特集3/ケーススタディ

移築され使いつづけられる小屋

 移築した板倉は井籠(せいろう)造りで、カラマツやアカマツの厚板を井桁に組み、ダボで上下をつないで四面の壁を積み上げている。一段ごとに材同士の仕口を加工する、とても手間のかかる構法だ。著名な正倉院(校倉)のほか、国内外のとくに山岳地帯に多く存在し、柱梁で構成された木造とは別のDNAをもつ。八ヶ岳山麓のそれは、そのつど入手できた地域の材料を使い、近世と変わらぬ技術でできている。そうした背景と、シンプルなものを積み重ねた力強さに樋口さんは引かれたという。
 おもしろいのは、倉とはもともと食料や家財道具を貯える建物だが、倉自体もまた暮らし向きにより売買され移築されるものだったこと。この3坪程度の小さな倉も、八ヶ岳周辺の集落を何度か移築されてまわっている。それは小屋の本質的な姿だ。
 また厚板は調湿性能がみられるが、このままでは貯蔵庫としての性能は最低限に留まる。外側に土を塗ると気密性能が飛躍的に高まり、内部の温度は一定になる。しかし、壁に無数の小さな杭を打って下地にし、土の下塗り・中塗りをし、仕上げに漆喰まで塗るのは経済的に負担が大きい。一代では終わらず、工程途中で次の世代に託すことも多い。山麓にはさまざまな仕上げ段階の板倉が散在し、土塗り前に売られて移築されることもある。さらに倉にはセルフビルドの箇所もよく見られるという。
 身近にある材料を大切に使い、持ち主の手が届く技術でつくりつづけていくという形は、今日的なエコロジーの精神をはるかに先取りしているように感じる。またカラマツは戦後に植林され伐採期を迎えているが、構造材としての強度はあるものの、ねじれるため使いづらい。こうした小規模な建物の存在は示唆に富むのではないだろうか。

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