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Story14
インタビュー

異彩を、放て。福祉実験ユニット「ヘラルボニー」が知的障害のある作家のアートを突破口に社会の意識を変える

story14 異彩を、放て。福祉実験ユニット「ヘラルボニー」が知的障害のある作家のアートを突破口に社会の意識を変える

「ヘラルボニー」という、どの国の言語でもないユニークな言葉を耳にしたことはあるでしょうか。これ実は、知的障害のあるアート作家の方々の作品を商品やホテルの内装、まちなかのディスプレイなどに展開している会社の名称なのです。今回のヘラルボニーの精力的な活動を紐解くインタビューから見えてきたのは、知的障害のある方々が直面する課題と、目指すべき社会の姿でした。

  • 株式会社 ヘラルボニー 代表取締役副社長
    松田文登(まつだ・ふみと)さん
    大手建設会社で被災地の再建に従事、その後、双子の崇弥氏(代表取締役社長)と共に株式会社へラルボニーを設立。“福祉実験ユニット”として福祉領域のアップデートに挑む。ヘラルボニーの営業を統括。岩手県在住。日本を変える30歳未満の30人「Forbes 30 UNDER 30 JAPAN」受賞。

知的障害のあるアート作家とライセンス契約を結び、商品の開発やまちなかアートに取り入れる

知的障害のあるアート作家とライセンス契約を結び、商品の開発やまちなかアートに取り入れる

松田文登さん(以下、松田)

 はじめに、ヘラルボニーの事業概要を教えてください。

松田:

主に知的障害のあるアート作家とライセンス契約を結び、作品のデータをもとに自社ブランドの商品を制作したり、企業とコラボレーションしたり、商業施設の空間装飾を行ったりしています。「差別や偏見をなくそう」と声を大にして発信するのではなく、作品の美しさやかっこよさから社会の目線や価値観を変えていけたら、と考えています。

上/工事現場の仮囲いをヘラルボニーが提供するアートで彩った例。明るく楽しいアートにより、地域の方々に愛される現場に(写真提供/ヘラルボニー) 下4点/障害のある作家が描いたアート作品を使い、服飾雑貨やインテリア小物などさまざまな商品を制作しています。盛岡市の百貨店パルクアベニュー・カワトクにあるHERALBONY常設店舗で撮影

 どういった経緯でヘラルボニーを立ち上げることになったのでしょうか?

松田:

岩手県花巻市にある「るんびにい美術館」に出合ったことがきっかけです。4つ上の兄には重度の知的障害を伴う自閉症があり、幼い頃から「かわいそう」という目で見られてきました。私たち双子(一方は代表取締役社長の崇弥氏)はずっとそこに違和感があって。そんななか、るんびにい美術館で障害のある方が描いた作品を見て、そのエネルギーに衝撃を受けました。「兄が『かわいそう』と思われない社会をつくる入り口になるんじゃないか」という高揚感を感じたんです。それがヘラルボニーの原点です。

最初に商品化したシルクのアートネクタイ

 ライセンス事業を主軸にされたのはなぜですか?

松田:

たとえば作品そのものを販売する形だと、作家さんにスケジュールを守って制作してもらわないといけませんよね。もし兄を相手にそういったビジネスを一緒にやるとしたら……と想像すると、かなり難しいと感じたんです。それよりは、自由に描いた作品を私たちが管理・活用させてもらうモデルにしたほうが、本人も気持ちよく創作活動に取り組めるのではないかと考えました。

作品を扱うときは、ご本人や親御さんや福祉施設の職員さんに、どういうプロジェクトでどんなふうに使うかを毎回ご説明し、意思を確認しています。著作権を全部買い上げてしまってその後は確認を取らずに使ったりするほうが物事は早く進むかもしれませんが、私たちはあえてそういう形は取っていません。もし自分の兄が誰かから「収入が上がるのならそれでいいでしょう」と決めつけられて好き勝手されたら、すごく嫌だと思うからです。

ヘラルボニーのビジネスの模式図。作家に使用方法を確認することや、作品を使用した企業から使用料がヘラルボニーを通じて作家に還元されていることが分かります(資料提供/ヘラルボニー)

 ご本人の意志を確認する際、難しさを感じることはありませんか?

