TOTO
過去の展覧会

2005年12月8日―2006年2月25日
監修=小嶋一浩、千葉学
企画協力=石堂威、小巻哲、淵上正幸
1985年にスタートしたギャラリー・間は、今秋20周年を迎えました。この節目を記念して「住宅」をテーマとした展覧会と講演会を開催し、あわせて記念出版物を刊行いたします。

2005年9月15日―11月12日
出展者=小泉誠
今回はそんな思いの中から生まれた「道具」を集め、新たに編集することで道具のまわりの「関係性」をお伝えできたらと思っています。今回掲げている「KuRaSiGoTo」とは、生活の要素である、暮らし+仕事+コトを要約した言葉です。生活に関わる道具のデザインを積み重ねてきた結果と、今後の活動の目印になる言葉だと捉えています。(小泉誠)

2005年6月1日―7月30日
出展者=佐々木睦朗
本展では、「せんだいメディアテーク」以降の磯崎氏、伊東氏、妹島氏、西沢氏との6つの建築と海外コンペ案に焦点を絞って、佐々木氏が創造する「FLUX STRUCTURE」を紹介いたします。

2005年3月9日―5月14日
出展者=阿部仁史
ここでは、未発表作品を含む6プロジェクトをとり上げ、これらにおけるカタチのエッセンス(壁/面のタイポロジー)をフラグメントとして切り出す。来場者は、プログラム、テクスチャー、スケール、環境から切り離された建築の断片が生み出す新たな空間に向かい合うことになるだろう。この展示はシミュレーションやリプレゼンテーションに留まらず、身体とカタチとの直接的な対話の場となる。(阿部仁史)

2004年12月2日―2005年2月19日
出展者=原広司
2003年末、南米ウルグアイの首都モンテビデオに〈実験住宅 モンテビデオ〉を建て、多くの市民に向けて公開・展示をしました。この〈実験住宅〉は、2つの意味を持っています。その第1は、住み手が自分で造ることができる住宅であることです。これは、今日世界の都市に溢れている、住む場所を持たない人々に向けての、ささやかなメッセージです。その第2は、この試みが〈ディスクリート・シティ〉を遠望していることです。(原広司)

2004年9月10日―11月13日
出展者=アンジェロ・マンジャロッティ
共催=アンジェロ・マンジャロッティ展実行委員会
展覧会では、ミラノのマンジャロッティ事務所から運び出した建築模型、グラスや花器、限定復刻の時計や家具、新作のライトスタンド、オリジナルの彫刻など現在も使われ続けている建築作品を撮影したムービーを放映し、代表的なPC工法を原寸大部分模型で再現します。

2004年5月22日―7月24日
出展者=西沢大良
21世紀の直前まで建設と破壊を繰り返した場所の建築家として、実務をやらない限り出てこなかったアイデアを一冊の作品集にまとめて、展覧会をすることにしました。 (西沢大良)

2004年2月28日―5月1日
出展者=承孝相、張永和
監修=村松伸
2000年以上の歴史をもつこの地域の建築世界が、今、やっとひとつになろうとしている。ソウルの承孝相、北京の張永和、二人の建築家の共通する点は、いま出現しつつある東アジア建築世界を代表する最も活きのよい建築家なのだ。そんな身軽さ、国境を越える個人技、それぞれの体内に流れる長い建築の歴史。二人は大阪で出会い、北京やソウルでコラボレーションし、今、東京で再び邂逅する。(村松伸)

2003年11月22日―2004年2月7日
出展者=高橋靗一
建築が人と、そしてその人達の社会と強く結びつくためには、どうしてもその建築を創る人と、その建築に関わるすべての人達とのface to faceの会話が必要なことは、時代を超えて必須なことだと信じている。こうした思いが、今、お目にかけるいくつかの建築に対しての私達の深い反省と、そしてささやかな満足感の中でも消えることはない。(高橋靗一)

2003年9月13日―11月8日
無印良品は生活の基本と普遍を目指して歩き続けて来ました。日本の生活の美意識に根ざし「素」を旨とする思想に変わりはありません。2003年の無印良品は、その発想を世界へと開いていくことをはじめています。この展覧会は無印良品の基本を確認するとともに、その新たなヴィジョンをご覧いただくものです。

2003年5月24日―7月26日
出展者=妹島和世、西沢立衛
1995年から活動を始めたSANAAの全仕事をひとつの本にまとめ、また進行中の最新プロジェクトを展覧会によって紹介します。

2003年2月15日―4月26日
出展者=山本理顕
建築をつくろうとするときに初めて見えてくるんだと思うんですよ。たとえばそれを使う人、管理する人、住民、地域性、そういう人や環境が初めて見えてくる。あらかじめ住民のイメージや地域性のようなものがあって、そのあらかじめあるものに対して、どんな建築をつくろうかというこ とじゃなく――そうしたものはつくろうとしている建築との関係ですよね。僕はそう思う。(山本理顕)

