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Story20
インタビュー

近畿大学中央図書館のトイレ改修。限られたスペースの中で思考したオールジェンダートイレのポイントとその利用実態

story20 近畿大学中央図書館のトイレ改修。限られたスペースの中で思考したオールジェンダートイレのポイントとその利用実態

近畿大学は東大阪キャンパス中央図書館のリニューアルオープンに伴い、学内で初めてオールジェンダートイレを設置しました。TOTOはこのプロジェクトでトイレ空間を提案。実際に利用した方の感触を確認するため、改修後に利用実態調査を行いました。今回は、近畿大学の管理部及び中央図書館学生センターの関係者の皆さん、調査を実施したTOTOの担当者に、オールジェンダートイレ設置後の感触や調査結果の感想を聞きました。

  • 学校法人近畿大学 法人本部管理部 部長
    大原太司(おおはら・たいじ)さん
    医学部・附属病院の施設用度課、本部の管理部施設管理課を経て、2022年度より現職。法人全体の施設管理、用度、印刷、省エネ推進、安全管理業務を統括している。
  • 学校法人近畿大学 法人本部管理部 施設管理課 課長補佐
    西村隆幸(にしむら・たかゆき)さん
    入職後から法人全体の建物維持管理を中心に校舎新築、改修工事等の企画策定、工期・予算調整等に従事。今回の中央図書館トイレ改修工事の企画にも携わった。
  • 学校法人近畿大学 大学運営本部 中央図書館学生センター 事務長
    鹿田昌司(しかた・しょうじ)さん
    図書館事務部、スポーツ振興センター等で学生サポートに携わり、2021年度より現職。図書館運営企画、収書・整理、レファレンス業務を統括している。
  • 学校法人近畿大学 大学運営本部 中央図書館学生センター 参事
    岡友美子(おか・ゆみこ)さん
    入職後は管理部門、教育部門の部署に携わり、現在は図書館業務に従事。主に学生に図書館の利活用や読書の必要性を伝えるための学習支援を中心に業務に取り組んでいる。
  • TOTO 特販本部(関西) 市場開発第三部 プレゼンテーショングループ
    荒木由衣(あらき・ゆい)
    2020年入社。入社以来、パブリックトイレに関する提案業務に従事。用途に応じた利用実態調査や情報収集を行い、多様な人が使いやすいトイレ空間を提案している。

すべてのフロアにオールジェンダートイレ、男性トイレ、女性トイレを設置

すべてのフロアにオールジェンダートイレ、男性トイレ、女性トイレを設置

大原太司さん(以下、大原)
西村隆幸さん(以下、西村)
鹿田昌司さん(以下、鹿田)
岡友美子さん(以下、岡)
荒木由衣(以下、荒木)

 中央図書館にオールジェンダートイレを設けた背景を教えてください。

岡:

近畿大学中央図書館は2022年3月、老朽化した旧本館から10号館に移転して図書館単独棟としてリニューアルオープンしました。これに伴い、各階のトイレを改修整備することになったのです。10号館のトイレスペースはもともとかなり狭かったので、初期は余裕を持ったつくりにするためフロアごとに男女で分けるなどのアイデアも出ていました。そうした構想を練っていた時期に、「KindaiPicks」という近畿大学のニュースマガジンにLGBTQやジェンダーに関する記事がよく掲載され、会議でも人権問題としてそうした話題がよく上がっていました。そこで、改修するのであればオールジェンダートイレを設置してはどうかと考え、管理部に相談しました。

大原:

これまで学内に男女共用のバリアフリートイレはありましたが、性的マイノリティに配慮したオールジェンダートイレはなかったので、現場からの提案を受けて管理部も「なるほど、やってみようか」と回答しました。

近畿大学は2025年に創立100周年を迎えます。キャンパスは日本有数の規模。今回取材した東大阪キャンパスには10学部と短期大学が集っています(写真提供/近畿大学)

現中央図書館は、旧本館の解体撤去の際に、隣接する10号館全棟を図書館として改修・移転したもの。入館者数は年間約23万人を誇ります(写真提供/近畿大学)

 計画はどのように進めていきましたか?

岡:

私たちが一番気になったのは学生の反応です。すべての個室をオールジェンダーにする案もありましたが、当時の図書館の館長がトランスジェンダー当事者の学生に聞き取りをしながら、トランスジェンダー以外の学生の使いやすさを考え、男性用個室、女性用個室も設けることにしました。また、当事者の学生の「男女共用のトイレが男性・女性トイレと同じフロアに設置されていたほうが使いやすい」という意見を参考に、すべてのフロアにオールジェンダートイレ・男性トイレ・女性トイレを設置することにしました。

西村:

「オールジェンダートイレがあるフロア」「男性トイレがあるフロア」「女性トイレがあるフロア」「すべてのトイレがあるフロア」とフロアごとに分けると、「このフロアにはどのトイレがあるんだっけ」という混乱を招くのではないかという懸念もあり、1階と10階以外は同じ機能で統一しました。

  • 1階・10階
  • 基準階

1階および10階には手前から男女共用のバリアフリートイレ、男性トイレ、女性トイレが配置されています。それ以外の2階から12階までは手前に手洗いコーナーがあり、手前からオールジェンダートイレ、男性トイレ、女性トイレという並び(図版提供/TOTO)

 手前がオールジェンダートイレ、中央が男性トイレ、奥が女性トイレという配置にはどのような意図があるのでしょうか?

