もっとつながろう、もっと楽しもうユニバーサルデザインStory
未来へ歩むヒト・モノ・コトを紹介するコラムです。
未来へ歩むヒト・モノ・コトを紹介するコラムです。
障害は取り除くべきものではなく、価値に変えていけるもの——。株式会社ミライロは、「バリアバリュー」という理念を掲げ、デジタル障害者手帳「ミライロID」の運営や、企業に向けたユニバーサルデザインのコンサルティング事業を行っています。立命館大学在学中にミライロを創業した垣内俊哉社長、民野剛郎副社長に、ミライロの取り組みや目指す未来について伺いました。
当事者としての視点が起業家としての武器になる
垣内俊哉さん(以下、垣内)
民野剛郎さん(以下、民野)
ミライロを立ち上げた背景を教えてください。
私は骨が弱く折れやすい「骨形成不全症」という病気です。この病気は父や祖父、遡れば明治時代の先祖から代々受け継がれてきたものです。先祖の時代は舗装された道路やエレベーターなどというものはなく、もちろんトイレのバリアフリーなんて夢のまた夢。外出は困難を極め、学ぶことも働くことも難しい時代だったと聞いています。そうしたなか、私自身は現代に生を受け、不便や不自由はあったもののほかの人と同じように学び生活することができました。それは時代と共に社会がバリアフリーになってきたおかげです。この流れを後世に繋げ世界中に広げていくことがいつしか私の夢になりました。立命館大学の起業家養成クラスで民野に出会い、「障害者の視点を生かして新しいものを生み出そう、バリアをバリューに変えていこう」とミライロを創業しました。
私自身はそれまで全くこの分野に詳しくなかったのですが、垣内とルームシェアをして一緒に過ごすなかで「日常生活のさまざまなところに壁があるんだな」と気づき、ビジネスとしてバリアフリーやユニバーサルデザインに取り組む意義を感じました。また、どんな分野であれ、起業するには自分たちにしかない強みが必要です。垣内自身が20年かけて培ってきた当事者の視点は、ほかにはない大きな価値になると考えました。
幼少期から何度も入退院を繰り返すなかで、「何か自分の障害を認められる術はないだろうか」と自問自答してきたそう
障害者の外出を後押しする「ミライロID」
デジタル障害者手帳「ミライロID」を開発した背景を教えてください。
1949年に身体障害者福祉法が制定され、戦争で障害を負った傷痍軍人や一般障害者が国鉄(現JR)の割引を受けられるようになりました。それがバスやタクシー、飛行機などにも広がっていき、障害者の社会参加を大きく後押しすることになりました。
障害者割引を適用するには本人確認のため障害者手帳の提示が必要です。しかし、障害者手帳のフォーマットは発行元の自治体によって異なっており、現時点で283種類もあります。不正利用を防ぐための確認に5〜10分ほどかかることも多く、利用者側にも事業者側にも負担がかかっていました。また、名前や住所も記載されているため、プライバシー保護の観点から提示をためらう方もいます。障害種別によって手帳を色分けしている自治体も多く、精神障害のある方は特に「人に見られたくない」という気持ちも強いようです。こうした煩わしさから外出が億劫になっていた方、本来であれば受けられるはずの割引やサービスを諦めていた方も少なくありません。
これを電子化し、一目で確認できるようにしたのがミライロIDです。政官財の皆さまと数年にわたって協議を重ね、2019年にリリースしました。障害者手帳の電子化は世界の最先端をいく取り組みです。この取り組みを誇らしく思っています。
「障害者割引を受けるにはJRや私鉄、バスなどそれぞれの交通カードを持ち歩く必要があり、障害者には負担がかかっています」と垣内社長
障害者手帳の情報を登録・表示できるスマホアプリ、ミライロID。使用する福祉機器などの登録や身体特性に応じた情報の取得、企業や店舗が発行するお得な電子クーポンや障害者割引チケットの利用も可能。2023年12月現在、公共交通機関やレジャー施設など3800以上の事業者がミライロIDを導入しています(図版提供/ミライロ)
リリース後の評判はいかがですか?
