしたら教えて」と伝えていますが、どうしても不安が拭えなくて。人との距離が近い場所はどこでも緊張します。電車で隣に人が座ると「大丈夫かな」と心配になりますね。
外から見えない障がいだから、視線が怖くて「だれでもトイレ」を使えない
―――公共施設などのパブリックトイレについて、気になる点はありますか?
- 中島:
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私は炭酸飲料を飲んだり繊維の多い食べものを多く摂ったりすると、ストーマ装具にガスが溜まり爆弾を抱えたような状態になることがあるんです。これは自分でコントロールできませんから、電車内などすぐにトイレに行けない場所、どこにトイレがあるのかわからない場所で急に腸が動き出してしまうとパニックになります。
ストーマ装具が破れることを私は“漏洩事故”と呼んでいるんですが(笑)、オストメイト仲間のブログやWEBサイト上の書き込みを読むと、みんな一度は悲しい事故を経験しているようです。服も汚れますし、人前で大きい方を漏らしたという状況に近いので、精神的なダメージが深刻なんですね。
“漏洩事故”の怖さについて明るく語る中島さん
- 上田:
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私もおなかが弱いので、すぐにトイレに行けない、トイレが見つからない状況は恐怖です。
- 中島:
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緊急事態のときは「だれでもトイレ」を使います。私は外見からそれとわからない“内部障がい者”なので、とても使いづらいですね。「女子トイレに並ぶのが嫌で、だれでもトイレに入ってるんじゃないの?」と他の方に睨まれてしまうんですね。ですから、いつもはバッグの中にしまっているオストメイトマークを、印籠のようにかざして入っていきます。「お願い、入らせて!」というように。
実は、緊急時以外ではオストメイト対応流しのついただれでもトイレに入れたことがないんです。いつも普通のトイレで済ませています。それは私の気持ちの問題で、本当は気にせず入った方がいいのかもしれません。でも、刺すような視線を感じるので躊躇してしまって。
中島さんがバッグにつけているオストメイトのマーク
- 中島:
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私の場合は何とか。普通に便座に座って、足の間からパウチに溜まったものを流すんです。ただ、毎回水はねとの戦いですね。オストメイト対応流しだと、ちょうどいい高さにシンクがあるからスムーズに済ませられるのだと思います。ストーマがついている場所によっては、オストメイト対応流しがないと困る人もいるはずです。
- 上田:
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あのシンクはそのためのものだったんですね。初めて知りました。
- 小澤:
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何のためにあるものなのか、ずっと疑問でした。大きな手洗い場と勘違いしている人も多いですよね。
- 中島:
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そう! たまに髪を洗っている人もいるみたいで……(笑)。オストメイトはとにかく認知度が低くて、さまざまな誤解が生まれやすいように思います。
便器やボタンがどこにあるのかわからないことに戸惑う
- 中島:
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脱線してしまいましたが、おふたりは「だれでもトイレ」を使っていますか?
- 上田:
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20代の頃は使っていませんでした。私には広すぎて便器がどこにあるのか探すのが大変なんです。入り口に点字の案内表示があるんですが、その位置もトイレによって異なるし、扉の開閉ボタンすらどこにあるのかわからないことも、男女兼用のため便座が上がったままの場合が多いことも難点です。
でも最近は、人からだれでもトイレを案内されて使っているうちに少しずつ配置のパターンが掴めてきたので、人が並んで待っていなければ使うようになりました。
「トイレの個室内の配置はまちまちなので困ることもあります」(上田さん)
- 小澤:
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私は半年ほど前までは普通のトイレを使っていたんですが、出られなくなったことがあって。座ったのはいいけれど、手すりがなくて立ち上がれなかったんです。そのときは家族を呼んで助けてもらいました。
今は車いすで入れるトイレを使います。手すりを掴んで一度立って、便器に移乗する使い方ですね。でも、車いすで入れるトイレは数が少なく、目的地にないことも多いので、外出のハードルがかなり高くなりました。車いすだとこんなにもトイレがネックになるんだ、と驚いています。
- 中島:
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事前に場所を調べて外出します?
- 小澤:
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私は行けば何とかなるだろうと出かけちゃうほうですが、慎重な方は事前にどんなトイレがどこにあるかあらかじめ確認されていると思います。飲み会のときが困りますね。車いすで入れないトイレのときは、お酒をぐっと我慢してノンアルコールドリンクをちびちびと飲んでいます。
- 上田:
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車いすユーザーは人口と比して決して少なくないのに、トイレの数が圧倒的に少ないですよね。
- 小澤:
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そう、コンサート会場に一箇所しかなかったりするから、休憩時間に行列ができるんです。私のコンサートでは「全員が戻るのを待って再開します」とアナウンスしますが、そうすると再開まで30分近くかかります。
だれでもトイレ、だからだれが使ってもかまいませんが、ハロウィンのときに着替えに使われていたりすると「それはちょっと」と思いますね。私たち車いすユーザーはそこしか使えないので。
- 中島:
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設備で気になるところはありますか?
