スモールオフィス・コワーキングスペース「MIKAGE1881」にて
vol.34 インタビュー企画老若男女が関われる、リノベーションを核にしたまちづくりin北九州小倉
スモールオフィス・コワーキングスペース「MIKAGE1881」にて
地方創生が国策に掲げられ、にぎわいを失った地方都市でさまざまなまちづくりが始まっています。
そんな中で、今、全国的に注目を集めているのが、
TOTO本社のある北九州市小倉で生まれたリノベーションまちづくり。
遊休不動産をリノベーションし新たな事業に結び付けるという手法に
行政と民間企業、そして住民が一体となって取り組んでいます。
今回はそのけん引役である建築家の嶋田氏、北九州市産業経済局の片山氏にお話をうかがいました。
リノベーションスクールで実現性の高い提案を
嶋田洋平氏(以下、嶋田)
片山二郎氏(以下、片山)
―――以前の北九州市のまちの様子をお聞かせください。
- 片山:
- 僕は、北九州市小倉のどちらかといえば田舎の出身で、高校のころは自宅から繁華街のほうに通っていました。当時はまちなかにはかなり人が多かったですね。
- 嶋田:
- 僕は、北九州の黒崎の出身です。大学に入って上京してからも、帰省するたびに黒崎で遊んでいたんですよ。2008年以降、数年ぶりに帰省したらまちはゴーストストタウンみたいになっていました。商店街の中の化粧品店とか写真館、魚屋も全部なくなってしまい昼間もほとんど人が歩いていなかった。高度経済成長期に商売していた家が、子供たちが独立してやめちゃったという状況だと思います。
小倉は、高校のころ、僕にとって特別なまちでした。友達と連れ立ってちょっといい買い物をするときは、必ず小倉に行っていました。洋服とかね。小倉の魚町銀天街もそのころは靴や古着を扱う個人店があるようなかっこいいまちでした。ところが、いつの間にかチェーン店だらけになっていた。今は、インターネットで物がすぐに買える時代です。どこでも買える物しかないまちになったら、人が出かけるモチベーションがなくなるのではないかと不安になりましたよ。
―――リノベーションまちづくりのきっかけは?
- 片山:
- 2008年のリーマンショック後、北九州市のまちなかでは空き家や空きビルなどの遊休不動産が増えてしまいました。店舗が閉店するだけでなく、会社の営業所が撤退するなどしてオフィスの空室率も急に高くなった。いわゆるシャッター商店街がいたるところに現れたんですね。そうなるとまちで働く人は減り、買い物する人もいなくなってさらに空き店舗は増えるという負のスパイラルが起こる。それを何とか解決したいと、必死に模索を始めたのがきっかけです。そこで、有識者を招いてまちづくりの勉強会を開きました。
嶋田洋平氏
らいおん建築事務所 代表取締役、北九州家守舎 代表取締役、一般社団法人 リノベーションまちづくりセンター 理事ほか。1976年 福岡県北九州市黒崎生まれ。東京理科大学大学院修士課程修了。みかんぐみのチーフを経て、2008年らいおん建築事務所を設立。12年北九州家守舎を設立し、小倉魚町での実践によって「国土交通大臣賞」「都市住宅学会業績賞」「土地活用モデル大賞審査委員長賞」「2015日本建築学会教育賞(教育貢献)」を受賞
片山二郎氏
北九州市産業経済局新成長戦略推進室 サービス産業政策課事業推進担当係長。1967年生まれ。1991年北九州市入職。2011年4月、「リノベーションまちづくり事業」担当に着任し、第1回リノベーションスクール@北九州から携わる
―――その後、リノベーションスクールが始まるのですね。
- 片山:
- まず、北九州市が小倉のみなさんと一緒に遊休不動産活用と雇用創出を組み合わせて産業振興とコミュニティ再生を実現する「小倉家守構想」をつくったんですよ。その後、リノベーションスクールやリノベーションまちづくりは、嶋田さんや「北九州家守舎」の皆さん、行政が連携して進めてきました。
- 嶋田:
- リノベーションスクールは、リノベーションまちづくりの核となる人材育成の場であって、同時にまちの空きビル、空き店舗を改修する事業計画を立てて行く役割です。人を育てながら、実現性の高いプランを立てるという、一石二鳥のスクールなんですね。
- 片山:
- 画期的だと思います。1回のリノベーションスクール@北九州は4日間あるわけですが、この間に根をつめて朝から晩まで案を練っている。最終日には素晴らしいリノベーションや事業計画の提案が発表されて、地元の人間としても嬉しいですね。東京ほか全国から参加したユニットマスターや約100人の受講者が、今まで北九州になかったようなプランを提案してくれる。地元の参加者ばかりだと、頭が凝り固まっちゃって新しいアイデアが出て来にくいんです。
