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Story02 対談

障がい者、家族双方の日々の暮らしを大切にする、
「バリアフリー住宅」

story02 障がい者、家族双方の日々の暮らしを大切にする、「バリアフリー住宅」

事故や病気で身体に障がいを負った方が病院から自宅に戻るとき、住まいにはどんな工夫が必要でしょうか。医療関係者と建築関係者で意見が異なり混乱するという話も聞きます。今回は、ご自身も車いすを使っている一級建築士の阿部一雄さんと、リハビリテーション病院で工学的支援を行っている研究員の村田知之さんに、ご本人だけでなくご家族のQOL(※)にも配慮したバリアフリー住宅のあり方について対談していただきました。コロナ禍の最中、また阿部さんの治療期間とも重なったことから、名古屋と東京を結ぶWEB会議形式での取材となりました。

※QOL:生活の質、生命の質

  • 阿部建設株式会社
    代表取締役社長 阿部一雄さん
    2002年趣味であるオートバイレース中の事故により脊椎を損傷し車いす生活を始める。2005年同社創業100周年の年に5代目代表取締役社長に就任。車いす生活を送る主人公の日常を描いた漫画「パーフェクトワールド」(講談社刊)に主人公のモチーフとして取材協力。
  • 神奈川県総合リハビリテーションセンター研究部
    リハビリテーション工学研究室
    研究員 村田知之さん
    2011年同センター研究部 同研究室任期付研究員。2014年佐賀大学大学院医学系研究科博士課程修了後、現職。ロボットを活用したリハビリ及び生活支援ロボットの実証実験や福祉機器等の研究・開発に従事。

家族が気を遣わずに暮らせるバリアフリー住宅とは

家族が気を遣わずに暮らせるバリアフリー住宅とは

阿部一雄さん(以降、阿部)
村田知之さん(以降、村田)

 まずは自己紹介をお願いいたします。

村田:
神奈川リハビリテーション病院で工学的支援をしています。あまり聞き慣れない言葉だと思いますが、ご本人の身体能力や希望を考慮しながら福祉機器の選択・適合を行ったり、住宅改修の相談に乗ったりと、患者さまの生活環境整備を病院内から支援する仕事です。こうした部署がある病院は全国でも数箇所しかありません。
阿部:
阿部建設という創業116年目の会社の5代目として、バリアフリー住宅を中心に家づくりを行っています。2002年、37歳のときに脊椎を損傷し車いす生活となりました。2018年に一般社団法人バリアフリー総合研究所を立ち上げ、バリアフリー住宅・施設の普及と発展に努めています。

病院で患者さまのリハビリに取り組む村田さんの様子(写真/厚木市)

 阿部さんが手がけたバリアフリー住宅をご紹介いただけますか?

阿部:
たとえば、車いすのご主人と奥様が二人暮らしをしているT邸は、「夫婦ともに気を遣わないくらし」をコンセプトに設計しました。ご主人が奥様の手を借りなくても、家の中を車いすで自由に回れる間取りです。夫婦の寝室は別ですが、ウォークインクローゼットを通して行き来でき、扉を開けておけばお互いの様子がわかるようにしました。ご主人の寝室内には専用のトイレと、訪問介護用の勝手口を設けています。寝室には浴室が隣接していて、ヘルパーさんがリビングを通らずに介護できるので、奥様が気を遣わなくて済みます。

<T邸の間取り図> 資料提供/阿部建設

阿部:
もうひとつは車いすのご主人と奥様、娘さん、おばあちゃんが暮らす2世帯バリアフリー住宅、N邸です。高齢者と障がい者は動線が似ているのですが、生活は全く違うのでその点に注意が必要です。玄関から右側の洋室・和室はおばあちゃんのエリア。正面はリビングダイニングで、その奥にご夫婦の寝室があります。お互いのプライバシーを保ちながら、緩やかに家族がつながれるようにしました。 カーポートから玄関まではスロープをつくり、玄関も広く取っています。ご主人はリビングダイニングからもサンデッキからも自分の部屋に行くことができます。また、寝室横には車いすのまま入れる専用の水まわりとウォークインクローゼットを設置しました。
私はヘルパーさんが来たときの駐車スペースや動線を考えておくこと、水まわりの収納が少ないと介護の効率が悪くなること、障がいにより排泄に時間がかかる場合は自室に専用トイレを設置すると気持ちが楽になることなど、お客様それぞれの状況に合わせて自分の経験も踏まえながらアドバイスするようにしています。

