東京・銀座にある星野リゾートのオフィスにて
vol.41 対談企画山間地、海辺そして都心で、誰もがリラックスできるリゾートづくり
東京・銀座にある星野リゾートのオフィスにて
2016年7月20日、東京の玄関口・大手町に、
日本各地で宿泊施設を運営する星野リゾートが、新たに「星のや東京」をオープン。
これを機に、代表の星野佳路氏に、星野リゾートのユニバーサルデザインについて、
日経デザイン編集長の丸尾弘志氏が話を聞きました。
同社の施設は、都心から山岳地などさまざまなローケーションにあります。
誰でも楽しめる、使いこなせる工夫はどのように考えられているのでしょうか?
古い旅館にもユニバーサルデザインを取り込む
丸尾弘志 氏(以下、丸尾)
星野佳路 氏(以下、星野)
- 丸尾:
- 星野リゾートは、先月オープンした「星のや東京」をはじめ、日本各地で数多くのホテルやリゾート施設を運営していますね。誰もが使いやすく、楽しめる、くつろげるために、施設にどのような工夫を取り入れていますか?
- 星野:
- ホテルや旅館などの不特定多数の方が使う施設は、まず高齢者や障がい者がスムーズに利用できるように定められたハートビル法に則って企画します。もちろん、当社の施設はこの法律の要件を満たしてつくります。
当社の施設は築100年のものから新築まで、さまざまな年代の建物があります。その中でも、古い建物はハートビル法の要件を満たすのに苦労するんですよ。もちろん、それぞれ適切な改装や補強をしていますが、もともとの構造が変えにくいものが多いので工事が難しいケースもあります。建物の魅力を生かしながら、そういう部分をどう解決していくかが大きなテーマです。 温泉旅館ではお客様も、やはり少し年配の人たちの比率が増えてきています。ですから、施設に対する要望も変化していますね。
それに温泉地は谷あいに多いですし、斜面にある施設も少なくありません。リゾートでは自然に触れながら外を歩くのも楽しみなのですが、その対応も今、課題になっています。どのようにその地域らしい起伏や木々を取り入れつつ、歩きやすい、庭園や外構などのランドスケープデザインをしていくか。これは常に研究しています。
丸尾弘志 氏
日経デザイン編集長。1998年国際基督教大学卒。同年日経BP社に入社、日経システムプロバイダ記者。2001年に日経デザインに配属後、パッケージデザインのリサーチやブランディング、知的財産、新素材開発にまつわる取材を行う。2014年現職。主な著書に「パッケージデザインの教科書」「売れるデザインの新鉄則30」など
星野佳路 氏
株式会社星野リゾート代表。1960年、長野県生まれ。慶應義塾大学経済学部卒業後、1986年米国コーネル大学ホテル経営大学院にて経営学修士号を取得。シティバンク勤務を経て91年1月、星野リゾートの前身である星野温泉の社長に就任。現在、星野リゾートは、土地の個性やお客様の「旅の嗜好」に合わせたブランドを展開。「星のや」「界」「リゾナーレ」という3つの宿泊ブランドを中心に宿泊施設の運営を行う。国内では全35施設を運営、2015年には海外案件も開始した
HP:星野リゾート
- 丸尾:
- 単に手すりをつければいいというものではないですね。
- 星野:
- そうですね。公共施設と違って、安全にしてしまえばいい、歩きやすくしてしまえばいいかというと、その分魅力が半減してしまうこともあり得ます。それがいちばんの議論のポイントですね。手すりをつければ当然、室内から外の景色を眺めたときに目に入ってしまいますから。「星のや富士」には、外でも快適に過ごせるテラスが客室についています。そのテラスには手すりをつけたくなかったので、逆転の発想で、その場所にオリジナルのソファを設置し外を向き座れるようにしました。つまり、手すりから発想した空間です。
左/星のや富士の客室のテラスは手すりをつけずソファを設置し、リビングのように過ごせる
右/客室の外観(写真:星野リゾート)
星のや富士の敷地内のウッドデッキ「クラウドテラス」は斜面を生かしてつくられた(写真:星野リゾート)
「意匠や景観の魅力を落とさずに、安全に楽しんでいただくにはどうしたらいいかがリゾート施設の大きな課題」と星野氏
- 丸尾:
- 景色の眺めと安全性を両立したわけですね。
- 星野:
- デザイン上の魅力と安全性の両方を保って、どんな年代の方々にも使いやすいものにしていこうと考えています。特にリゾート施設を企画するときは、新たな工夫にチャレンジしています。
ただし、星のや富士は斜面地に建っていて、周りの自然の中を散策しようとするとどうしても斜度のある場所に道を造ることになります。そうなると、手すりをまるきり排除するわけにはいきません。
- 丸尾:
- どうしても手すりが必要であれば、素材や形状の工夫が必要になりますね。
- 星野:
- いちばん留意しているのは高さです。私たちのリゾート施設は、海外のリゾート施設と競合しているので、世界各国の基準も参考にしています。日本では110㎝が基準ですが、たとえば、インドネシアだと90㎝なんですね。世界各国で異なっていて、それぞれが各基準に沿っていかにお客様にとって魅力的なデザインか競争しています。そこは負けていられません(笑)。
新たなホテルのカテゴリーを提案する「星のや東京」
星のや東京の正面玄関。2階の窓辺に障子をモチーフにしたしつらえが覗く。建物は地下2階、地上18階、全84室を保有(写真:星野リゾート)
- 丸尾:
- 2016年7月に、東京・大手町に新たに「星のや東京」がオープンしました。コンセプトは塔の日本旅館だそうですね。
- 星野:
- 大手町の高層ビル群を通り抜けて、星のや東京の玄関をくぐると、そこには非日常の空間が待っています。意匠性のみを追いかけることなく、しっかりと機能性、利便性、快適性を追求して、お客様の国籍、年齢を問わずに楽しめる施設をつくり上げました。これは大変な作業でした。
私たちの大きな目標は、日本旅館を世界的なホテルのひとつのカテゴリーにして、世界各国に進出させることです。星のや東京では、世界に通じる“日本旅館”を示したつもりです。日本に来たから、ではなく、快適でリラックスできるからパリでも日本旅館を選んだ、と世界各国の方が口にするようにしたいですね。
客室のイメージカット(写真:星野リゾート)
客室のスケッチ。畳に布団、床の間を思わせるデザインなどが日本を象徴する
- 丸尾:
- ところで、御社のホテルやリゾート施設の特長として、玄関をくぐるまでの広々とした庭や周囲の自然などが挙げられます。東京の場合は、なんらかのしつらえを造りこむのに十分な敷地は確保しにくかったのでは?
