特集4/コラム

語録/十二 決定的な建築

 いわゆる名作といわれるもの、建築史の教科書にのるような建築は、どれも好きだ。そういうものを訪れて、裏切られた思いをしたことはない。ロマネスクに比べてゴシックは嫌いだが、シャルトル大聖堂(1194~1220・再建/文化遺産/写真4枚目)クラスになるとすばらしい。そうしたなかであえて決定的建築となると、やはりピラミッドか。あれ以上の建築はできないと思う。ピラミッドのように人智によるのではなく、人を超えた天の力に導かれてできたものに見えたのはチベットのポタラ宮(1650年代/文化遺産)で、そうとう出来は悪いが建築の出来の良し悪しなどどうでもいい領域へと突き抜けていた。私の掌品という思いで好きなのは、スペインのプレ・ロマネスクのサンタマリアデナーレ(写真5、6枚目)とポルトガルの石の家(写真7枚目)、そして鳥取の(三徳山三仏寺)投入堂(なげいれどう)(706・開山/国宝/写真8枚目)。

語録/十三 間取りに無関心

 プログラム、その前はプランニング、もっと前は間取りと言った。建築設計の基本であるが、関心がない。でも、どうでもいいと思ったり、無視したりしているのではなく、これまでのプランのあり方を変えて自分の新しい提案をしようというつもりがないだけ。私が建築でやろうとすることは、20世紀の新しいプランでなくともできる。たとえば、ヨーロッパの修道院に結晶化する中庭と回廊のプランとか、石器時代の穴居に見られる一方が完全オープンな洞窟住居のプランとか。20世紀建築はなんであんなにプラン、プランと言ったのか、と考えるときがある。表向きは、機能性、合理性を求めたからだが、それだけではなく、近代における空間概念の発生と深く関係しているはずだが、思案中。

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