2002年10月19日―12月21日
監修・会場構成=リシャット・ムラギルディン
メーリニコフの代表作は、社会主義革命後のソヴィエトにおいて旧来の建築の原則を根底から覆すようなフォルムがかつてないスピードで生み出された時代に建設されている。しかし、彼は様式的・概念的にこの時代の流れよりもはるかに前衛的であった。彼の作品は常に新しさと独創性に満ちあふれていた。(リシャット・ムラギルディン)

2002年9月3日―10月5日
出展者=青木淳、アトリエ・ワン、阿部仁史、石山修武、磯崎新、伊東豊雄、岸和郎、隈研吾、小嶋一浩、篠原一男、妹島和世、曽我部昌史、千葉学、デザイン・ヌーブ、内藤廣、西沢立衛、長谷川逸子、原広司、藤本壮介、藤森照信、松原弘典、山代悟、山本理顕、吉村靖孝
ギャラリー・間は、30代から70代までの建築家が世代を超えて一堂に会し、各世代の建築家たちが縦横に交差するプラットホームとして、ともに「この先の建築」を考える場を創出したいと考えました。これは、ともすれば時代の急速な流れの中で世代ごとに途切れてしまう問題意識を、より大きな枠組みの中で捉え直そうという試みです。

2002年5月18日―7月19日
出展者=古谷誠章
僕にとって建築は、これをとおして世界を思考する、とても大切な基盤である。建築を構築することが、そのまま社会を観察し、人々と邂逅し、自然を理解することに繋がっている。あちこちから集められた、ここに散乱するノートの断片とともに、ひとつの建築を生み出すためのプロセスを開示して見せられたなら幸いである。(古谷誠章)

2002年2月23日―4月27日
出展者=北山恒
ひとつの建築は現代という状況の海に漂う特異点である。その状況の読み取りを変えれば、建築という小さな特異点に新たな人と空間の関係性を構想することができる。そして、その特異点の連鎖によって、厳然として存在すると思われた状況の認識を動かすこともできるかもしれない。(北山恒)

2001年11月16日―2002年2月2日
出展者=坂本一成
建物の空間をさまざまな枠組みから自由にしたいと思ってきた。未だ見ぬ自由な空間を求めてきた。こうした空間は、私たちの身体や精神をさまざまな拘束から解放させ、世界に通じることを可能にする。その空間は、特別な所、特別な時にあるのではなく、日常のごく当たり前の所、持続する普通の時間のなかにある、と思ってきた。(坂本一成)

2001年6月9日―8月10日
出展者=難波和彦
「箱」には閉じたイメージがある。しかし僕にとっての「箱」は、何もない空間が分化した初源的な場所のイメージである。もちろんそれを建築化するには、何らかの物質によって「箱」を構築しなければいけない。「箱」を場所化するには、物質を可能な限り少なく、かつ効率的に使う必要がある。「箱の家シリーズ」はそのような試みとしてスタートした。(難波和彦)

2001年4月12日―5月26日
企画制作=チームⅢ/東京大学工学部建築学科安藤忠雄研究室
監修=安藤忠雄、千葉学
住宅からル・コルビュジエを見る。コルビュジエの創作活動は広く都市計画・建築・著作・絵画・彫刻・雑誌の編集にわたっているが、20世紀最大の建築家としてのコルビュジエは常に住宅とともにあった。この「住宅のル・コルビュジエ」展は、これまで無数の解釈、評価がなされ語られた「ル・コルビュジエ」ではない、リアルなル・コルビュジエにできるかぎり近付こうとする試みである。(チームⅢ/東京大学工学部建築学科安藤忠雄研究室)

2001年1月20日―3月24日
出展者=磯崎新
ある日、東西を問わず建築史家たちは、実現しなかった建物ばかりを論じていることに気付いた。建たない、建つ見込みがない、建てる気のない、建てようもない建物、である反建築(?)が、実は建築史だというパラドックス。(磯崎新)

2000年10月17日―12月23日
監修=阿部仁史、五十嵐太郎、曽我部昌史、千葉学

第1期 2000年10月17日〜28日
空所――都市をいかに再生させるのか?
アトリエ・ワン/塚本由晴+貝島桃代:ペット・アーキテクチャー・プロジェクト
ファクター エヌ アソシエイツ/千葉学+ナンシー・フィンレイ
:「ヴォイド」の「リニューアル」

