ユニバーサルデザインStory

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未来へ歩むヒト・モノ・コトを紹介するコラムです。

Story04 対談

アップデートするTOTOのUD検証。最先端のシミュレーションソフトウェアで、商品の使いやすさを追求する

story04 車いす使用者、視覚障がい者、オストメイト。withコロナでの意識の変化と非接触型水回り商品について考える

TOTOでは数年前から、産業技術総合研究所(以降、産総研)が開発したシミュレーションソフトウェア「DhaibaWorks(ダイバワークス)」を導入し、さまざまな体形や身体のコンディションの人を想定して、商品の使いやすさを検証しています。このソフトウェアによりどのようなことが可能になったのでしょうか。ダイバワークス開発者・遠藤維さん、TOTOでUD検証を担当する嶋崎聡子にお話を聞きました。

  • 国立研究開発法人産業技術総合研究所 人工知能研究センター 主任研究員
    遠藤維(えんどう・ゆい)さん
    北海道大学卒。博士(情報科学)。人間工学を活用した製品デザインに関する研究に従事するかたわら、人体・製品・環境モデルの統合プラットフォームソフトウェア「DhaibaWorks」の開発を行っている。2020年度経済産業省より「国際標準化奨励者表彰(産業技術環境局長表彰)」を受賞。
  • TOTO株式会社 販売統括本部 UD・プレゼンテーション推進部 UD検証グループ
    嶋崎聡子(しまざき・さとこ)
    2009年に入社、パブリック・住宅向けのトイレ空間商品の商品開発に従事。2017年よりユニバーサルデザイン視点での商品開発支援・販売促進支援に携わる。また、シミュレーション技術を活用した新たなユニバーサルデザイン検証技術を研究。

再現・解析・可視化を一度に行えるシミュレーションソフトウェア「DhaibaWorks(ダイバワークス)」

再現・解析・可視化を一度に行えるシミュレーションソフトウェア「DhaibaWorks(ダイバワークス)」

遠藤維さん(以下、遠藤)
嶋崎聡子(以下、嶋崎)

 ダイバワークスはどのようなソフトウェアでしょうか。

遠藤:
デジタルヒューマン技術を使ったシミュレーションソフトウェアです。人の身体や動作を再現するだけでなく、検証したい製品との相互作用を解析し、可視化できます。
デジタルヒューマンとは人間をコンピュータ上に再現したもので、コンピュータマネキンやアバターと呼ばれることもあります。
具体的にどんな場面で使えるかというと、たとえばある企業の社員が「女性向けの、掴みやすいドリンクボトル」を開発したとします。でも、男性と女性で手のサイズは異なりますから、男性が実物のボトルを掴んでみても、ピンと来ないかもしれません。そんなとき、デジタルヒューマンモデルを使って、「ターゲットの女性の手はこれ位の大きさで、この凹凸はこうフィットする」とソフトウェア上で可視化し説明すれば、他の人たちにも納得してもらえる。そんな風に使えるのでは、と考えています。

デジタルヒューマンのグラフィック

産総研とTOTOは2016年から共同研究を進めてきました

 開発のきっかけを教えてください。

遠藤:
企業からさまざまな解析・可視化の依頼をいただくのですが、人間の身体や寸法は千差万別ですので、その度に一から検証用のモデルをつくっていると、手間も、時間もかかってしまいます。人間と検証したい商品、環境をまとめて再現し、解析まで行えるソフトウェアはこれまでなかったので、開発に取り組もうと考えました。

商品開発プロセスの前半から、「使いやすさ」を検証できるように

商品開発プロセスの前半から、「使いやすさ」を検証できるように

 TOTOがダイバワークスを導入した理由は?