松田:

たしかに、本当にどう思っているかは正直なところ掴みづらいですね。質問して答えが返ってきても、それはオウム返しに答えているだけだったり、時間が経つと返答が変わってしまったりします。ただ、何度も伝えることで通じる瞬間もあるので、諦めずにご本人の真意を確認したいと思っています。

事業を始めたばかりのとき、佐々木早苗さんという作家さんの作品をもとにネクタイを制作したのですが、完成したものを見せてもまったく喜んでもらえなかったんです。福祉施設の職員さんと一緒に「もしかしたらプロセスがわかりづらかったのかもしれない」と振り返り、新たに「あなたの作品がこういうものに変わるんです」とプレゼンをしました。そうしたら、私たちが伺う度に喜んでくれるようになって。結局は、「人と人として誠実に関わっていく」というあたりまえのことが大事なんですよね。

今春オープンしたばかりの東京ミッドタウン八重洲2階ヤエスパブリックでの展示。このようなポップアップストアも頻繁に開催(写真提供/ヘラルボニー)

取材日に松田さんが身につけていたのは、佐々木早苗さんの描いた作品をモチーフにしたスカーフと靴

 契約する作家さんやアートを選ぶ規準はありますか?

松田:

ありがたいことに多くの親御さんから「うちの子の作品を使ってほしい」とご連絡をいただくのですが、私たち双子は採用の判断をしてはいなくて、金沢21世紀美術館のチーフキュレーターでもある当社スタッフの黒澤浩美さんに任せているんです。「世界に向けて発信できる作品かどうか」という視点から、契約する作家さんを選んでもらっています。

ヘラルボニーの契約作家のひとり、伊賀敢男留さんの作品。何度もパステルを塗り重ねた色の重なりが美しい(写真提供/ヘラルボニー)

 契約された作家さんやご家族の反応はいかがですか?

松田:

「ずっと自分の子どもを社会に迷惑をかけるだけの存在だと思っていましたが、初めて誇らしく感じました」「これまでお盆や正月に親戚の集まりに顔を出していなかったけれど、『息子の作品です』と胸を張って渡しに行きました」といったメッセージをいただくことがあります。まだまだ障害があることをネガティブに感じている人は多いんですよね。私も小さい頃から親に連れられてさまざまな福祉団体に行っていたのですが、そこで見聞きしたのは『親が亡くなった後はどうなるのか』といったネガティブな話題がほとんどでした。そういう話ももちろん必要ですが、ポジティブな側面にちゃんと光を当てることもとても重要だと感じています。

個性豊かなキャラクターをびっしりと描く笠原鉄平さんの作品

大事にしているのは、障害に対する目線や価値観を変えること

大事にしているのは、障害に対する目線や価値観を変えること

 松田さんご自身は、兄の翔太さんと一緒に育つなかで、社会からの差別や偏見を意識することはありましたか?

松田:

中学生の頃、クラスメイトがちょっと変な行動をしたり、テストで悪い点数を取ったりしたときに、「お前スペかよ」と、自閉スペクトラム症の人を揶揄するような差別的な言動を耳にすることがありました。私自身、兄の存在を周囲に隠したり、兄とお互いに拒絶しあったりしていた時期もあります。障害のある兄弟姉妹を持つ人のほとんどが、そうした葛藤を抱いた経験を持っているのではないでしょうか。

でも、もし兄がいなかったら、私だって差別する側だったかもしれません。だから、兄の存在はとても大きいと思っています。ヘラルボニーは「異彩を、放て。」を合言葉にしていますが、「異彩」が拡張されていったら、もしかしたら「スペ」という言葉の意味や印象が大きく変わるかもしれない。社会の目線や価値観を変えることが僕たちの目指していることです。

左/兄の翔太さんが7歳の頃に自由帳に記した謎の言葉が社名の由来。右/翔太さんが自由帳に書いた実際の文字(右の写真提供/ヘラルボニー)

盛岡市にある「HERALBONY GALLERY」ではさまざまな企画展を行っています。

 昔と比べて、社会は変わっていると感じていますか?

