ユニバーサルデザインの「今」がわかるコラムホッとワクワク+(プラス)
TOTOx日経デザインラボのコラムです。
TOTOx日経デザインラボのコラムです。
横浜市産学共同研究センターのオフィス前にて
vol.37すべての人の移動をスマートにする次世代モビリティ
横浜市産学共同研究センターのオフィス前にて
2015年にグッドデザイン大賞を受賞した次世代パーソナルモビリティ、WHILL。
スタイリッシュなデザインに芝生や砂利道も難なく突破する軽快な動きは、従来の電動車いすのイメージを覆しました。
WHILLはどんな理念のもとで開発されたのでしょうか。
エンジニアでデザイナーでもある菅野秀氏に、お話を伺いました。
コンセプトを提示するだけではなく、製品化して提供
―――まずはWHILLの機能を簡単に紹介していただけますか。
WHILLは「will」と「wheel」をかけた造語です。「未来の乗り物をつくろう」という思いを込めて名づけました。特徴は、誰もが乗りたくなるスマートなデザインと段差や砂利道にも対応できる高い走破性です。前輪には独自開発の全方位タイヤ「オムニホイール」を採用しました。従来のタイヤは曲がるときにタイヤ全体で曲がらないといけませんでしたが、そうすると大回りになるので、狭い屋内は移動しづらい。オムニホイールは24個の小さなタイヤで構成されていて縦横両方に回転できるため、小回りが利きます。更に、パワフルな四輪駆動なので7.5センチの段差も乗り越えられます。狭い屋内も屋外の悪路も、これ一台で対応できるようにと設計しました。
また、iPhoneアプリでリモートコントロールする機能もつけました。今までの車いすは介助者が後ろで押さなければいけませんでしたが、介助者がiPhoneで操作しながら並んで歩くことができます。最高速度や加速度もアプリを使って調整可能です。人の障がいの状態は時間と共に変わっていくものでしょう。その都度ハードを刷新するのは難しいので、ソフトウェアで対応できれば、と考えました。
セグウェイのような“新しい乗り物”感があるデザイン。サイズは幅60センチとコンパクト。購入時にシート、フットサポート、アームの長さ、高さ、角度などを乗り手に合わせて調整してくれる
(左の写真提供:WHILL)
菅野 秀氏(かんの しゅう氏)
WHILL株式会社 サービス企画部部長
2012年首都大学東京大学院卒。在学中よりNPO法人Sunny Side Garageに所属し、WHILLの開発に携わる。
株式会社リコーで2年間エンジニアとして働いた後、2014年、WHILL株式会社に合流。WHILLのデザインから設計まで担当している
HP:WHILL
―――会社名もWHILLなのですね。
会社は、WHILLを製品化するために、自動車メーカー出身の杉江、電機メーカー出身の内藤、精密機器メーカー出身の福岡の3人のエンジニアが2012年に立ち上げました。僕は大学在学中からWHILLの開発に携わり、2014年に合流しました。開発は日本、製造は台湾、販売はアメリカで行っていて、現在約30人のスタッフが働いています。
―――起業の経緯を教えていただけますか。
僕たちは元々、NPO法人Sunny Side Garageというエンジニアの団体をつくって、会社や学校ではできないようなものづくりの実験を行っていたんです。あるとき知人の車いすユーザーが「100メートル先のコンビニへ行くのを諦めてしまう」と話すのを聞き、かっこいい車いすの開発に挑戦することにしました。
完成した第一号は、東京モーターショーに出展しました。それまでモーターショーに車いすを出した人はいなかったし、注目を集めるだろうと思ったんです。実際、反響はすごくありました。でも、マニュアルの車いすを製作している会社の社長さんから、「コンセプトを提示するだけで実際に販売はしないんだろう、それなら最初から期待させるようなことはしないほうがいい」と言われて。確かにバリアフリーへの挑戦はコンセプチュアルだし話題になります。でも、実際にそれをビジネスモデルに落とし込んで製品化する人はほとんどいないんですね。「じゃあやってやろうじゃないか」と奮起して、起業に至りました。
最先端の技術を結集し、WHILLのために開発した前輪タイヤ「オムニホイール」。四輪駆動で段差もらくに乗り越える。砂利道、でこぼこ道も走行可能
みんなが乗りたがる、かっこいい車いす
iPhoneアプリと接続してリモートコントロール。狭いトイレに入る際、便器に移乗してからWHILLだけ外に出す、といったことも可能に
―――なぜ“かっこいい”車いすをつくろうと考えたのですか?
