もっとつながろう、もっと楽しもうユニバーサルデザインStory
未来へ歩むヒト・モノ・コトを紹介するコラムです。
未来へ歩むヒト・モノ・コトを紹介するコラムです。
2023年9月に東京ビッグサイトで開催された第50回国際福祉機器展H.C.R.2023。TOTOがH.C.R.に参加するのは29年連続、37回目でした。展示の総合責任者を務めた山澤貴は、「基本に立ち返って福祉機器や高齢者施設向け商品を中心に展示し、来場者の皆さんに体感してもらうことを重視しました」と語ります。商品説明は商品開発部門が担当。その背景を聞きました。
目玉に、在宅介護の要となる排せつを支援する福祉機器を展示
山澤 貴さん(以下、山澤)
H.C.R.2023のTOTO展示コンセプトを教えてください。
今年の展示コンセプトは「つくるって、人を思うこと。」としました。これは今回の展示のために考えたものではなく、TOTOのユニバーサルデザインのコンセプトメッセージそのものです。このメッセージには続きがあります。
どんな人が使うかを、思う。
その人はどんなことに困るかを、思う。
その人はどうすれば快適かを、思う。
できる限りたくさんの「その人」を、思う。
私たちは製品を開発する際、障がいのある人も含めさまざまな人のことをとことん考え尽くします。
今年はH.C.R.50周年ということで、TOTOは基本に立ち返った展示コンセプトを掲げました。
今年のTOTOブースは四方に広い通路を設け、車いすの方でもゆっくり見学できるようにしました
特に力を入れた商品はありますか?
排せつを支援する福祉機器です。現在は超高齢社会を迎え在宅介護の需要も増えていますが、排せつの自立ができるかどうかは、要介護者にとってもご家族にとっても施設入所を考える節目だと考えています。お風呂はデイサービス(通所介護)に頼ることもできますが、排せつは時間や場所を選んでくれませんから。
数ある商品の中でも「ベッドサイド水洗トイレ」は介護での排せつ支援の常識を変えたものだと思っています。水洗トイレは固定された排水管に汚物を流すため、長らく「動かすことなどありえない」と考えられてきました。そうすると寝室からトイレまで自力で歩いて行けなくなったときに、夜間であっても介助が必要になりご家族には多大な負担がかかり疲弊してしまいます。
ポータブルトイレを活用するケースもありますが、自分の排せつ物を人に処理してもらうことに抵抗感や辛さを感じる方は少なくありません。結果、ポータブルトイレを避けることもあるようです。お客様ヒアリングで「排せつの回数を減らせるよう、水を飲むのを我慢している」という声を聞き、「介護する方の負担を軽減し、精神的なストレスを減らすことばかりを考えていたけれど、むしろ介護される方のほうが辛いんだ」と思い知りました。
こうした背景から開発したベッドサイド水洗トイレは、ベッドのすぐそばに置くことができ、移動も可能なトイレです。開発は大変でしたが、ご利用いただいた方から「もう我慢しなくていいんだ」という安堵の声をいただきました。2013年の発売以降、少しずつ改良が加えられ進化を遂げています。
また、便座が電動で昇降しトイレへの着座や立ち上がりをサポートする「トイレリフト」でも同様の声をいただきました。リウマチがひどく、家事などは問題ないけれど中腰になることができず、介助してくれる旦那さんが仕事から帰ってくるまでトイレに行けなかったというお悩みをご相談くださった女性のお客様が、トイレリフト設置後に涙ながらに喜ばれていたことが印象に残っています。
昨年は新型コロナウイルス感染症対策を鑑み、H.C.R.でも「タッチレス」や「きれい除菌水」といった機能を搭載した、衛生面を配慮した新商品に光を当てましたが、今年は福祉の基本に立ち返った福祉機器を展示の中心に据えました。
排水管のホースが細く、柔軟性があり、置き場所を自由に変えられるベッドサイド水洗トイレ。「移乗しやすいように、向きや手すりの位置を調整します」(TOTO機器水栓開発九グループ・高橋暢孝)
左は便座の下に取り付けて高さを上げ、立ち座りを楽にする補高便座。右2つは便座が電動で昇降するトイレリフト。お客様の身体状況に合わせて垂直昇降と斜め昇降の2つの昇降経路を設定できます。垂直昇降は脚が曲げづらい方や頭を前方に傾けることに不安を感じ座位を安定させたまま立ち上がりたい方に、斜め昇降は前方へ押し出される感じが立ちやすい方におすすめです。動きは動画を参照ください(動画/TOTO)
「体感できること」にこだわり、安全面に配慮
展示において工夫やこだわった点は?