<N邸の間取り図> 資料提供/阿部建設

バリアフリー住宅に「正解」はない

バリアフリー住宅に「正解」はない

 住まいをバリアフリーにする際、どのような工夫が必要でしょうか。

村田:
「こういう工夫が必要だ」と断言するのは非常に難しいですね。身体能力や生活スタイルは人によって違うので、ある人にとっては良かった工夫が、ある人には使えないものになったり、かえって危険になったりします。阿部さんはどう考えていらっしゃいますか?
阿部:
私も村田先生と同意見です。バリアフリーに「これが正解」というものはありません。先ほどご紹介した事例も、お客様のお話を伺い、現場を見て生活スタイルを想像し、何度も提案と調整を重ねて形になりました。ハードも大事ですが、本当に大事なのはそこに至るまでの一緒に考えるプロセスではないかと考えています。
村田:
プロセスはとても大事ですね。病院からご自宅に戻ったあとの暮らしをイメージできていないと、どんなにハードが整っていてもご本人にとってはバリアと感じられてしまいます。新築・改築のプランを立てる中で、朝起きたらこう過ごして、ここで車いすに乗り換えて、ここからここまで自由に動けて……といったイメージができていると、ご本人もご家族も納得した暮らしができるのではないかと思います。

T邸の室内。キッチン、洗面などの水まわり、寝室の間を車いすで自由に回遊できる動線です。ドアは開け放しおける引き戸に(写真/3点とも阿部建設)

阿部:
ひとつ村田先生と意見を交わしたいのですが、住宅にできるだけ費用をかけたくないと言われることがあるんです。資金に余裕がない方だけでなく、十分に蓄えがある方からも。もちろん、どこにどれだけお金をかけるのはご本人とご家族の判断になりますし、住宅ではなく福祉用具のレンタルや訪問介護で補える場合もあります。でも、ごく一部の改修に絞ったために暮らしが破綻してしまったり、結局は追加の改修が必要になり余計にお金がかかってしまったりすることが想像できるケースは悩ましいです。 以前、糖尿病で足を切断した50代の男性に、自宅の離れをバリアフリーに改修し、キッチンをつくってそこで生活できるようにしましょうと提案しました。でも、80代のお母さまが母屋で3食つくってくれるから必要ない、段差昇降機がひとつあればいいと断られてしまったんです。いまはそれでいいかもしれないけれど、数年後どうなるでしょうか。
村田:
難しい問題ですね。私たちもご本人・ご家族のご要望を伺いながら提案していますが、最初に費用の上限を設定すると、どうしてもできないことが多くなり、可能性を狭めてしまいます。ですから、まずはご本人がこれからどんな風に暮らしていきたいかを話し合い、それを実現するためにはどんな家がいいのかを考えていく。そのために必要な費用だと思うと、同じ金額でも見え方が変わってくるのではないでしょうか。こうしたプロセスの中で、阿部建設さんのように福祉や介護に詳しく、将来のことも一緒に考えてくれる工務店さんに相談できるととても心強いはずです。

専門家間の「通訳」をする役割が必要

専門家間の「通訳」をする役割が必要

 障がいに対応した家を新築・改築する際、
工務店などの業者に要望が伝わらないという話をよく聞きます。
この点について、おふたりはどう考えていますか?