- 小澤:
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手すりの位置や長さがさまざまで自分に合わないこともあります。人によって体格が違うからすべての人にとって使いやすい手すりを実現するのは難しいですね。もうひとつは、便座を拭く除菌クリーナーのこと。トイレットペーパーをかざすと自動で泡が出てくるようになっていますが、車いすとの位置関係がよくないと、身体に浴びてしまうことがあるんですよ。
- 上田:
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私も経験があります。周りに手で触れながらトイレットペーパーや手を洗うところを探しているときに、除菌クリーナーのセンサーが反応して服が濡れてしまって。
- 小澤:
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ハイテクでありがたい機能ですが、ちょっと困りますよね。
トイレが外出のネックにならない世の中に
―――今後、パブリックトイレにどんなことを望みますか?
- 小澤:
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まずは数を増やしてほしいですね。日本のトイレは優秀でありがたいけど、数が少ない。海外はトイレの数が多いし、普通のトイレが車いすでも入れるくらい広くて、「だれでもトイレ」を探し回らずに済むところもあったりします。
- 中島:
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確かに、海外で女子トイレに行列ができる光景ってあまり見かけませんよね。緊急時は助かります。日本は十分に規模の大きい施設ばかりではないから中々トイレに割けないのかもしれないけど、何とかなるといいですね。
個室の外と中とでコミュニケーションが取れるといいと思いませんか?中の人も「急いでいるなら一旦出るのでお先にどうぞ」という場合もあれば、「しばらく出られないから、ほかの階へ行くことをおすすめします」という場合もあるでしょう(笑)。
日本人はそういうことを中々言葉にしづらいから、「待っています」「時間かかります」というボタンがあるといいかもしれません。音楽でもいいですね、緊急のときはヘヴィメタル(音楽)を流したり(笑)。ふざけているようだけど、コミュニケーションが苦手な人もいるでしょうし、遊び心のある伝え方も大事だと思います。そうでないと、トイレにまつわることが辛いだけになってしまう。
- 上田:
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そういう観点でいうと、トイレがもっといい香りになったら嬉しいですね。男子トイレも女子トイレも、いい香りがするとみんなほっとできるんじゃないでしょうか。
- 中島:
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香り、いいですね!ストーマをつけていると、普通の排せつとは少々異なるにおいがするんです。消臭スプレーも持ち歩いているし、パワー脱臭ボタンも使いますが、「もうひと押し頑張って(消臭してほしい)」と思うことがあって。
「自然素材の香りもよさそう」と一同
- 小澤:
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あとひとつ、設備面で思い出したことが…。以前、小学校で講演をした際、小学校だからかトイレの便器が低すぎて車いすに戻れず個室から出られなくなってしまったんです。「出番なのに小澤さんがいない!」と先生方が私を探し回ってくださいました。
その後、デンマークに行ったとき、高さが調節できるトイレに出合ってびっくり。子どもは低く、私のような車いす使用者は車いすの座面高さに合わせて使えます。便器がちょっと傾いて、立ち上がりをサポートしてくれる機能までついていました。「北欧は本当にユニバーサルデザインが浸透しているんだな、優しいな」と感動しました。日本の施設でもあのトイレを導入してほしいですね。
「講演先の小学校で便器に移乗したら立ち上がれなくなって…」(小澤さん)
語らなければ、状況は改善していかないから
―――今日は貴重なご意見をたくさん聴かせていただきありがとうございました。予定時間を大幅に過ぎてしまいましたね。
- 上田:
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あっという間でした。トイレの話は避けられがちですが、みんな何かしら思うところを抱えていて、話してみるとこんなに盛り上がる。一晩中でも語れそうです。
- 小澤:
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同じ障がいがあっても、それぞれにきっと違う意見が出てくるんでしょうね。トイレのこと、もっと語りたい!
- 中島:
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だれも語らないと問題がないものと思われて状況が改善しないから、こうしてオープンにすることはとても大事だと思います。語ることで、「そこに困っていたんだ、知らなかった」と気づいてくれる人も増えるだろうし、暮らしやすくなる人がきっといるはず。
- 小澤:
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この3人でユニットを結成して、トイレにまつわるいろいろな課題を歌で発信していきたいですね(笑)。
パブリックトイレのユニバーサルデザインについて
編集後記今回は異なる障がいのある3人の方をお招きし、ざっくばらんに“トイレ談義”をしていただきました。個々にお声がけしたにも関わらず、お会いしたところ偶然にも全員がシンガー。そういった共通点も手伝ってか、座談会当日は、取材であることを忘れそうなほどの盛り上がり!それぞれが普段の生活やトイレで感じている不便さと、自分なりの解決策などを語る様子を拝見し、このように多くの方々が心を開いて語り合うことでユニバーサルデザインはまだまだ進化し続ける、という実感を持つことができました。日経デザインラボ 介川亜紀
写真/鈴木愛子(特記以外) 取材・文/飛田恵美子 構成/介川亜紀 監修/日経デザインラボ 2020年3月26日掲載
※『ホッとワクワク+(プラス)』の記事内容は、掲載時点での情報です。