何と言っても、「体感できること」です。福祉機器は、実際に試してみないと自分に合っているかどうか本当にはわからないものです。一方で、複数の福祉機器を比較検討できる展示場が限られているのも現状です。H.C.R.は自社・他社含めて多くの商品が展示される貴重な機会ですから、お客様になるべく多くの福祉機器を体験・体感して判断いただけるよう工夫しました。
たとえば、浴室での入浴介助で使う「バスリフト」は2種類の座面サイズを1台ずつ用意し、車いすを利用されている方もそれぞれ簡単に移乗を試せるように模擬浴槽を制作しました。模擬浴槽としたのは、展示会場で実際の浴槽に設置するとどうしても段差ができてしまい、移乗の妨げになると考えたからです。トイレリフトは垂直昇降と斜め昇降の2種類の便座の動き方があるので、比較検討しやすいように並べて両方を展示しました。
また、お客様に「この商品はこう使うんだ、試してみようかな」と思っていただけるように、商品の使用シーンや使い方、ご利用いただいた「お客様の声」をご紹介するようにしました。
電動でシートが昇降し、浴槽での立ち座りや出入りをサポートするバスリフト。車いすの人も移乗や動作などを試しやすいようにシンプルな模擬浴槽を制作し、商品を設置しました(TOTO機器水栓開発九グループ・安立義明)
上のモニターでは商品の使用シーン、使い方やメソッドの動画を流し、下のモニターでは「商品説明」と「お客様の声」の静止画を交互に映し出しました
ブースの動線はどのように考えましたか?
H.C.R.には本当に多くのお客様がいらっしゃるので、安全面には一番気を使いました。回遊するときや商品に近づいたときに転倒されないよう、段差はなくしてフラットに。通路に面した四方に大きな間口を設け、車いすでも見回りやすいようブース内の通路も広く取りました。
また、見通しを良くするため各商品を仕切る壁面はなるべく低く抑え、在宅向け商品なのか高齢者施設向け商品なのかが識別できるよう壁面に異なる色のラインをあしらいました。
在宅向け商品を展示するコーナーはピンク、高齢者施設の居室向けは黄色、共用部向けは緑と、壁のラインを色分けしました
H.C.R.は、開発者がユーザーとディスカッションできる貴重な場
期間中はどんな方々が来場されましたか?
ご自身が使うものを真剣に探されている方や、お客様のニーズに合った商品を探している工務店さんが多く、「やっと合うものを見つけた」と喜んでくださる方もいらっしゃいました。海外、特にアジアのお客様も増えていますね。従来は福祉機器と言えばヨーロッパからの輸入が主でしたが、アジア人の体格からするとやや大きめです。日本のメーカーが開発した機器はアジア人の体格に合っているので、中国、台湾、タイなどのお客様から「これは自国でも買えますか」「持って帰って使えますか」と度々聞かれました。
みなさん、商品を試されていましたか?
想像以上に多くの方が体験してくださいました。1人が体験すると2人、3人と人が集まってくる印象で、バスリフトやトイレリフトは複数台用意してよかったと思います。混雑時も入れ替わりながら気兼ねなく体験していただけたのではないでしょうか。
一方、TOTOブースに来てくださったお客様のご希望などを伺った結果、他社のブースをご案内して「こちらの商品の方がお客様には合っているかもしれません」とお伝えする場面もありました。メーカーの壁を越えて比較できることがH.C.R.の醍醐味ですし、ご自身のお身体やご自宅の状況に合った商品を選択していただくことが何より大事ですから。
「開発者の思いや背景を一方的に伝えるだけでは押し付けがましくなってしまう」という視点から、「思いやりマン」というキャラクターに、どんな思いやりから生まれた商品なのか語ってもらうことに。1日6回、10分ほどのデモンストレーションで、思いやりマンが登場すると毎回人だかりができ、来場者は楽しみながら一緒にブース内を巡っていました
印象に残っていることはありますか?