第2期 2000年10月31日〜11月11日
環境――内部と外部をいかに関係させるのか?
遠藤秀平:Rooftecture/分有体
西沢立衛:環境

第3期 2000年11月14日〜25日
集積――建築はいかに社会と接点をもつのか?
阿部仁史+小野田泰明:10,000
梅林克:住宅の「問題機制」から

第4期 2000年11月28日〜12月9日
混交――アイデンティティはいかに生成するのか?
クライン ダイサム アーキテクツ/アストリッド・クライン+マーク・ダイサム:DELUXEタワー
マツオカ・ワン・アーキテクツ/松岡恭子+王大君:LINE→STAIN

第5期 2000年12月12日〜23日
地形――都市をいかに読み込むのか?
みかんぐみ/加茂紀和子+熊倉洋介+曽我部昌史+竹内昌義+マニュエル・タルディッツ:都市のゴルフ
宮本佳明:dis-location 脱臼都市 
眼前に迫った新世紀に曙光を期待すべく、次代を担うであろう1960年代生まれの若手建築家を招聘し、彼らが考える「都市と建築」をテーマにした展覧会。監修者にも60年代生まれの建築家、建築評論家を迎えた。

2000年8月2日―9月30日
出展者=岸和郎
建築がギャラリーという場で表現し得る次元、抽象的なレベルで表現可能な切断面をもち得ることは確かなことであり、そのことが問われるのが展覧会という形式でしょう。しかし一方で建築には別の側面もあります。それは現実の敷地・社会・経済・文化といった、さまざまな状況を引き受けながら建つ、とてもリアルなものとしての建築という側面であり、自分ではそのことがもたらし得る建築の力にも、魅力を感じているのです。(岸和郎)

2000年5月20日―7月15日
監修=植田実、内藤廣、中村好文、山崎健一
今回の展覧会では、宮脇氏の幅広い活動の中で生涯にわたりその中心であった住宅設計に焦点をしぼり、「松川ボックス」「船橋ボックス」「ブルーボックスハウス」など代表作8点を20分の1の断面模型として新たに制作するとともに、実施図面やスケッチを展示します。

2000年3月3日―4月28日
出展者=青木淳
構成に興味がある。しかしその構成を本当の建物をつかって「表現」してみたいとは思わない。構造の仕組みに興味がある。しかしその構造の仕組みを建築という生身の物質をつかって「表現」したいとは思わない。(青木淳)

1999年12月4日―2000年2月19日
第一期:再生 1999年12月4日〜22日
第二期:流動 2000年1月11日〜29日
第三期:混沌 2000年2月1日〜19日

出展者=石山修武
展覧会の通低音である「開放系技術」とは、分かりやすく言えば今流行のガーデニングの先には新しい世界が垣間見えるぞ、ということだ。自分の庭を自分で考え、自分で作れるのならば、自分たちの環境は自分たちで作る方が良いのだ、そのためにこそさまざまに技術が意図され組み立て直されるべきだと言おうとしている。(石山修武)

1999年9月25日―11月20日
出展者=面出薫
光を用いてその快適な気配の罠を仕掛けようとするとき、作法が必要となる。 作法とはしごく当たり前の理に適った視点であり、所作であり、決まりごとの一種なのである。この展覧会では、際限なく自由な光のデザインの発想力と、不自由ながら奥深い光の職人芸の双方を、包み隠さず露呈することにした。(面出薫)

1999年7月2日―9月4日
出展者=新居千秋
喚起/歓喜する建築を考えるとき、文化運動としての建築、つまりその建築が建つ前後における運動が重要である。人々の心の中にそれは自分のものだ、自分たちのものだという意気を高揚させるような力の構築が必要である。(新居千秋)

1999年3月5日―4月24日
出展者=坂茂
2000年にドイツで開催されるハノーバー万博のための日本館を、現在設計している。本展覧会では「ハノーバー万博2000日本館」を中心に、現在進行中のプロジェクトの新しい構法の開発を含む設計・試作プロセスを紹介する。(坂茂)

1998年12月5日―1999年2月20日
出展者=ヤン・ケルサレ
ヤン・ケルサレは、光を題材として芸術・デザイン活動を行っているフランスのアーティストです。日本初となる今回の展覧会では、「過去」「現在」「未来」の3つの時空間に会場を分け、それぞれをテーマにした光のページェントが展開されました。

1998年9月19日―11月14日
出展者=齋藤裕
この作品展では、齋藤氏の着想と空間を追体験することに主眼をおき、「桐の茶室」「紙の待合」による幻想的なインスタレーション、各作品の発想を探る初公開のスケッチ、ビデオ、現在進行中のプロジェクトの模型などの展示により、その建築を多角的な断面(セクション)から切り出しました。