松田:

どうでしょう。私たちの周囲には共感してくださる方が集まってくるので変わったと思いがちですが、実際はそうではないのかもしれません。ただ、兄と出かけたときに、すれ違った人から話しかけられるようになりました。岩手ではヘラルボニーを知ってくれている人が多く、兄自身も先日コンビニで声をかけられたそうです。地域に兄のことを見守ってくれる方が増えたようで嬉しく思っています。

 そうしたことが全国で起こるといいですね。

松田:

そうですね。ヘラルボニーのエコバッグを持って歩いていたときに、「あ、誰々さんの作品だ」と言われたことがあるんです。特徴的な柄を見て「マリメッコだ」と気づくのと同じように、柄と作家さんの名前を紐付けて覚えてくださっていたんですね。ヘラルボニーがこの先マリメッコのような(世界的な)規模のブランドになれば、本当に障害のある方の立場を変えていけるんじゃないかと希望を抱いています。

家具メーカーやファブリックメーカーとのコラボレーションによるアートチェアー

 現在でも、新しく福祉施設をオープンするときに地域住民から反対の声が上がることがあると聞きます。でも、たとえば、福祉施設で最先端のアートが生み出されていることが知られていけば、意識が変わるかもしれませんね。

松田:

おっしゃるとおり、これまで新しく福祉施設をつくろうとすると、都会であればあるほど強い反対運動が起きていました。でも、ヘラルボニーが事業主体として関わることで、土地の価値が下がらず、むしろプラスになると思ってもらえるのではないか。障害がある方たちが一等地で働く様子を社会に見せていくことはすごく意味がありますし、私たちの役割のひとつとして意識しています。

 こうしたアートを紹介するとき、何と呼べばいいのでしょうか?

松田:

私も悩んでいます。創業して間もない頃、本当にありがたいことに大手アパレルブランドのバイヤーさんがヘラルボニーを気に入ってくれて、コラボレーションが実現したんです。しかも、「障害のある人のアートや福祉といった側面をアピールせず、純粋に作品の魅力で勝負しましょう」と言ってくれて、私も「その方がかっこいい!」とすごく共感しました。実際、月間売上げランキングで上位になるほどだったんですよ。

それはとても嬉しかった反面、背景を記載しなかったため、当然ながら「障害に対するイメージが変わった」とか「応援したい」とか、そういった反響は一切ありませんでした。このとき、自分たちが大事にしたいのは売れるか売れないかではなくて、障害に対する目線や価値観を変えることなんだと気づきました。障害という言葉を逃げずに使い、そこにヘラルボニーというフィルターが入るとむしろそれが価値に変わるような、そんな存在になりたいと。

一方で、「障害者アート」や「アウトサイダー・アート」という言葉を使うとマイノリティとしての括りが強調されてしまい、見た人にマイナスの先入観を与えてしまう懸念もあります。私たちはよく「障害のある作家が描くアート」や「異彩作家」という言葉を使っていますが、伝えたいニュアンスを違和感なく、かつわかりやすく一言で表現できる言葉はまだ見つかっていません。

一つひとつの言葉の使い方や表現をとても大事にしている松田さん

当事者の目線で設計した福祉施設をつくれたら

当事者の目線で設計した福祉施設をつくれたら

 知的障害や自閉症のある方のご家族や福祉施設の方から、日常生活に関する困りごとやその対処法を聞いたことはありますか?