- 嶋田:
- スクールは、開催するたびにプログラムを見直して、魅力的で実現性の高い内容にブラッシュアップしています。たとえば、プランを練る対象には、スクールに理解があり志を持つオーナーさんの建物を選ぶようになりました。必ずしも、建物そのものを重視しているわけではありません。そういったオーナーさんであれば、受講者がスクール中につくり上げたプランが気に入れば実行に移してくれるんです。
2015年8月に行われたリノベーションスクール@北九州の最終プレゼンテーションの様子(写真:リノベーションまちづくりセンター)
リノベーションスクールのシステム。受講者はいくつかのユニット(グループ)にわかれ対象案件のリノベーションおよび事業計画を練る。各グループのけん引役はユニットマスターと呼ばれ、全国で活躍する建築家やデザイナー、不動産オーナーなどが担当する(資料を元にTOTOが作成)
―――なるほど。
- 嶋田:
- リノベーションスクールで提案した物件の実プロジェクト化を担う、北九州家守舎という株式会社を立ち上げたことも大きな意義がありますね。不動産の新業態でもあり、オーナーをサポートし、提案リスクを分担する役目です。スクールで提案された事業計画を実現するには、現場で実際に事業を動かすチームも必要だと気づいたわけです。オーナーが何もできないなら、新しい企画をつくって投資して、入居者も集める。必要なら仲介も管理もやる。そういう、新しい投資を掘り起こすようなことをやらないとまちは動かない。行政は資金調達の仕組みをつくり、規制を法律の範囲内でうまく緩和するとか、その投資が起きやすいような下地をつくっている。一連の動きを公民連携してやりましょうというのが、リノベーションまちづくりです。
―――なぜ、小倉でリノベーションスクール、リノベーションまちづくりが盛り上がったのでしょう?
- 嶋田:
- 北九州市はものづくりのまちであり、それに対する思いや英知があると思います。それに、新しもの好きなんですね。小倉の魚町は古くからあるまちという感覚があるけれど、北九州市は1901年に製鉄所ができてから、ちょうど2、3代前くらいに移り住んだ人も多いんですよ。いわば新参者のまちなんです。だから、新しいことを取り入れるのにオープンで、聞いたことないものに飛びつくようなところもありますね。
―――リノベーションスクールが始まってから、まちはどのように変わりましたか?
- 片山:
- スクールの拠点がある魚町3丁目辺りは、以前、通行量は1日あたり1万人ほどでした。スクールが始まって以降、この4~5年で1万4千人を超えるようになっています。スクールで提案されたリノベーションが実行され、魅力的な店が営業を始めました。それに、商店街に空き店舗がなくなって来ているのは確かです。新しい店がひとつできると、波及効果で店が増えていく。
- 嶋田:
- スクールの効果でプロジェクトが次々に生まれ、まちが変わるから、まちの人たちは新しい事業をやれる場所だという意識になっているのかもしれません。最近では、魚町に空き家が少なくなって、入居希望者が入りづらくなっているようですね。
対談を行ったスモールオフィス・コワーキングスペース「MIKAGE1881」は北九州家守舎と松永不動産が共同で開設
上/2014年3月のリノベーションスクール@北九州から生まれたホステル&ダイニング「Tanga Table」。2015年8月のスクールに合わせてプレオープンした(写真:Tanga Table) 左下/工事中のTangaTableのダイニングスペース付近 右下/同じく工事中のドミトリースペース。このあと2段ベッドにはカーテンも取り付けられた
上/小倉家守構想のリーディングプロジェクトとして、嶋田氏とビルオーナーが段階的にリノベーションを行ってきた中屋ビル。現在は物販、飲食店や事務所が集まるメルカート三番街、物販店兼工房が集まるポポラート三番街などがある。取材に伺った土曜日、ビル前は人通りが尽きない 下/中屋ビル地下にあるトイレのリノベーションにTOTOも協力
左/魚町ではアーケード撤去という動きも。これは取材時(7月18日)の魚町サンロード商店街の様子 右/8月に入り、アーケードが撤去されまちが一気に明るくなった。市道の整備、店舗の前の緑地化が始まる予定(写真:リノベーションまちづくりセンター)
―――今後、リノベーションまちづくりはどのように進展していく予定ですか?
