ユニバーサルデザインの「今」がわかるコラムホッとワクワク+(プラス)
TOTOx日経デザインラボのコラムです。
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「わかたけの杜」の住戸とその設計者、吉田明弘氏
vol.38高齢者のための理想の街を目指して
「わかたけの杜」の住戸とその設計者、吉田明弘氏
「これまでにない革新的な施設にしたい」。
そんな熱のこもった依頼を受けた建築家・吉田明弘氏は ブリッジで各住戸をつないだサービス付き高齢者住宅を提案しました。
高齢者が本当に住みたいと思える空間とは?
年齢を重ねても生活を充実させるために何が必要なのか?
2015年春に入居開始し、同年のグッドデザイン金賞を受賞した「わかたけの杜」(横浜市青葉区)には
吉田氏のそんな問いかけが随所に盛り込まれています。
下町の長屋のような交流を生む空間
―――「わかたけの杜」はどのようなコンセプトで設計されたのですか?
高齢者福祉事業を展開する社会福祉法人若竹大寿会からお話をいただいたときは、「こんなものが欲しかった、と言われるもの」という要望がありました。私は、これまでサービス付き高齢者住宅については2000年ごろから3件ほど設計しましたが、常に心がけてきたのは、効率を優先させた味気ない"施設"ではなく、それぞれの法人の考え方や立地などの特長を生かしながら、利用者にとって魅力的な"住宅"をつくるということでした。
サービス付き高齢者住宅とは、民間の事業者などによって運営される都道府県単位で認可・登録された賃貸住宅で、60歳以上の高齢者または要介護者・要支援者とその同居者が対象になります。そして、常駐の介護スタッフによる見守りや生活相談といったサービスを受けられることになっています。
今、「見守り」という言葉を使いましたが、これだと高齢者に対し、やや一方的な関係をイメージしてしまいます。そうではなく、私がプランの根幹に据えたのは、「見る・見られる関係」ということです。下町の長屋や路地裏などで見られるような、住人がお互いにほどよく関わり合うコミュニティの形成を目指しました。各住戸は声や視線が届く距離感で配置しているので、部屋にいても外部の様子がそれとなく伝わってきます。一歩外に出れば、それぞれ植木に水をやったり、掃除をしたりしている姿がさりげなく視界に入ってくるはずです。
吉田明弘氏
ヨシダデザインワークショップ主宰。1990年日本大学工学部建築学科を卒業後、アプル総合計画事務所に入所。2005~2011年大野秀敏氏とアプルデザインワークショップ共同主催。2012年ヨシダデザインワークショップを設立。建築設計のほか、照明や家具などのインダストリアルデザイン、橋や景観整備などの土木デザイン、歴史的建造物の改修など、多様なプロジェクトに携わる
HP:ヨシダデザインワークショップ
―――なるほど。お互いのペースで暮らしながらも、敷地内のあちこちで自然に会話が生まれそうですね。建物内だけではなく、外部環境も含めたプランニングということですね。
はい。計画地の南北には、同じ法人による既存の特別養護老人ホームと介護老人保健施設があります。そちらとの連携を視野に入れながら、木造2階建ての住居棟と食堂などのあるセンターハウスのエリアを東側に、西側に診療所や訪問看護・介護機能のある集合住宅の棟を配置しました。建物を低層にしたのは、敷地に隣接する保存緑地の景観を生かすと同時に、近隣住民の要望である森の眺望を隠すためです。住戸内にいても、敷地内を歩いていても、常に緑豊かな景色を目にすることができます。
日当たりもよく自然環境に恵まれた立地なので、木造2階建ての住居棟は、少しずつ斜めにずらした配置にして各住戸に光と風を取り込みました。
センターハウスと住戸は建物のボリュームとデザインを揃え、統一感を持たせた
50㎡タイプの住戸は戸建てのスタイルで上下に住み分ける。南側の開口部には有孔折板の目隠しを付けて、プライバシーを守りながら、暮らしの気配を外に伝えている
―――それぞれの棟をつなぐブリッジが印象的ですね。
これは、2階住戸の利用者のためのものです。車いすでも行き来できるよう、エレベーターのあるセンターハウスから2階住戸までの動線に配慮しました。ブリッジで段差が生じるところにはスロープやリフトを設けて、車いすでの移動を楽にしています。また、ブリッジには1階の住戸からもアクセスしやすいように、要所に階段を設けました。階段の傾斜はゆったりつくってあるので、一歩ずつ休みながらでも上がることができます。
―――バリアを低減するユニバーサルデザインの配慮ですね。
ただ、これも一律に段差を解消すればいいというわけではないんです。まだ車いすを必要としない高齢者にとっては、適度な段差があったほうが刺激になってよい、という考え方もあります。そのあたりの判断は、施設運営の方針にも関わってきますし、設計者としても常に悩んでいます。
今回も「ブリッジに屋根を付けたらどうか」という声もあったんですよ。でも、あまりこちらで配慮しすぎるのもよくないと思い、あえて付けませんでした。
―――住戸の内部はどのように設計されましたか?