西村:

手前にオールジェンダートイレを設置したのは、トランスジェンダーの方の意図せぬカミングアウトにつながらないようにと考えたからです。奥にあると「わざわざ選んだ」と思われる恐れがありますが、手前にあると「一番近かったから入った」と言うことができますよね。

大原:

男性トイレ・女性トイレの並びには悩みました。女性トイレを奥にしたほうがプライバシーが保たれて良さそうに思えるけれど、防犯という面からは、奥まったところで何かあっても周囲が気づけないので女性トイレは見えやすいところに設置したほうがいいという考え方もあります。そうした議論も踏まえつつ、男性が女性トイレの前を通ってトイレに入る状況への抵抗感のほうが大きいだろうという結論に至りました。なお、すべての個室内に非常時用呼び出しボタン、各フロアのトイレ前に防犯カメラを設置し、個室の配置とは別の方法で防犯対策を行っています。

トイレスペースがあるのは各フロアの階段横。「限られたスペースを有効活用して利便性と快適性を高め、トランスジェンダーへの配慮も取り入れること」が改修の課題でした

「トイレのサインは男女で色分けせず、モノトーンのシンプルなデザインで統一しました」と西村さん

学生からの提案を受け、オールジェンダートイレで生理用ナプキンを無償配布

学生からの提案を受け、オールジェンダートイレで生理用ナプキンを無償配布

 そのほか、工夫された点はありますか?

岡:

個室内で用足しから手洗いのすべてを完結できるように手洗器と鏡を設置しました。また、コロナ禍でこまめに手を洗う習慣が広がったことから、個室外にも手洗いコーナーを設けています。

手洗いのみのニーズがあることを考え、トイレスペースの入り口に洗面台と鏡を設置

 フィッティングボードやチャームボックスもすべての個室内に共通して設置されていますね。

岡:

はい。普段男性トイレを使用されているトランスジェンダー(FtM)のことを考えると、男性トイレ内にもチャームボックスが必要ですね。

鹿田:

オールジェンダートイレでは生理用ナプキンを無償配布しています。近畿大学には、学生や教職員らがともにジェンダーやフェミニズムについて考えるラヴノプラヴィエという団体があり、活動のひとつとして学内の一部トイレに生理用ナプキンを設置しています。この団体から「図書館のオールジェンダートイレでも配布できたら」と提案を受け、実施しました。

 個室ブースの壁や扉の上下にほとんど隙間がありませんね。

大原:

最近では、音漏れ対策や盗撮防止などの視点から、新しくトイレを設置する際は扉の上下に隙間を空けないことが一般的なのではないかと思います。ただ、災害時に扉が開かなくなったときや急病により中で倒れてしまったときなど、上に隙間があると扉を乗り越えて救出できるという利点があります。何を重視するかという判断は非常に難しいですし、正解はないのかもしれませんが、個々のトイレスペースの環境や条件に合わせて最適解を探ることが重要だと考えています。

盗撮防止のため、ブースの壁や扉は床から天井まで立ち上げています

各ブースには、手洗器、着替えや身だしなみに配慮したフィッティングボードと全身鏡、荷物用フック、チャームボックスを設置(右のみ 写真提供/TOTO)

利用実態調査から見えてきた、オールジェンダートイレの使いやすさ

利用実態調査から見えてきた、オールジェンダートイレの使いやすさ

 中央図書館トイレの利用実態調査を実施した背景を教えてください。

荒木:

ヒアリングや調査を通してトランスジェンダーの方がパブリックトイレ使用時に困りごとを抱えていると知り、TOTOでは数年前から性別問わず利用できる男女共用トイレ(オールジェンダートイレ)に関する情報提供を行ってきました。多様性に配慮したトイレの設置を検討されている企業・学校は多く、関心を持たれることが多いです。ただ一方で、実際にオールジェンダートイレを利用した方の声を収集する機会が少なかったため、全国の大学の中でも先進的な取り組みをされた近畿大学様に利用実態調査をさせてほしいと相談しました。

 具体的にはどういった調査を行ったのでしょうか?

