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未来へ歩むヒト・モノ・コトを紹介するコラムです。
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国土交通省は2024年6月、「高齢者、障害者等の移動等の円滑化の促進に関する法律(通称バリアフリー法)」施行令の改正を公布しました(公布:2024年6月21日/施行:2025年6月1日)。なぜいま改正に踏み切ったのでしょうか。そして、改正により何が変わるのでしょうか。検討ワーキンググループで座長を務めた東洋大学名誉教授の髙橋儀平さん、国土交通省住宅局参事官付建築デジタル推進官の藤原健二さんにお話を伺いました。
車いす使用者用トイレを原則として各階に1箇所以上設置
髙橋儀平さん(以下、髙橋)
藤原健二さん(以下、藤原)
バリアフリー基準がどのように改正されたのか教えてください。
車いす使用者用トイレ、車いす使用者用駐車場のバリアフリー基準(建築物移動等円滑基準)を見直し、劇場などの車いす使用者用客席の設置を求める基準を創設しました。
前提条件として、適合義務の対象となるのは「床面積2,000㎡以上の特別特定建築物(不特定多数の者が利用する、または主として高齢者や障害者が利用する建築物)」です。具体的に言うと、公共施設や百貨店、高齢者施設などですね。こうした建築物を新築・増築・改築または用途変更する場合、基準を満たさなければいけません。床面積2,000㎡未満の建築物や既存建築物は適合努力義務となります。
そのうえでまずトイレについて説明すると、これまでは「建築物に1箇所以上車いす使用者用トイレを設置する」としていたところを、「原則として各階に1箇所以上設置する」と変更しました。さらに、「階の床面積が10,000㎡を超える場合は2箇所以上、40,000㎡を超える場合は3箇所以上、車いす使用者用トイレを設置する」ことを求めています。一方で、各階の床面積が小さいいわゆるペンシルビルのような建築物の場合は、各階に車いす使用者用トイレを設置するのはやや難しい。そこで、「階の床面積が1,000㎡を切る場合は、建築物全体の床面積の合計が1,000㎡に達するごとに1箇所以上設ける」という基準にしました。トイレの設置数に関する基準の改正は2006年のバリアフリー法制定後初めてです。
なお、建築物移動等円滑誘導基準(誘導基準)もこれまでは「各階に1箇所以上車いす使用者用トイレを設ける」としていたところを、「トイレのある場所に1箇所以上設ける」と変更します。
バリアフリー法の政令改正により、車椅子使用者用便房の設置数について、原則、各階に1箇所以上を設置するよう見直しを行います(国土交通省「建築物のバリアフリー基準の見直し方針」より引用)
(国土交通省「建築物のバリアフリー基準の見直し方針」より引用)
駐車場については、これまでは「(駐車場の台数によらず)車いす使用者用駐車設備を1台以上設ける」としていたところを、駐車場台数に対する設置割合に応じて一定数以上設置するよう変更しました。劇場などの客席についてはこれまで義務基準がありませんでしたが、新たに、客席数に応じて車いす使用者用客席を設置するよう設定しました。
インタビューの会場に向かうふたり。国土交通省合同庁舎の廊下にて
バリアフリー法の政令改正により、車椅子使用者用駐車施設の設置数について、駐車台数に対する割合で定めるよう見直しを行います(国土交通省「建築物のバリアフリー基準の見直し方針」より引用)
バリアフリー法の政令改正(条文新設)により、車椅子使用者用客席の設置数について、客席の総数に対する割合で定める基準を設けます(国土交通省「建築物のバリアフリー基準の見直し方針」より引用)
東京2020大会が改正を後押しした
バリアフリー基準の改正に至った背景、経緯をお聞かせください。
東京2020オリンピック・パラリンピック競技大会(以降、東京2020大会)がひとつの契機になったと思います。トイレを例に挙げると、高齢化が進み、車いす使用者の外出機会も増えているなかで、「どんなに大規模な施設であっても車いす使用者用トイレが1つあればいい」というこれまでの基準は社会ニーズの実態に即しているとは言えませんでしたし、当事者団体からも「外出しやすくなるよう環境を整えてほしい」とご要望をいただいていました。国交省としても改正の必要性を感じていたところに、東京2020大会によって社会全体としてバリアフリーを進めていこうという機運が高まったのです。