1998年7月10日―8月1日
共催=西澤文隆実測図展実行委員会
関西を中心に多くの建築作品を手掛けた故西澤文隆氏は、設計活動のかたわら「日本の建築と庭の実測調査」に取り組み、その相互の関係を詳細な実測図に示しました。展覧会ではこれらの資料のうち70点余りを、建築と庭の関係性を示す分類毎に展示いたしました。

1998年4月25日―6月27日
出展者=レンゾ・ピアノ
世界を巡回したレンゾ・ピアノ回顧展「Renzo Piano+Building Workshop—Out of the Blue」が、日本ではギャラリー・間で開催されました。この回顧展に出品された数々の作品の中から、「ポンピドー・センター」「関西国際空港」など4作品を採り上げ、その全貌を紹介。

1998年2月13日―4月4日
出展者=藤森照信
自然から採集してきた素材を使い、自然と人工との関係について想いをいたしながら手掛けた全5作のすべてを明らかにしたい。とにかく珍しいことばかり。(藤森照信)

1997年11月11日―12月20日
ゲスト・キュレーター=フランカ・セミ
監修=齋藤裕
本展では、ゲスト・キュレーターとしてスカルパの愛弟子フランカ・セミ氏、スーパーバイザーに齋藤裕氏を迎え、作品写真、ドローイング、そしてヴェネツィア建築大学でスカルパが講義をしながら描いた、世界初公開のクロッキーにより、今なお愛され続けている氏の建築の真髄にせまります。

1997年9月24日―11月1日
出展者=エットーレ・ソットサス
ソットサスが、’90年代に入って、突然「もはやアバンギャルドは死んだ〜」という衝撃的な宣言をした。今回の作品展は、この宣言を受けて、より普遍的な表現へとシフトしていく’90'年代のソットサスの活動を総括しようとするものであった。

1997年6月7日―7月19日
出展者=藤江和子
建築家とのコラボレーションを中心に照明器具や家具、インテリアや環境デザインなど幅広い領域で活動を展開するデザイナー、藤江和子。氏は自らのものづくりの姿勢を「風景をつくること」と表現しています。

1997年4月4日―5月24日
出展者=オスカー・ニーマイヤー
今年90歳を迎えるニーマイヤーの作品展は、建築家としての彼の足跡をたどるだけではなく、近代建築の基盤を築いた一人のモダニストの構築的ヴィジョンを再確認する試みであるといえます。

1997年2月6日―3月15日
出展者=シーラカンス(伊藤恭行、宇野享、工藤和美、小泉雅生、小嶋一浩、三瓶満真、日色真帆、堀場弘)
「シーラカンス」は8人のパートナーを中心に、個人・チーム・全員という単位で設計・研究活動をしています。複数の主体による多様な活動を、あるがままに伝えるために私たちはシーラカンスの「オフィス」を転送しました。

1996年11月20日―1997年1月18日
出展者=槇文彦
本展覧会は、槇文彦氏のまさに現在の活動に焦点をあてた構成の展示となりました。完成したばかりの、あるいは進行中であった「現場」の緊迫した状況を数多くのスタディ模型、構造部材模型、ドローイング、現場写真とともにリポートしました。

1996年9月11日―10月26日
出展者=ニール・ディナーリ
現代の建築は、「もの」自身を超越しコード化されたイメージの交錯する社会の中に存在します。その社会にあって、建築は一体何ができるのか。不動な建築がこの社会に融合していくためにはどうあればよいのか。その問いに対し、今回ディナーリ氏はギャラリー・間の空間で一つの解を提起しました。

1996年7月23日―8月24日
出展者=阿部仁史、小川晋一、片木篤、隈研吾、シーラカンス、妹島和世、竹山聖、團紀彦、トム・ヘネガン、松岡恭子+王大君
ギャラリー・間では、本年ミラノで開催された建築・デザインの祭典「第19回ミラノ・トリエンナーレ」への日本チームの参加を記念して「ミラノ・トリエンナーレ1996 パブリック・ボディ・イン・クライシス」展を開催いたしました。

1996年5月17日―6月22日
出展者=牛田英作、キャサリン・フィンドレイ
日常まちを歩くとき、私たちは心のなかに、ある地形図、私たちの空間に関する記憶のフレームワークとなる心的な地図を持っています。各々のひとは、そのひと個人の心理的・肉体的な経験に基づいた街のイメージを持ち、それを海図として街のなかを徘徊しています。

1996年3月15日―4月27日
監修=齋藤裕
建築家の齋藤裕氏をコーディネーターに迎えた今回の展覧会では、キャンデラの代表作品6点を、模型、CG、写真を使ってビジュアルに再現した。また、中庭ではHPシェルを用いたインスタレーション、第2会場では現地取材によるビデオ上映など、多角的にキャンデラの世界に迫った。