阿部:
お客様からよく、「言いたいことが伝わった、自分が考えていたことを言葉にしてもらった」と喜ばれるんです。それは私にとってとても嬉しいのですが、裏返せば普段“伝わらないもどかしさ”を感じている方が多いという証です。建築士も知識が偏っていて、「バリアフリー住宅のプロ」と謳っていても、実際にはよくわかっていないようなケースをたくさん見てきました。バリアフリーに特化した建築士を育成するために、建築関係団体などに「福祉建築士」という資格をつくろうと提案しているのですが、制度上の壁がありまだ実現には至っていません。
村田:
知識や経験のある工務店と出会えた方は幸運ですが、そうでない方もいます。相談する相手によって得られる情報に差が出て可能性が狭められてしまうような状況は改善したいですね。
阿部:
医療との連携も課題です。一般的な工務店は医療や福祉のことがわからないし、理学療法士やケアマネージャーは建築のことがわかりません。使用している言語が違うと言ってもいい。病気やけがにより突然生活を変えなければいけなくなったご本人やご家族に、時間も経験もない中で双方の意見をまとめながら総合的に判断しろというのも酷な話です。 阿部建設やNPO法人バリアフリー総合研究所では、医師、理学療法士、作業療法士、ケアマネージャー、福祉機器提供者、行政機関などの情報をご本人ご家族に代わって統合し調整する役割を「バリアフリーコーディネーター」と称して確立に取り組んでいます。関係者間の通訳ができる人が必要だと思うのです。

バリアフリーコーディネーターとはさまざまな病院関係者、社会生活関係者の間に入って調整を行い、本人に最適な住宅を形にする役目(出典 https://www.abe-kk.co.jp/barrierfree/bf-about/

村田:
その役割はとても重要ですね。たとえば、理学療法士は身体機能を回復させるための知識や経験は豊富ですが、建築に関しては専門外です。身体を評価し動作を見て「手すりをつけてください」と提案したけれど、実際に家に行くと構造的に手すりがつけられなかったり、反対に、ほかの方法で補うことができれば手すりが必要なかったりする場合もあります。でも、患者さまは病院関係者に提案されるとそれが絶対だと思ってしまうんですよね。 それぞれの専門家の意見を横断して総合的に判断し伝えてくれる人がいると、救われる方は多いと思います。
阿部:
理学療法士が「1階の和室を自室に改装してください」と言っていたけれど、私は「エレベーターを設置して、元々暮らしていた2階の自室をそのまま使いましょう」と提案したケースがあります。人の行き来が多いリビングに隣接する和室を自室にすると、結局は、ご本人もご家族も物音に気を使い縮こまって生活しなければいけなくなります。ご本人は「元の暮らしに戻れて嬉しい」と、とても喜んでいました。理学療法士からは「火事のときどうするんだ」と怒られましたが、その理屈で言うと障がい者はマンションの高層階に住めなくなってしまう。病院側が安全を何よりも重視するのは理解できますが、日々の暮らしやすさや家族との関係性も考えなければいけないと思います。 もちろん、理学療法士や作業療法士との連携はとても重要です。私が設計するときは1分の1(本物と同じ大きさ)の図面を平面と立体で起こし、病院で確認してもらうようにしています。キッチンやトイレに入るまでの動線は問題ないか、アプローチは右側からでいいか、手すりの位置に問題がないか。私だけではわからないこともあるので、病院関係者のみなさんにはとても助けられています。 でも、もっと患者さんの生活全体を見て、どうすればQOLを上げられるかを議論できる場や、退院した後に何がどこまでできているか、足りなかった視点はないかを振り返ることのできる場があればいいのに、と思っています。先生、いかがでしょうか。

上/リビングから隣室のご主人の寝室(正面)を見たところ。右斜め方向に水まわりやウォークインクローゼットをまとめ、回遊して身支度できるようにしました 中/玄関はご主人が屋内・外用の車いすに乗り換えられる十分な広さ 下/縁側は車いすのまま出られる奥行を取りました(写真/3点とも阿部建設)

村田:
本当に、おっしゃる通りだと思います。理学療法士や作業療法士は、退院後の生活環境を踏まえながら生活動作の訓練を行いますが、退院後にご自宅を見に行くということは現在の医療の枠組みの中ではなかなかできません。それはつまり、病院内で行っていたリハビリやアドバイスが本当に良かったかどうかのフィードバックが受けられないということです。 実際に生活されている様子を見たら、「ご本人はこういう風に暮らしているから、この福祉機器は必要なかった」「家族のことを考えると、ここに棚があったらもっと便利だった」「こういう動作を訓練しておけばよかった」といった情報が蓄積され、次の患者さんにお伝えするときに役立てるかもしれません。生活環境全体を見て必要なアドバイスができるよう、患者さまが退院された後の流れも確認できる仕組みが加わっていくといいですね。