荒木:

WEBアンケート調査、職員へのヒアリング調査、ウォシュレット🄬使用回数計測調査を実施しました。トランスジェンダーに配慮したトイレというと、当事者が利用しているかという点にフォーカスすることが多いと思いますが、当調査ではセクシュアリティ関係なくすべての人を対象としました。たとえば、トランスジェンダー当事者にだけ配慮したトイレをつくり、それが使いづらいものだった場合、ほかの人が使わないトイレを当事者が使用することで意図せぬカミングアウトにつながるリスクがあります。多くの人にとって使いやすいトイレが当事者にとっても使いやすいトイレになると考えました。

WEBアンケート調査の実施概要。回答者200名のうち、男性が124名、女性が70名、「答えない」「未回答」が6名。196名が「中央図書館トイレを利用したことがある」と回答しました(資料提供/TOTO)

 WEBアンケート調査の中央図書館トイレを利用した方196名を対象とした「利用したことのあるトイレブースをお選びください」という設問では、約6割の方が「オールジェンダートイレを利用したことがある」と回答しています。この結果をどう捉えていますか?

大原:

数字だけ見ると、こちらが想像していた以上に使われているのだな、と感じました。

鹿田:

「ALL GENDER」「MEN」「WOMEN」といったサインは各個室の扉に記載されていて、内開きのため空いている状態だとぱっと見ではどれがどのトイレなのかがわかりません。「あまり考えず一番手前の個室に入ったらそれがオールジェンダートイレだった」という状況もあったのではないか、というのが率直な感想です。

(資料提供/TOTO)

 「男性トイレ・女性トイレとは別にオールジェンダートイレがあることは、学内トイレの利用しやすさにつながると思いますか」という設問に対しては、「そう思う」「ややそう思う」という回答が8割を超えました。

荒木:

実際にトイレを利用した方の回答であることを踏まえると、高い数字だと思います。また、利用しやすさにつながると考えた理由を自由回答で答えてもらったところ、「性別問わず利用しやすい」という意見のほかに、「混雑緩和につながる」という意見も多かったところが印象的でした。たしかに、男性トイレ、女性トイレのどちらかに列ができているとき、性別問わず入れるトイレがあると急いでいる人は利用でき、待ち時間が少なくなる可能性があります。これはオールジェンダートイレの大きなメリットですね。
なお、「利用しやすさにつながると思わない」と回答した方も、それぞれ理由はあるもののトランスジェンダーやオールジェンダートイレそのものへの嫌悪などを挙げた方はおらず、理解が広がっていることを実感しました。

岡:

本学では、カミングアウトしたLGBTQの学生が学内メディアのインタビューに答えていたりするのですが、見学にいらした他大学の職員の方にそのことをお伝えするととても驚かれます。人権に関する問題について日頃からオープンに話をできていることが、こうした結果に表れているのかもしれません。

荒木:

今回の調査ではトランスジェンダー当事者の方から、「以前はほかの建物のバリアフリートイレを主に使用していましたが、長時間利用や設備不良による一時的な使用中止もあり、今では、中央図書館がよりどころとなっています。また、バリアフリートイレ含め、オールジェンダートイレの存在は、非常にありがたいのと同時に、強力な精神的な支えにもつながります。今後ほかの建物でも改装・建て替えに合わせて、全階ではなくて構わないので数を増やしていただけたらと思います」というご回答をいただきました。オールジェンダートイレを設置する意義がここに表れていると感じ、私自身も勉強になりました。

(資料提供/TOTO)

 今後のキャンパスにおける水まわりの展望についてご意見をお聞かせください。

岡:

すべての人が納得できるトイレは存在しないと思います。でも、反対意見を恐れて何もしないのではなく、ベストを目指して少しずつ取り組んでいくことが大事なのではないでしょうか。

大原:

正直に言うと、私自身は古い人間なのでオールジェンダートイレを利用することに抵抗感があります。どうしても、私の後に女性が入ったら嫌がられるんじゃないかと思ってしまって。また、今回の改修を通じて、限られたスペースでのレイアウトや防犯対策など検討するべきことは多く、決して簡単なことではないと感じました。でも、いまの学生の感覚は本当に変わってきていますね。学生のニーズに応えるのが私たちの仕事ですから、今後も個々のトイレスペースの広さや環境などに合わせ、オールジェンダートイレの設置を模索していけたらと思います。

近畿大学の関係者とTOTOの荒木が一堂に会し、トイレの配慮ポイントとその利用実態について意見を交わしました

編集後記個々人が何事にも縛られることなく自由に学び、研究にいそしむ場として門戸を開いている大学。幅広い人たちが訪れる大学の図書館だからこそ、時代の流れにも対応しながら、ベストのトイレスペースの形を模索することが求められたのですね。限られた空間に生まれたこの解は、今後、大学のみならずさまざまな建物の改修時の参考になるのではないでしょうか。編集者 介川 亜紀

写真/鈴木愛子(特記以外)、構成/介川亜紀  2024年2月16日掲載
※『ユニバーサルデザインStory』の記事内容は、掲載時点での情報です。


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