vol.12は、日経デザインの下川一哉編集長による建築家・谷尻誠さんのインタビュー後編です。
「住み心地のいい家を設計しようとしたら、結果的にユニバーサルデザインになった」という谷尻さんの設計手法の発想とプロセスをたどりながら、その発想が生かされた、現在進行中の老人ホームのプロジェクトについてもお聞きしました。
人と人が支え合うそんなコミュニティをつくりたい。
- 谷尻:
- 最近、住宅って「必要なものしかない」ということに気づいたんです。
- 下川:
- どういうことですか?
- 谷尻:
- 住宅の設計の場では、「子ども部屋が必要」「寝室が必要」「対面式キッチンが必要」といった具合に、住まい手から様々な要望が挙がります。設計者はそれらの要素を組み合わせてプランを構成していきますが、どれも大切でどれも必要、となると「余分な部屋」や「使い方がよくわからない空間」が潜り込む可能性があまりない。
- 下川:
- なるほど。
- 谷尻:
- ただ、セオリー通りに空間を組み立てていくと、住まい手にとってそれ以上の発見はないし、あまり面白いプランになるとは思えません。だから、私自身は、個々の空間について用途を限定するような設計はしないように気を付けています。
建築家 谷尻誠氏
1974年広島県生まれ。専門学校卒業後、設計事務所勤務を経て、2000年 Suppose design office設立。建築、インテリア、ランドスケープ、展示会場などに関する企画・設計・監理のほか、プロダクト・家具等のデザインなど幅広い分野で活躍中。
HP:SUPPOSE DESIGN OFFICE
- 谷尻:
- たとえば、自分が子どもの頃を思い返してみると、遊具のそろった公園よりもそこらへんの路地で遊んでいた記憶が強く残っている。どうやって遊ぶかを考えること自体が楽しかったんだと思います。そういった自由な、都市における路地というものを住宅に置き換えてみると、それは居室に対しての廊下なのかもしれない、とふと気づいたんです。
- 下川:
- 面白い着想ですね。
- 谷尻:
- これまで居室を豊かな空間にしようと設計してきたけれども、居室以外の空間をデザインした方が豊かな住まいになるのでは、と考えました。そこで、「豊前(ぶぜん)の家」では、廊下をどんどん広げてみました。そうすると、家の中から「廊下」が消えて、すべてが「部屋」になる。子どもにとっての遊び場になったり、もう少し広げたらテーブルを置いて食事もできるようになったり。室内のあらゆる廊下が居心地のいい生活の場になる、というのは豊かなことだなと嬉しくなりました。
「豊前(ぶぜん)の家」。広々とした廊下が各部屋とゆるくつながり、家中を自由な発想で使える
豊前の家の外観。大小の棟=部屋が連なっている
- 下川:
- 谷尻さんが手がけられた「日高の家」も楽しそうですね。2階の真ん中にお風呂がある。私は、自分の生活動線の中心に浴室がある暮らしに憧れているんです。朝起きて、散歩して風呂に入って、午後も畑仕事したらひと風呂浴びて、夕食とって寝る、みたいな。
- 谷尻:
- 温泉宿みたいですね(笑)。従来、日本の家では「バスルーム」というわりには「ルーム」になっていない。でも、風呂上がりにビールを飲んだり、バスタオルを巻いてテレビを見たりできる「部屋」にしてもいいじゃないですか。そのままご飯を食べたっていい。
- 下川:
- あ、それが私の理想です(笑)。老後はぜひそんな家に住んでみたい。
- 谷尻:
- たぶん住まい手が求める「快適さ」「住みやすさ」って、年齢や価値観、家族構成、ライフステージによって千差万別だと思うんです。建築家がつくり込んだ住宅パッケージに合わせるのではなく、それぞれの理想や使い勝手を自分なりにカスタマイズして追求していく時代に入っているのでは、と感じています。
- 下川:
- 30代、40代とそれぞれに住宅に求めるものは異なりますよね。私自身が50代になってみて実感するのは、リタイア後に備えて今のうちに準備しておかなくては、という切実さです。単純にバリアフリーの仕様にしておくというだけでなく、これから迎える老後をどう生きていくか、ということを盛り込んだ住環境が必要になるだろう、と思っています。
- 谷尻:
- 人間関係も含めた広い意味での住環境を考えることって、大事ですよね。建築的な工夫、たとえば高齢者対応の仕様を緻密に突き詰めていけば、高齢になってもひとりで自立した生活が営めるかもしれない。でも、こうも思うんです。あえてそこに不足や余白を残しておくことで、高齢者の暮らしに多くの人が介在する必要性や可能性が生まれるかもしれない。家族やご近所さんとの絆を育むことになるかもしれない、と。
- 下川:
- なるほど。
「日高の家」。個室中心のプライベート・エリアである2階中央にガラス張りの浴室がある
日高の家の外観。LDKのあるパブリックな1階はオープンに、浴室のある2階は窓を最小限にしている
- 谷尻:
- 実は、そんな考え方をベースにした老人ホームを設計中なんです。場所は大阪。すべてが便利なホテルのような個室を整備するのではなく、普通の下町の住宅地の中に存在していて、地域に対して開いていこうというプランです。老人ホームに併設されているカフェに近隣の住民が一服しにくる。近所の幼稚園と合同で夏祭りも実施する。町の中に棟を点在させて、たまには、入居者が別の棟に引っ越ししてもいい。「町に住む」という感覚で入居してほしいと思って設計しています。
設計中の老人ホームを説明する谷尻さん
- 下川:
- 高齢者と子どもの交流は、いいですね。ユニバーサルデザインってモノや建物だけではなくて、そうしたコミュニティづくりも含まれるのかもしれませんね。
- 谷尻:
- 高齢者のほうも、子どもと触れ合って何かを教えられるというのは大きな喜びになるのではないでしょうか。これまでは、技術の進歩に伴って住宅の性能や品質の向上が図られてきましたが、それだけではどうもバランスがよくない。「家」という概念の中に閉じこもるのではなく、「外へ開く」という発想はこれから重要になる気がします。
たとえば、お風呂やキッチンが外にあるとそれだけで生活が楽しくなるでしょう。露天風呂やアウトドアクッキングってわくわくしますよね。そうした生活の仕掛けが外にあると、近隣からも声がかけやすくなるし、かつての長屋などに見られたような井戸端会議的な形でコミュニティが育まれていくのではないかなあ。これからの住まいを考える上で、そんな可能性を感じているんですよね。そういう意味では、屋外で使えるキッチンや浴槽などの住宅設備がもっと開発されればいいなと思っています。
- 下川:
- 今日はお話をうかがって、老後の私の夢も広がりました(笑)。ありがとうございました。
日経デザイン編集長
下川一哉氏
1988年日経BP社入社。1994年に日経デザイン編集部に配属、2008年より編集長。
写真/山田愼二 文/渡辺圭彦 構成/介川亜紀 監修/日経デザイン 2013年5月23日掲載
※『ホッとワクワク+(プラス)』の記事内容は、掲載時点での情報です。
- vol.13はリタイア後のリモデル 第2の人生を謳歌する住まい・ 間取り編をご紹介します。
2013年6月下旬公開予定。