100メートル先のコンビニへ行くのを諦めてしまう理由のひとつは、溝や段差といった物理的障害です。そしてもうひとつは、心理的障害。車いすで道を走っているだけで、「大変そうだな」と同情されることにストレスを感じるのだといいます。では、なぜ人は車いすにネガティブなイメージを持つのでしょう。たとえば携帯電話は、この10年でデザインもテクノロジーも大幅に進化を遂げスマートフォンになりました。一方車いすはというと、技術的には進化しているけれど、何十年もぱっと見たときのデザインはさほど変わらない。人は変わらないものに古臭さを感じます。僕らはベンチャーとしてそこに一石を投じたいと考えました。
最終的に目指したのは、眼鏡のような存在です。眼鏡はもともと視力が悪い人のためのものでしたが、いまではファッションとしても使われています。車いすも健常者が乗りたがるかっこいいものになったらいいと思いました。
―――開発に当たってこだわったのはどういった部分ですか?
「どうしたらいすに見えないか」「どう乗ったらかっこいいか」をひたすら議論しました。外装もですが、乗る人の姿勢もデザインしようと。普通の車いすはアームサポートがあってその先にジョイスティックがぴょこんと出ているんですが、そうするとやっぱり「いかにも福祉機器」に見えてしまいます。それをどうやって解消するか、多くのスケッチをして考えました。最終的にたどり着いたのが今の形です。後輪の外側の丸と大きなアームで車いすっぽさを消しました。また、オムニホイールも「新しい乗り物」という雰囲気を出すのに一役買っていると思います。
―――確かに、従来の車いすにはない新しさを感じますね。
僕らは会社全体で、少しでもいすに見えたらだめ、という感覚を共有していたんですが、これはちょっと珍しいのではないかと思います。一般的な会社では、デザインチームと技術チームは分かれているケースが多いですね。デザインチームが描いた絵を技術チームが設計に落とし込むのですが、その際、デザインはおろそかになりがちです。デザインを優先させても技術チームの評価につながらないし、不具合が出たら非難されるのは技術チームですから。だから、最初にデザイナーが描いた絵とはどんどん遠ざかっていく。うちの会社は少人数なのが功を奏して、デザインチームと技術チームの境がなく、妥協せず取り組むことができました。こういうところはベンチャー企業の強みかもしれませんね。
左手のレバーを軽く引くとインジケーターが端から順に青く光り電源が入る。このときのメカニカルな素早い動きも未来感があってかっこいい。ランプは充電残量を示している
コントローラーは右手。レバーを前に倒せば前に進み、右に傾けると右に曲がる。傾け具合で速度が変わり、手を離すとブレーキがかかる
横浜市鶴見区にある横浜市産学共同研究センターに日本本社を置くWHILL。菅野氏はスライドを使いながら、電動車いすWHILLの特徴や開発の経緯を説明してくれた
手元のコントローラーを使い、最大15センチ前方に座面をスライドすることが可能。テーブルでの食事や作業、ベッドへの移乗などの際に便利な機能
―――ユーザーからの反応はいかがでしたか?
アメリカである男性ユーザーに初めてプロトタイプをお見せしたとき、「デザインなんて意味がない、機能性が一番大事だ」とおっしゃったんです。その方にWHILLに乗って町を走ってもらいました。すると、それまでは周囲を歩く人に「手を貸しましょうか」と声をかけられていたのに、そのときは「クール!」「乗ってみたい」と言われたそうなんです。一周して戻ってきたときには、「これ、可能性を感じるね」と感想ががらりと変わっていました。僕らはそれまでデザインが大事だと信じて取り組んできたけど、「本当にそうだろうか」「押しつけかもしれない」という不安も持っていました。でも、その一件で「ユーザーのひとりがこれだけ言ってくれるならやる価値がある」と自信がつきました。
―――日本での反応はいかがですか?