嶋崎:
TOTOでは商品を発売する前に、お客様にモニターとして商品の使い勝手を確認していただくユニバーサルデザイン検証(UD検証)を行っています。ただ、UD検証ではお客様に実際に商品に触れていただくため、安全性が担保された商品を用意する必要があります。そうすると、どうしても商品開発プロセスの後半になってしまいます。私たちには、もっと早い段階からユニバーサルデザインの視点を取り入れた“人間中心設計開発プロセス”へ進化させることで、よりよい商品を開発できたらという思いがありました。 そんな時ダイバワークスの存在を知り、これを活用すれば実現できるのではないかと考えて、「“人間中心設計”という視点を取り入れたTOTOの水まわり商品開発プロセスの実現」を目的に共同研究をお願いしました。それが2016年のことですね。当初3年間は実験的にTOTOが取り入れ、「ダイバワークスはこんな風に使える」という実例を積み重ねてきました。

 ダイバワークスのどういった点に魅力を感じましたか?

嶋崎:
商品の試作を繰り返したり、何度もお客様を呼んで検証したりすると、時間もお金もかかります。でも、ソフトウェア上でのシミュレーションなら企画段階から試すことができます。人間中心設計開発プロセスの実現とともに、開発プロセスの短縮にもつながると期待しました。 何よりも魅力に感じたのは、定量的な評価ができることです。お客様のご意見を直接聞くことはとても重要ですが、どうしても個人差が出ますし、その日の気分や体調の影響も受けます。お客様の定性的な評価に、デジタルヒューマン技術によって解析・可視化された定量的な評価が結びつけられれば、よりエビデンスが明確になると考えました。

モーションキャプチャで動作を計測(①)、身体の角度や負担を算出し(②)、その結果をわかりやすく可視化(③)します(資料提供/TOTO)

 どのような成果が得られましたか?

嶋崎:
「人間中心設計開発プロセスがTOTO内に完全に確立された」と現時点ではまだ言えませんが、実績が積み上がってきたことで、開発スタッフから早い段階で「商品の使いやすさについて考えたい」、「この商品を検証してほしい」と相談を受けたり、依頼されたりする機会が増えました。 また、このダイバワークスは商品開発だけでなく、販売促進にも活用できるという新たな発見もありました。ダイバワークスによって可視化されたデジタルヒューマンの画像をカタログに載せたりすることもしています。「商品の改良によって身体への負担が軽くなった」と文章だけで説明してもなかなか伝わりませんが、画像だとひと目で理解できますから。

「システムキッチンにおける作業効率の改善」を可視化し、カタログに反映

「システムキッチンにおける作業効率の改善」を可視化し、カタログに反映

 現在はどのように連携していますか?

遠藤:
こちらからは技術コンサルティングを提供しています。共同研究期間は、いくつかの商品を題材にして、どのような計測技術が必要か、どのような計測環境がいいかを探究してきました。そうやって培ってきた計測技術を、現在は実際の商品に応用していただき、そこで出てきた課題に対して、アドバイスやソフトウェアのカスタマイズを行っています。
嶋崎:
たとえば、ある商品を使っている人の動作の軌跡をカタログに掲載したいと思ったときに、ダイバワークスで軌跡を表示できれば、計測したその場で確認することができます。そう思い、実際にその機能を追加してもらいました。ただ、見づらかったりしたので、線の太さや色を調整できるようさらに改良していただきました。

従来商品と新商品では動作の軌跡が大きく異なっていることがわかります(資料提供/TOTO)

嶋崎:
また、IMUセンサ式モーションキャプチャ(※1)を使って取得した計測データをダイバワークスに取り込めるようにカスタマイズしていただきました。これまでは光学式モーションキャプチャシステム(※2)を使っていたのですが、精度の高い動作計測ができる半面、「専用カメラや大型機材が必要なのでトイレなどの狭い空間に持ち込むのが難しい」「数十個のマーカーを身体につけてもらうため、細かな動作がしづらい」といったデメリットがありました。 一方、IMUセンサ式ならカメラが不要なので狭い場所でも計測できますし、十数個のセンサをモデルの身体に装着すればいいため、動作がより自然で日常に近いものになります。ただし、光学式よりも計測データの精度は落ちるので、目的に合わせて使い分けています。場合によっては両方の結果をダイバワークスに取り込み、統合して可視化することもしています。