そこで、2023年6月に髙橋先生を座長として建築物のバリアフリー基準の見直しに関する検討ワーキンググループを立ち上げ、障がい当事者や事業者と議論しながら調整を進めてきました。
今回の義務基準や誘導基準は、世界でも先進的なアメリカのADA(障害を持つアメリカ人法)基準と比べても引けを取りません。この改正内容はこれから世の中で評価されていくと思いますし、先頭に立って実現に導いてくださった藤原さんにはとても感謝しています。国交省としても大きな決断だったのではないでしょうか。
「誘導基準に法的拘束力はありませんが、社会が向かうべき方向を指し示す大きな意味を持っています」(髙橋さん)
バリアフリーに関する政策を担当することになったとき、先輩職員から「障がい当事者から寄せられる意見や要望は多くの場合至極真っ当なもので、行政はそれに対し可能な限り応える必要がある」と教えられました。障がいのある方は健常者と比べて不便な生活を強いられています。そこに対し何かできないかという気持ちをずっと抱いていたところに、ダイバーシティ&インクルージョンを求める社会の声が高まり、改正の後押しに結び付きました。
ただ、一度にすべてを変えることはできません。社会の建築物の数%しか実現できていないものを、いきなり義務化して100%に持っていくのは無理があります。基準改正にあたり、車いす使用者用設備の整備実態を把握した上で、実現可能な範囲で義務基準を設定しました。
容積率緩和の特例措置により、車いす使用者用トイレの設置を促す
検討ワーキンググループでは、障がい当事者からどのような意見が上がりましたか?
検討を始めた当初、国交省では「上下階に移動しないとトイレに行けない状況をなくすために、標準的な建築物では原則として各階に1箇所は車いす使用者用トイレを設置するよう定めよう」と考えていました。しかし、当事者の方々から「それだけでは不十分で、大きな施設だと端から端まで移動するのが大変だから複数箇所に設置してほしい」というご要望をいただいたのです。そこで、階の床面積が10,000㎡以上ある建築物は面積に応じて車いす使用者用トイレを増やすように変更しました。
「現状に即して基準をつくる一方で、基準によって現状を引き上げていく狙いもあります」(藤原さん)
事業者や設計者の方々からはどのような意見がありましたか?
予想していたことですが、事業者からは「車いす使用者用トイレに床面積を取られると、利益を上げられる空間が減るので困る」というご意見をいただきました。それに応える形で拡充したのが、容積率緩和の特例制度です。容積率とは、敷地面積に対する建築物の延床面積の割合のことで、敷地に建てられる建築物の大きさを規制する数値です。たとえば、延床面積が最大1,000㎡の建築物しか建てられない敷地に、一般のトイレよりも10㎡大きな車いす使用者用トイレスペースを設置した場合、その増加分を加え、1,010㎡の建築物を建てられるようにしたのです。そうすると利益を上げる空間が減らないので、事業者も車いす使用者用トイレを設置しやすくなるはずです。
今回拡充した特例制度は、バリアフリー法で対象としている「床面積2,000㎡以上の特別特定建築物」以外の建物にも適用されます。小規模の施設やオフィス、共同住宅などでも車いす使用者用トイレを設置すると容積率が緩和されるのです。設置義務のない建物にも車いす使用者用トイレを増やしやすくする、という狙いがあります。
民間には、「義務ではなくても車いす使用者用トイレを設置すべきだ」と考え、自発的に車いす使用者用トイレを設置する志の高い事業者がいます。そうした方々を後押しする仕組みですね。
バリアフリー法第24条に基づく容積率緩和の特例制度の適用要件を定めた「国土交通省告示第1481号」に車椅子使用者用便房の設置のみで特例が可能となるよう規定を追加することで車椅子使用者用便房の設置を促進します(国土交通省「建築物のバリアフリー基準の見直し方針」より引用) 赤字:現行の基準に追加した箇所
※ 車椅子使用者用便房の構造は以下の通り。腰掛便座、手すりなどが適切に配置されていること。車椅子使用者が円滑に利用できるよう十分な空間が確保されていること
共生社会をどう実現するか、地域ぐるみで考えてほしい
改正を受けて、事業者、設計者の方々に期待していることはありますか?