- 星野:
- 施設の"入口”に工夫を施す理由は、「星のや」ブランドの空間上のコンセプトである"圧倒的な非日常”を追求するためです。その世界に移行するための過程が入口の機能だと思っています。
突然非日常が始まるわけではないので、それが始まる前に日常のものをある程度捨ててきてもらわないといけない。「星のや軽井沢」であれば、少し離れた駐車場に車を停めてから専用車に乗り換えて施設まで行く過程とか、「星のや京都」であれば舟に乗って施設に向かう過程ですね。「星のや竹富島」は離島ですから、そこに行くまでの海などの自然にその役割が備わっている。
確かに星のや東京で、それを実現するのは難しいことです。ですから、ここでは屋内のデザインで工夫をしました。玄関付近の空間は、他の階と違って天井を高くしているんですよ。つまり、お客様が普段慣れていない比率の空間になっています。
- 丸尾:
- なるほど。
- 星野:
- また、玄関に入ったらすぐに靴を脱いでいただく。日本旅館では玄関が特徴ですし、そこで靴を脱ぐという日本にあった大事な"儀式”を、日常から非日常に移行する仕掛けとして取り入れました。
ただ、これは84室、約200人分の靴を収納する、という大変なチャレンジでもあります(笑)。それに、お客様がお帰りのタイミングに合わせて靴を用意しなくてはいけない。これがさらにチャレンジです。
- 丸尾:
- 帰りがけに客室から玄関までスムーズに動ける工夫は、ユニバーサルデザインと言ってよいかもしれません。札を渡す、という昔ながらの方法ではお客様をお待たせしてしまいそうですが。
- 星野:
- そのやり方はせず、ITを活用したシステムを開発しました。簡単に言うと、部屋の鍵とエレベーター内の装置と、玄関を連動させます。玄関は一見するとシンプルな空間ですが、いちばん時間をかけてアイデアを練った場所かもしれません。
玄関から靴箱の面する通路を眺めた様子(写真:星野リゾート)
- 丸尾:
- ほかに、これまでにない新たな取り組みはありますか?
- 星野:
- 「お茶の間ラウンジ」を各階に設けたことです。欧米のホテルは自分の部屋以外はパブリック、一方で日本旅館は館内全域がセミプライベートでありセミパブリックなんですよ。泊まっているお客様たちが浴衣のまま館内でくつろげる、そのリラックス感を実現するために設けたスペースです。
- 丸尾:
- 浴衣でそこまで行き、飲み物やちょっとした食べ物を楽しむ…。
- 星野:
- ワンフロアに客室は6部屋のみ、裸足で行けるようにしました。勝手気ままにというのではなくて、スタッフがお酒やソフトドリンク、季節のお菓子やおつまみなどを時間帯ごとに変えてご提供します。
お茶の間ラウンジのイメージスケッチ(資料:星野リゾート)
- 丸尾:
- 最後に、今後の星野リゾートの展開をお聞かせください。
- 星野:
- やはり、星のや東京をステップにして、世界の大都市に日本旅館をつくっていくことですね。日本ならではのホスピタリティという快適性も含めて。場所はたとえば、パリやロンドン、マドリード、ニューヨーク…。すでに欧米型の高級ホテルはありすぎるくらいありますし、これから新しいホテルを造るなら日本旅館だと世界の投資家たちに提案していきたい。
- 丸尾:
- マドリードの街を味わいながら、現地の日本旅館に泊まる。エキゾチックな楽しみ方ができそうですね。実現を心待ちにしています。本日は、どうもありがとうございました。
- 星野:
- ありがとうございました。
編集後記 ホテルやリゾート施設は、自然を堪能できる山間地、海沿いに多くあります。周囲の自然環境や景観を壊すことなく、老若男女の誰でもがそれらの施設と周囲の自然を味わえるように施設をつくるのは、確かに至難の業だと気づきました。私たちがさりげなく歩いているリゾートの庭園の小路のそこここに、デザイン性と機能性を両立した工夫や配慮が盛り込まれているということですね。
新たにオープンした「星のや東京」は国際的なホテルの1カテゴリーとして、日本旅館をアピールする目的もありました。新たな形の日本旅館が持つハード、おもてなしなどのソフトのユニバーサルデザインが輸出されようとしています。 日経デザイン編集者 介川 亜紀
写真/鈴木愛子(特記以外) 構成・文/介川亜紀 監修/日経デザイン 2016年8月1日掲載
※『ホッとワクワク+(プラス)』の記事内容は、掲載時点での情報です。
- vol.42は、国際福祉機器展 H.C.R.2016で出展予定の商品の特長について、
モーションキャプチャーによる人間工学の視点からTOTO総合研究所に話を伺います。
2016年10月12日公開予定。