松田:

兄は手を洗うときに思いきり水を出して飛び散らせてしまうので、私はしょっちゅう水まわりを拭いています(笑)。それは注意して直るものではないので難しいですね。でも、ある福祉施設では、手を洗った後にペーパータオルを全部使ってしまう人に対して、その人が好きなアイドルの写真に「ペーパータオルは3枚までにしてね」とフキダシを貼って洗面所に掲示していました。それぞれの人に合うちょっとした工夫やアイデアで改善できることもあるのだと思います。わが家でも子どもの頃は「お風呂掃除をします」「散歩に行きます」といった指差しカードを使い、兄とコミュニケーションを取っていました。

こうした経験を踏まえて、新型コロナウイルス感染症が流行りはじめたころ、広告代理店の友人と一緒に「GRAM PROJECT」を始めました。手洗い・うがいの習慣化を促すポスターを制作し、全国の福祉施設に配布するという取り組みです。言葉による説明だけで新しい習慣をつくるのは難しいものですが、そこにイラストなど視覚情報が入ると浸透しやすくなります。研究者の方にも協力いただき、障害のある方が認識しやすい色彩を使い、手洗い・うがいを確認できるポスターにしました。施設の職員さんたちの協力もあって、手洗いする回数が促進されたと聞いています。

道路標識をモチーフにして手洗いなどの行動を促すものと、キャラクターを通じたコミュニケーションを図るもの、2方向のツールを作成しました(資料提供/GRAM PROJECT)

 今後、TOTOに期待することがあれば教えてください。

松田:

いま、障害の特性や傾向を考えた空間づくりに関心を持っています。色や動線をどうしたら居心地がいいのか、働きやすいのか。突き詰めていったら、それはもしかしたら障害のない人にとっても居心地のいい空間になるかもしれません。いつか当事者の目線で設計した福祉施設をつくれたらと思っています。そうした過程でご一緒できれば幸いです。

注)下記のようなヘラルボニーの見解に沿い、当記事には「障害」という表記を使用しました。“「障害」という言葉については多様な価値観があり、それぞれの考えを否定する意図はないことを前提に、表記を統一しています。「害」という言葉を敢えて用いて表現する理由は、社会側に障害物があるという考え方に基づいています。”(「株式会社ヘラルボニー:メディア掲載における表現の統一について」より抜粋)

知的障害とは?

厚生労働省は知的障害児(者)基礎調査から「知的機能の障害が発達期(おおむね18歳まで)にあらわれ、日常生活に支障が生じているため、何らかの特別の援助を必要とする状態にあるもの」と定義しています。
(参考:厚生労働省HP https://www.mhlw.go.jp/toukei/list/101-1c.html

ヘラルボニーとは?

「異彩を、 放て。」をミッションに、 福祉を起点に新たな文化の創出を目指す福祉実験ユニット。国内外の主に知的障害のある作家とアートライセンス契約を結び、そのアートデータを軸に、福祉領域の拡張を見据えた多様な事業を展開しています。
(参考:ヘラルボニーHP https://www.heralbony.jp

GRAM PROJECTとは?

ヘラルボニーがパートナー企業と共に取り組んでいる、コミュニケーションの力で福祉施設での衛生管理の習慣化を目指すプロジェクト。第一弾として、知的障害者の方にも手洗いなどを促すため、見せるだけで伝わるイラストを中心としたカードを開発しました。すでに全国の福祉施設でテスト運用が始まっています。
(参考:東北博報堂HP http://www.tohoku.hakuhodo.co.jp/pdf/20200617.pdf

編集後記知的障害のあるアート作家の独特なモチーフが、ファッションやホテルのインテリア、工事現場の仮囲いなどに踊っている、そういった様子を目にした方はすでに多いと思います。こうしたアートがまちに増え始めたことは、知的障害のある方々が、社会通念や市場のシステムなどさまざまなバリアを超えて活躍し始めた象徴ではないでしょうか。作家の放つアートが数多くの人のサポートを得ながら社会に出、道すがら関わった人たちの障害に対する意識が変わっていく。その積み重ねが徐々に社会に影響を与え始めている、そんなイメージが、松田さんの紡ぎ出す言葉から伝わってきました。編集者 介川 亜紀

写真/鈴木愛子(特記以外)、取材・文/飛田恵美子、構成/介川亜紀  2023年5月19日掲載
※『ユニバーサルデザインStory』の記事内容は、掲載時点での情報です。


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