改正内容を見て、「社会や国はここまで変わってきているんだ」と感じ取っていただきたいですね。事業者や設計者の立場からすると、「負担が増えるな」と戸惑うかもしれない。でも、事業者や設計者も社会環境を構築していく一員です。自分たちの利益を追求するだけではなく、これまで排除されてきた人たちがどうすれば不便を感じずに社会生活を送れるか一緒に考えてほしい。建築物を新築・改築する際に、障がい当事者にヒアリングしてくれるような動きがあちこちで起きるようになったら嬉しいですね。
これまで、「うちの建物はバリアフリー法の対象外だから何も気にしなくていい」と考えていた方も多かったのではないかと思います。悪気があったわけではなく、困っている人たちがいたことを知らなかったのかもしれない。そういう方々にも、今回の改正を機に、「社会の一員として自分たちに何ができるか」という視点から、「対象外ではあるけれど、できることをしていこう」と考えていただけることを期待しています。
TOTOさんのようなトイレのメーカーは、今回の改正を受けて車いす使用者用トイレに関する問い合わせが増えるはずです。改正内容についても、その背景を含めてしっかりと事業主や設計者に伝えていただきたいですね。各企業が社会全体の利益を考えて行動すれば、障がいのある人が暮らしやすい環境が同時に整っていくのではないでしょうか?
新しいバリアフリー基準が浸透するには時間がかかると思います。建築や設備に関わる企業には、勉強会やセミナーを開いて理解や周知にご協力いただけるとありがたいです。
「障がい者が社会の中で暮らしていくにはどうすればいいか、一緒に学び考えてほしい」(髙橋さん)
TOTOが作成した車いす使用者用トイレに関する、バリアフリー基準改正のポイントをまとめたチラシ(資料提供/TOTO)
一般の方々に期待していることはありますか?
これから少しずつ、車いす使用者用のトイレや駐車場、客席を見かける機会が増えていくはずです。一般の方々にとって、障がいのある方が特別な存在ではなく当たり前の存在になり、車いす用の設備を設けるのが当たり前に感じられる世の中になることを願っています。
たとえば仕事帰りに居酒屋に立ち寄ったときに、車いす使用者を見かけることはあまりないと思いませんか? 車いす使用者の数を考えると、本当はもっといていいはずなんです。車いすで問題なく過ごせるお店を探すのが大変で、あきらめている人が多いのではないでしょうか。障がいがあっても気軽に飲みに行ける社会、「今日はどこへ行こうか」と自由に行き先を選べる社会を、多くの方に一緒にめざしていただけると嬉しいです。
地域単位でも勉強会などが開かれるといいですね。今回のバリアフリー基準改正を、地域でどのように共生社会を実現するのか考える機会になれば幸いです。
編集後記今回の改正には、車いす使用者がより外出しやすい環境をつくるとともに、施設の事業者、建設に携わる方々がバリアフリーを配慮した建築物に取り組みやすくすることが前提にあります。建築物やまちの変化は良くも悪くも時間がかかります。世の中の建築物が徐々に刷新されていくにつれ、日々それらを目の当たりにするようになった人々にはそのバリアフリーの配慮が自然に吸収されていくのでしょう。また一方で、今回の改正を機に交わされる議論が、建築物やまちの刷新の起爆剤となることを願ってやみません。編集者 介川 亜紀
写真/鈴木愛子、取材・文/飛田恵美子、構成/介川亜紀 2024年10月18日掲載
※『ユニバーサルデザインStory』の記事内容は、掲載時点での情報です。