室温(熱)のバリアフリー、心のバリアフリーという考え方

室温(熱)のバリアフリー、心のバリアフリーという考え方

 改めて、バリアフリー設計を考える上で大事な心構えを教えてください。

村田:
病院からご自宅に戻るとき、その後の暮らしのことを考えるはずです。復学・復職したい、家族や友人と過ごす時間を大事にしたい、スポーツができるようになりたい。そういった希望を叶える基盤となるのが家です。まずはご本人のやりたいことや理想とする暮らし、目標をたずねること。そこから広げていくといいのではと思います。
阿部:
私が大事にしていることのひとつに、「室温(熱)のバリアフリー」があります。室温のムラがバリアとなって引き起こされるのがヒートショックです。高齢者や障がい者は体温調節がうまくできず、身体の一部が温度を感じない場合もあります。室内の温度を最適に保つために、阿部建設では全棟に空気式床暖房を設置しています。 また、2002年から「心のバリアフリー」という言葉を使ってきました。介助・介護されることを申し訳なく感じたり、介助・介護する方がずっと気を張っていなければならなかったり、といった「心のバリア」を軽減したいのです。ですから、ご本人ができるだけほかの人の力を借りずに日常生活動作を行える間取り、家族が気兼ねなく暮らせる動線の提案を大事にしています。

 ご本人が自分の力で日常生活を送るためには、
ハード面のバリアはできる限り取り除いたほうがいいのでしょうか。

村田:
ご本人が自分のことをできるようにするのは大事ですが、そのためにすべてをバリアフリーにしなければいけない、とは限らないと思います。段差があっても本人が安全に対応できるなら、無理にお金をかけて取り除かなくてもいいのではないでしょうか。
阿部:
ほとんど行かない部屋であればその周辺の段差を残してもいいですよね。予算との兼ね合いもあるでしょう。資金繰りを含め生活全体を見て、あえてバリアを残すということも少なくありません。
村田:
一方で、歳を重ねると力が衰えるので、それを見越してバリアフリーにしておくという手はありますね。
阿部:
ええ。私が設計するときは、10年先、20年先に身体能力がどうなっているかを考えて、どの場所にどのような設備をどう入れるかを提案しています。たとえば、手すりを設置するための下地を壁面に大きく入れておいて、身体状況に合わせて変えていくことができるようにする場合もあります。 日々の体調の“揺れ”を考え、段差のある玄関にスロープを設置せず、昇降機と車いす専用玄関を設置したケースもありました。スロープの方が費用も抑えられますし、ご家族と同じアプローチになるほうがバリアフリーのように感じられるかもしれません。でも、体調が優れないときや天気が悪いときに数メートルのスロープを上ることは大変ですから、だんだん外出が億劫になってしまうかもしれない。まだ若く社会復帰への強い意志を持っている方だったので、昇降機を取り付けたほうがご本人のQOLを高めるだろうと判断しました。
村田:
やっぱり、バリアフリー住宅をつくる上で一概に「こうすべき」というものはありませんね。その人の特性や環境、暮らしに対する価値観を丁寧に読み解き、何が必要かを見極めることが一番重要なのだと思います。

編集後記身体に障がいが生じた後、家庭に戻るまでには、社会生活を支える多くの専門家にサポートいただくことになります。家づくりの際にも当事者の希望を咀嚼しつつ、専門家の方々がうまく連携するための調整役が必要なのですね。私事ではありますが、身内が脊髄損傷を負った経験があり、おふたりのお話は非常に腑に落ちました。障がいも個々の暮らしも千差万別ななかで、答えはひとつひとつ探っていかざるを得ません。また、長らく快適に暮らしていく家をつくるには、当事者のみならず同居する家族にも十分な配慮があっていいのですね。編集者 介川 亜紀

写真/石川望(特記以外)、取材・文/飛田恵美子、構成/介川亜紀  2020年10月16日掲載
※『ユニバーサルデザインStory』の記事内容は、掲載時点での情報です。


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