製品として販売してからも嬉しい声をいただいています。たとえば、脳梗塞で足を悪くした女性は、夫がいないとマンションの上層階から1階にすら行けなかったのが、WHILLを導入してから週に3~4回外出するようになりました。脊椎損傷で歩けなくなった男性からは、「WHILLなら奥さんと手をつなげるから嬉しい」と言われました。ほかにも、「行けるかどうか不安で、通ったことがある道しか通らないようにしていたけれど、初めての道にも挑戦するようになった」というお話も。ユーザー一人ひとりがストーリーを持っているので、ヒアリングして購入者向けのニュースレターに掲載しています。
―――販売の拠点をアメリカにしたのはなぜですか。
潜在ユーザーが日本の8倍いるからです。日本は軽い障がいなら頑張って手動の車いすに乗ろうとします。一方、アメリカは無理せず電動車いすを使って生活を楽しもうとします。カルチャーが違うんですね。ですから、市場が大きいと考えアメリカで販売することにしました。 でも、本当は車いすユーザーだけじゃなくて、いろいろな方に乗ってもらいたいんです。コンビニが500メートル先だったら、健常者でも面倒だなと思うでしょう。遠い距離や重い荷物を持っての移動は壁になると捉えています。車いすユーザーでなくとも、移動に不便を感じていれば、その壁を乗り越えるためのパーソナルモビリティとしてWHILLを使ってもらいたいと考えています。
「障がい者と健常者の境は無くなるべき、フラットであるべきだと考えています。テクノロジーが足りないことが理由なら、技術者としてそこに挑戦したい」と菅野氏
すべての人の移動を楽しく、快適に
色はグレー(写真)、ホワイト、ブラック(現在は販売終了)の3種類。走行時以外はアームを上げられるので、乗り降りもスムーズ
菅野氏自身、オフィス近くのコンビニへ行くときなどWHILLを日常使いしているそう。「僕自身が乗りたいからつくる、というのもモチベーションになっています」
―――車いすユーザー以外の方に乗ってもらうための工夫は何かされていますか?
製品ではなくサービスを伴った展開を考えています。まずは横浜の赤レンガ倉庫で実験をしました。横浜駅から赤レンガ倉庫までは結構遠くて、健常者でもちょっと嫌になる距離なんですよね。そこで、倉庫付近にWHILLを置いたところ、いろいろな方に「乗りたい」と言ってもらえました。適した場所に配置して乗ってもらうことが大事だと考えています。
障がいというほどではなくても、足腰が弱くて遠出を諦めている人はいますよね。高齢者の中にも同様の方はいらっしゃるでしょう。そういう皆さんからも、「WHILLがあれば出かけられる」と好評をいただいています。
―――今後の展望を教えてください。
ふたつの方向があります。ひとつは、先ほどお伝えしたように健常者も含め多くの方に乗ってもらうこと。1台だけだと車いすに見えても、2台、3台あると車いすに見えなくなってくるんです。WHILLが普及することで、障がいを持っている方が外に出やすくなるのではないかと思っています。 もうひとつは、障がいが重い方に向けた製品を作ること。WHILLに乗れない方もいるんです。すべての人が乗れるようにと考えてデザインすると、やっぱり「いかにも車いす」になってしまうので、線引きが難しいんですね。でも、障がいが重い人こそ「かっこいい車いすに乗りたい」と思っていたりする。僕らはやっぱりそういう人たちのためにものをつくりたいので、挑戦していけたらと考えています。
―――本日は貴重なお話をありがとうございました。
ありがとうございました。
写真/丸毛透(特記以外) 取材・文/飛田恵美子 構成/介川亜紀 監修/日経デザイン 2016年1月25日掲載
※『ホッとワクワク+(プラス)』の記事内容は、掲載時点での情報です。