1階、2階とも50㎡の住戸になっています。水回りと玄関を間取りの片側に寄せて、リビングや寝室となる空間を最大限広く確保しました。住戸全体の床面はフラットにして、トイレや洗面室、浴室はひとまとめの空間に。車いすでもスムーズに動けるようにしています。
室内の大きな特徴は可動間仕切りと可動収納を取り入れたことです。高齢者の場合、最初はご夫婦とも元気でも、そのうちに病気や加齢によって動作に制限が生じたり、どちらかが入院したり亡くなる、といった変化が予想されます。そうしたときに間仕切りと収納を動かすことで、間仕切り無しのワンルームから3DKまで、間取りを自由に変えられるようにしました。そのときどきの使い勝手に合わせて室内を自由に活用することで、負担やストレスを軽減し、毎日の暮らしを楽しんでいただきたいですね。長期的な視野に立ったユニバーサルデザインと言えるかもしれません。
可動収納は私のオリジナルです。ふとんを3つ折りにして納めることができる奥行きを取りました。これが動かせるので、寝室の場所を移動できるようになりました。
―――住戸の室内は明るくて広々としていますね。
2階の住戸を1間(約180センチ)分、1階からせり出させて広いバルコニーを確保し、採光・通風を図っています。その下を路地のゆとりの空間にしました。各住戸とも南側の掃き出し窓には、規則的に小さな穴の開いているパンチングパネルのスクリーンを設置して、プライバシーを守りながら外の気配を取り入れられるようにしました。身体機能が低下してくると、どうしても引きこもりになりがちですが、内外につながりをもたせて住戸が孤立しないように配慮しているんですよ。
各住戸ではあえて玄関を向き合うようにレイアウトして、コミュニケーションを誘発するようにしています。またブリッジも地上の通路とは直交するように配置していますので、上下でも視線が合うようになっています。
このつくりは、イメージとしては下町の長屋ですね。地上の通路、2階のブリッジ、それぞれ長屋の路地裏のようなお互いの気配が行き交う場になるといいと思っています。お互いを気にかけて、ちょっとした面倒をみたり、みられたり、といった自然な関係性が築けるといいですね。
2階住戸をつなぐブリッジと地上の路地は交差するように計画。そこを歩く人たちの視線が立体的に行き交うようになっている
ブリッジの段差を解消するためにリフトを設置。車いすでも自由に行き来できる
センターハウスはこの施設の窓口となる建物。食堂とラウンジがある
白を基調とし、明るい印象の食堂。天井が高く開放感がある
―――「味気ない施設ではなく、魅力的な住宅」ということですね。
その通りです。無機質、画一的な印象にならないように、住戸の外壁仕上げは4パターンあり、配色のバリエーションはランダムに配置しました。新興住宅地によくあるような「どれが自分の家かわからない」ようなまち並みではなく、みなさんそれぞれの住戸を「あれがわが家」だという認識を持てるのではないでしょうか。
―――各住戸から延びたブリッジの先に、ちょうどセンターハウスがあるのですね。
ここには食堂とラウンジ、屋上テラス、スタッフの窓口があり、施設全体のコンシェルジュ機能を果たします。木造の天井の高い大空間をつくることで、開放感を楽しんでもらえるようにしました。明るい場所でゆったりと食事していただけるように食堂は白を基調にし、その一方で、図書室を兼ねたラウンジはダークな色合いで落ち着きを演出しています。
ラウンジは、ボランティア活動やカルチャー教室などにも使われる多目的な空間です。外の「プロムナード」と呼ばれる広場に向け開口部が全面的に開くので、将来的に盆踊りなどのイベントを企画するのも面白そうですね。
―――このセンターハウスそのものがコミュニティの中核となるんですね。
リゾートコテージのメインダイニングのようにスタイリッシュにデザインすることで、日常生活の住戸に対して、「ハレの場」となるようにしました。レストランや映画館に行くように、よそゆきの気分を味わってもらえたらなと思います。
