藤森照信の「現代住宅併走」
「101番目の家」設計/竹原義二

 どこからどう入ったらいいものか、竹原義二の仕事を前にとまどいを覚えた者は私だけではあるまい。すでに、この連載、岸和郎と難波和彦のふたりを“苦手シリーズ”として取りあげたが、さしずめ竹原は“困惑シリーズ”の第1号となろう。
 コンワク竹原に分け入ってみようと思ったのは、2年前、石井修の目神山の住宅を取材したときで(『TOTO通信』2009年新春号)、学校を卒えたばかりの竹原青年が新入り所員として加わったのが石井邸建設であり、石井所長に従って田舎の持ち山に入り、木を伐り、製材し、柱として使ったというのである。山で木を伐ることからスタートした建築家・竹原義二。山で木を伐りたい一心で設計もしている私としては、放っておくわけにはいくまい。
 で、竹原の自邸〈101番目の家〉を見た。
 遠目でまず困惑。日本の建築家は、誰でも、木造建築は水平プロポーションを基本とするのに、この縦長感覚はなんなのか。加えて、部分のプロポーション感覚もなんかおかしい。ふつう、こうした、気づいたときにはすでに身についてしまっているセンスについては口出しをしないのが建築家付き合いの礼儀だが、困惑シリーズと銘打つからには困惑の理由を隠すわけにはいかない。
 近づくともっととまどう。木の板の縦羽目張りと見えたのが、板なんかじゃなくて、ムクの柱の並びなのだ。それも超貴重な幻の南洋材(熱帯雨林材)タガヤサン。銘木の床柱をズラリと立て並べて壁としている。

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