※1 慣性計測装置(IMU:Inertial Measurement Unit)。身体に装着したセンサで角速度・加速度を高精度に計測する
※2 複数台のカメラで、人体やものにつけたマーカーの位置をトラッキングする

光学式は精度が高いが、専用のシステムが必要となるため生活空間での動作計測は困難。IMUセンサ式はやや精度が低いものの、カメラが不要であるためさまざまな生活空間での動作計測が可能です(写真提供/TOTO)

検証の様子を上から眺めたところ。IMUセンサ式モーションキャプチャなら、トイレ内での動作も外から確認できます

 ダイバワークスを取り入れた商品開発の具体例はありますか?

嶋崎:
システムキッチンを開発するにあたって、収納計画の見直しを検証しました。醤油・油など調味料の大きめのボトルやお鍋はシンク下に収納されることが多いのですが、腰痛持ちの方や高齢者の方には、出し入れの動作が負担になります。「よく使うものは、屈まなくても取り出せる位置に収納したほうがいいのではないか」という観点から、新商品では収納棚の位置を変えました。その効果を検証し、カタログに掲載するときの見せ方を考えてほしい、という依頼を開発部門より受けたのです。 検証の結果、腰への負担が低減されたことは明らかになったものの、現時点で特に腰痛のない方に対しては、あまり強い訴求にはなりません。そこで、従来商品に比べて手を動かす距離や動作時間が数十パーセント削減できているという解析結果に着目し、「システムキッチンにおける作業効率がアップする」という訴求の仕方を提案しました。営業スタッフからは、「確かに、その観点であれば幅広いターゲットに訴求できる」と言ってもらえました。

ひとつのIMUセンサはマッチ箱程度の大きさ

身体の十数箇所にセンサをつけるだけで計測可能

IMUセンサでの検証中。大掛かりな計測機器を身に着けていないので、動作もごく自然に

お客様の生活空間で検証し、課題やヒントを見つけたい

お客様の生活空間で検証し、課題やヒントを見つけたい

 今後の展望を教えてください。

遠藤:
現在は、商品と人間の相互作用を解析する研究が多いのですが、単なる使いやすさだけではなく、ユーザーが商品(モノ)をどういう背景の中で使うときに、どういった便利さやサービス(コト)が得られて、そこからどういった感情を得るのかといった、商品をとりまくサービスや、人間の心理的な満足感なども含めたトータルな解析ができるソフトにしていきたいと考えています。「モノづくりからコトづくりへ」の文脈でもソリューションを提案していきたいですね。
嶋崎:
お客様に商品を試していただくためTOTOの検証スタジオにお招きすると、緊張なさって普段の動作よりも硬くなってしまいがちです。機会があれば、お客様の生活空間にお邪魔して、IMUセンサ式モーションキャプチャを使って日常の動作を計測させていただきたいですね。そうすれば、より日常に即したリアルな動作が取得でき、そこから、「この動作は身体に負担をかけるのでは」「こんな商品があったら家事がもっと楽になるのでは」といった課題や新商品のヒントが得られるのではないでしょうか。 よりよい商品をつくるために、今後も新しい技術を柔軟に取り入れて、試していきたいと思います。

「新しい技術を、よりよい暮らしのために使いたい」とふたりは語ります

編集後記使う人に配慮したユニバーサルデザインもさらに進化させていきたい。先端のテクノロジーはそのような研究者やデザイナー、つくり手の思いをかなえるのですね。ゲームの中で見るキャラクターとにも似た「デジタルヒューマン」による商品の検証の様子には驚きと同時に、商品開発もすでに新たな時代に入ったのだという実感がありました。なかなかとらえ切れなかった人間の形や動きにもフィットした商品が次々と生み出される日はそう遠くなさそうです。編集者 介川 亜紀

写真/石川望(特記以外)、取材・文/飛田恵美子、構成/介川亜紀  2021年3月25日掲載
※『ユニバーサルデザインStory』の記事内容は、掲載時点での情報です。


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