「高齢者は短いスパンで家族構成や健康状況が変わる可能性があります。身体機能が低下しても生活の質は守れる住まいを目指しました」と吉田氏
生涯、暮らしを楽しめる施設
ラウンジも食堂と同様に木造の構造を表した大空間。濃い色合いで落ち着いた雰囲気に仕上げた。キッチンも備え、多目的に利用できる
―――西側の棟には小さめの、20㎡のワンルームタイプの住戸、40㎡の1DKの住戸がありますね。
こちらは、50㎡の住戸のような戸建てではなく集合住宅のスタイルです。20㎡の住戸では、キッチンを窓際に寄せているのが大きな特徴です。生活の中心となるキッチンは、いちばん気持ちのいい場所に置きたいと考えたのです。すると、玄関回りのスペースに余裕が生まれて車いすが出入りしやすくなり、また、玄関から室内を見たときに広がりを感じられます。
玄関の外側に鍵付きのロッカーを設置しました。ふだん使わないものはここにしまっておけるので、生活空間をすっきりと保てるんですよ。
40㎡の住戸では、中廊下に向けてインナーバルコニーを配置してLDKに隣接させました。リビングからバルコニーに出て、気軽に日差しを浴びることができます。空から光を取り入れることで、どの方位の住戸も一日中明るくなりました。太陽の光を感じることは、高齢者のみならず心身の健康に大事なこと。このタイプの住戸は一番人気でした。日向ぼっこの気持ちよさはみなさんよくご存知ですね(笑)。
50㎡の住戸では間仕切りと収納家具を動かすことで、家族構成や健康状況、生活のスタイルに応じて間取りを変更できる
―――1、2階それぞれに共用のリビングとキッチンがあるんですね。
これもコミュニティ形成のために用意しました。各住戸から集まって、お茶を飲んだり、会話をしたりする場があることで、お互いの関係性が深まっていきます。吹き抜けを設けて広々とした空間にし、窓から保存樹林の景観を取り込むことで、誰もが足を運びたくなるように計画しました。
―――こちらの西棟には、診療所、24時間訪問看護ステーション、訪問介護事業所もあります。
やはり、住宅に医療と介護の機能が近接していることで、利用者に大きな安心感を提供できますよね。さらに敷地内には、同じ法人による既存の特別養護老人ホームと介護老人保健施設がある。高齢者が人生の最期まで住み慣れた地域で自分らしい暮らしを続けるために必要な支援体制「地域包括ケア」が、この施設内で完結しているんです。
診療所はこの施設にとどまらず、地域医療の拠点にもなります。近隣の住民の方にも出入りしていただいて、地域コミュニティの活性化にも寄与できればと思っています。
―――2012年度国土交通省のモデル事業「高齢者・障がい者・子育て世帯居住安定化推進事業」として、関東エリアで唯一の選定を受けたそうですね。利用者のみなさんからはどのような感想が寄せられましたか?
「こんな施設、ほかにない」と喜ばれています。施設の建設中にモデルルームをひとつ用意したのですが、それだけでこちらの意図を理解してくださったようで、完成前にすべての住戸が埋まりました。自由に間取りを変えられる可変性や、3種類の住戸を選べる選択性といったポイントを支持していただけたのではないでしょうか。総合的な設計・プランニングで、ユニバーサルデザインの本質に迫れたような手応えを感じています。
これから利用者の方には玄関先やブリッジに植木鉢やベンチなどを好きなようにどんどん置いていただいて、下町のような温かみのある生活感を出してもらいたいと願っています。
浴室、トイレ、洗面はオールインワン。床がフラットに連続し、車いすでも出入りできる
20㎡タイプの住戸では、生活の中心となるキッチンを窓際に配置。その分、室内は広々と
写真/鈴木愛子(特記以外) 取材・文/渡辺圭彦 構成/介川亜紀 監修/日経デザイン 2016年2月22日掲載
※『ホッとワクワク+(プラス)』の記事内容は、掲載時点での情報です。