- 片山:
- まず、市民の方々にもっとスクールやまちづくりをPRしていきたい。北九州市は門司・小倉・若松・八幡・戸畑の旧五市が対等合併してできたので、今でもそれぞれのまちに中心市街地がある。将来的に、それぞれのまちでやるように働きかけるのが行政の役目かと思います。
- 嶋田:
- スクールやまちづくりは単なる商店街の活性化ではありません。大切なのは住む場所も働く場所も全部セットで、自分たちのこれからの暮らしを今ある建築ストックを使ってつくっていくということ。北九州というまちでの働き方、遊び方、住み方みたいなものをみんなでつくれますよと。
―――まちづくりに際して、幅広い市民が暮らしやすいユニバーサルデザイン(以下、UD)を意識していますか?
- 片山:
- 北九州市は政令指定都市の中で、ここ4年連続子育てしやすいまちNO.1(NPO法人エガリテ大手前による「次世代育成環境ランキング」2011~14年度)に輝いています。今後、遊休不動産を活用したまちづくりを進めることで、さらに子育て環境の充実も図られるのではないでしょうか。
- 嶋田:
- 更地から建物をつくりあげるのは、なかなか一般の人にはできないでしょうけれども、リノベーションはすでに建っている建物をはじめ、考えるきっかけになる資源がすでにあるので、みんなが一緒に考えやすいんですよね。だから、今あるまちを活かして何かしましょうというやり方は、老若男女誰でもまちづくりのプロセスに参加しやすいんです。そこにUDを生み出す原動力があるといいと思います。
―――UDとして、まちのパブリックな空間に規則的にトイレを組み込むのはどうでしょう?
- 嶋田:
- 火災が起きた後空き地にコンテナを置いて、クッチーナ・ディ・トリヨンというイタリアンレストランつくったのですが、そこのトイレは誰でも使えるように配慮しました。ちょっと段差はあるものの、お母さんはベビーカーを押して入れる。中では子どもたちの着替えもできるし、おむつも替えられます。
―――まちなかのトイレは、行くついでにその店や周辺で買い物もしますから、まちにもメリットを生むと思います。本日はまちづくりの最新の動きをお話しいただき、ありがとうございました。
編集後記まちづくりで、ずっとシャッターが下りたままだった空き家や空きビルが、魅力的なカフェやバー、シェアオフィスなどに変わっていく。まちが素敵になるだけでなく、そこで新たに産業や雇用が生まれているから、にぎわいがもどりそれが持続できるのですね。このプロジェクトはまちづくりのモデルとなり、現在、全国各地で展開されています。衰退で悩むまちが、“隠れた宝”である遊休不動産を活用し新たな姿に向かって力強く歩み始めたようです。日経デザイン編集者 介川 亜紀
写真/飯山翔三(特記以外) 構成・文/介川亜紀 監修/日経デザイン 2015年9月28日掲載
※『ホッとワクワク+(プラス)』の記事内容は、掲載時点での情報です。
- vol.35は、第42回国際福祉機器展 H.C.R.2015のTOTOブース速報です。
2015年10月7日公開予定。