日常的に排せつ時に坐薬を使っていらっしゃる方から「便器の底が浅いと処置しにくくて困ります」など、貴重なご意見をいただきました。私たちは製品を開発するとき、どんな人がどう使うかという想定シーンを洗い出します。ありとあらゆる想定をするので、いつまでもパソコンのスクロールが終わらないほど長くなります。それでもお客様の話を聞くと、「まだ足りなかった」「こんなニーズもあるのか」と思い知ります。
ですから、H.C.R.では主として商品開発部門のスタッフがブースに立つことにこだわっています。お客様からの「私にはこれだと使えないんです」「なぜこういう機能ができないんですか?」といった相談や厳しいご意見が、改善や新しいアイデアにつながることも少なくありません。ダメ出しをいただいてもお話を伺う価値がある。H.C.R.は、開発者が気づいていなかったことをお客様から直接教えていただける、開発者とお客様が直接ディスカッションできる貴重な場だと捉えています。
商品は高齢者施設で使う「車いす対応洗面 居室向け」。「車いすでもアプローチしやすく、使う人の体格に合わせて高さを調節できる洗面ボウルです。施設の方から『入居者が入れ替わっても安心ですね』とお喜びの声をいただきました」(TOTOトイレ空間ML商品開発グループ・村田律子)
「みなさん、トイレリフトを体験されると『これは楽ですね』とおっしゃいます」(TOTO機器水栓開発九グループ・田村浩之)
ユニバーサルデザインの探究に終わりはない
TOTOのユニバーサルデザインをどう捉えていますか?
TOTOのユニバーサルデザインの歩みは1960年代、公共トイレの障がい者配慮から始まっています。まだ車いす使用者用トイレが普及していなかった時代から、便器移乗に最適なトイレプランの検討や手すりの開発など、一つひとつ提案を重ねてきました。当時社内には手すりの曲げ加工技術も十分でなかったので、技術の確立と合わせて水まわりの自立支援を行なってきました。
1995年頃には高齢者介護に向けた取り組みを始め、今では発達障がい、認知症、性的マイノリティへの配慮など、提案の幅を少しずつ広げています。ユニバーサルデザインを考える取り組みに終わりはないと考えています。
そうした配慮を重ねていくことが、「誰もが使いやすい」ことに繋がっていくのですね。
最初から「誰もが使いやすいものをつくろう」と考えていたら、おそらく実現は難しかったのではないかと思います。障がいのある人への配慮を重ねてきた歴史があるから、いまこうして「誰もが使いやすい」を目指せるのではないでしょうか。
一昔前は「ご自宅のトイレに手すりをつけましょう」とご提案すると、「病院みたいで嫌だ」と言われました。それが今では当たり前になったし、さらにはトイレの立ち座りのときに体重をかけられる「棚付紙巻器」も登場しました。新しい商品がそれまでの常識や考え方、日常生活を変えていくのです。
ひとつの商品や機能ですべての人のニーズを満たすことはできません。より多様な人を想定して一つひとつ実現し、自分に合った機器を選べるようにすることで、「誰もが使いやすい」を実現できればと考えています。
「福祉機器は、ご利用いただく方が機器に身体を合わせるのではなく、機器がご利用いただく方に寄り添っていく必要があります」
TOTOはH.C.R.に29年連続、37回も出展しています。その意義をどう考えていますか?
先程お伝えしたような取り組みの変化とともに、H.C.R.でも時代に合わせて展示の内容を変更してきました。ただ、時代は変われど、「介護や障がいの有無にかかわらず、水まわりを快適に、当たり前に使えるようになってほしい」という考えは変わりません。TOTOは今後も快適な水まわりの実現を追求し、その取り組みを発信していきます。H.C.R.への出展を継続することもそのひとつの姿勢だと考えています。
第50回国際福祉機器展を記念し、主催の一般財団法人保健福祉広報協会から30回以上の出展企業に送られた感謝状
来場者の方々と商品開発部門のスタッフが商品について意見を交わす様子
編集後記街なかの福祉機器の展示場が減っている昨今、あらゆる種類の福祉機器が集まり、しかも当事者や介助者の方々が気軽に試せるH.C.R.はますます貴重な機会に。TOTOでは来場者と開発者が商品の情報交換をし、来場者は自分に合う商品のアドバイスを受け、開発者は商品の進化のヒントを得るというWIN-WINの状況が生じている模様です。人の身体やその変化は千差万別、このようなヒト同士の細やかなコミュニケーションこそが福祉機器の向かうべき方向を示してくれるに違いありません。編集者 介川 亜紀
写真/鈴木愛子(特記以外)、取材・文/飛田恵美子、構成/介川亜紀 2023年11月17日掲載
※『ユニバーサルデザインStory』の記事内容は、掲載時点での情報です。