「外出の負担が軽くなった」という声をいただいています。スマホアプリという形を取っているので、従来のように「家に忘れてきてしまった」というトラブルはほとんどありません。本人確認がスムーズにできるので利用者側も事業者側も負担が減り、双方から「非常にありがたい」と言われています。私自身、これまでは提示に時間がかかることもあって「すみません、障害者手帳あります」と恐縮していたのですが、電子決済サービスでお支払いするような気軽さでさっと障害者手帳を提示できるようになりました。
さらに、ミライロIDでは企業や店舗が発行する電子クーポンの利用や障害者割引価格のチケット販売も行っていて、アプリ上で予約・申込・決済が可能です。最近ではタクシー配車アプリと連携し、予約段階で障害者割引を適用できるようになりました。運転手に画面を提示する必要がないので、乗車時の心理的な負担がかなり軽減されるはず。今後も行政や企業とさまざまな形で連携し、障害者が外出しやすい社会をつくっていけたらと考えています。
「ミライロ・リサーチ」を通して、障害者の声を企業が拾い上げる
ミライロでは法人向けにもサービスを行なっていますね。代表的なものを教えていただけますか?
法人向けには、社会に存在する「環境」「意識」「情報」3つのバリアを解消する各種ソリューションを提供しています。内容は多岐にわたりますが、そのひとつが障害当事者のニーズを把握し商品・サービスに生かすサポートを行う「ミライロ・リサーチ」です。
これまで、企業が障害者の声を聞きたいと考えた場合、個別に障害者団体を回りモニターを集める必要がありました。そうするとどうしてもコストが高くなってしまいます。そこで、私たち自身が障害のある方々とのネットワークを築き、Webアンケートやインタビュー、グループヒアリングといった定量調査・定性調査のコーディネートを担うようになったのです。これは学生時代に開始したサービスですが、ミライロIDとの連動ができてからは数十万人のユーザーの中から障害種別や条件を細かく設定してマッチングすることが可能になりました。
ミライロ・リサーチを通し、企業は障害者のニーズの把握から開発中の商品、サービスのモニタリングなどさまざまな調査を行うことができます(図版提供/ミライロ)
「SDGsの観点からもミライロ・リサーチを活用する企業が増えています」と民野副社長
2つの調査で潜在的な課題を発見し、ロールプレイングで反復的に改善に貢献
職場の環境・職域・意識に関する調査を通じて、企業価値の向上に繋げる
ニーズ把握からプロトタイプの課題発見まで、ユーザーの声を抽出する
(写真・資料提供/ミライロ)
ミライロではユニバーサルマナー検定やLGBTQ+対応マナー研修、認知症対応マナー研修、ユニバーサルワーク研修といった企業向けの検定・研修も行なっています。ユニバーサルマナー検定では車いすの操作方法や視覚障害者の誘導方法など、知識だけでなく実践的なサポート方法を学ぶ時間もあり、ミライロ東京支社がその会場となっています(右端の写真提供/ミライロ)
「障害があったからこんなことができた」と誇れる世界へ
TOTOがユニバーサルデザインのコンセプトをリニューアルする際、ミライロにもアドバイスをしていただきました。TOTOの取り組みに対するご意見やご提案はありますか?
ミライロのWebサイトには、TOTO のユニバーサルデザイン・コンセプトのリニューアルに関する記事が掲載されています(右の画像提供/ミライロ)
最後に、ミライロが実現したい未来を教えてください。
注)下記のようなミライロの見解に沿い、当記事には「障害」という表記を使用しました。“株式会社ミライロでは「障害者」と表記しています。「障がい者」と表記すると、視覚障害のある方が利用するスクリーン・リーダー(コンピュータの画面読み上げソフトウェア)では「さわりがいしゃ」と読み上げられてしまう場合があるためです。「障害は人ではなく環境にある」という考えのもと、漢字の表記のみにとらわれず、社会における「障害」と向き合っていくことを目指します。”(株式会社ミライロ Webサイトの記載より抜粋)
編集後記ミライロが掲げている「バリアバリュー」とは今の社会が目指し、また、ひとりひとりがもつべき考え方といえるでしょう。その実現のため、ミライロはまずビジネスに取り組み、社会と障害者をつなげる架け橋となりました。一方、ビジネスは障害の有無にかかわらず、関わった誰もが等しく社会参加できる基盤になりうるもの。とはいえ当初はそのビジネスを切り開くこと自体に数々のバリアが垣間見えたのでは? それらを突破しながら目標に突き進み続けているお二人には、尊敬の念に堪えません。編集者 介川 亜紀
写真/後藤徹雄(特記以外)、取材・文/飛田恵美子、構成/介川亜紀 2023年12月26日掲載
※『ユニバーサルデザインStory』の記事内容は、掲載時点での情報です。