文・スケッチ/浦一也
前回の「ザ・アッパー・ハウス」(*)に続き香港。対照的なホテルをご紹介。
香港島側、中環(チュンワン)のビクトリア・ハーバーに面した絶好の地に立つ399室の高級ホテル。
その足元は、国際金融センターのまわり、長く広々としたインドアのペデストリアン・デッキに、たくさんのソフィスティケートされたぴかぴかのブランド・ショップが連なり、清潔でゴミひとつない。
しかし小さなたくさんの店をひやかして買い物を楽しむという昔の香港の風情は、この辺にはもうないのだと思うとやや寂しい。
天候や車や信号からすっかり解放された未来都市のなかを、ふわふわとしばらく歩いていくと、このホテルにたどり着く。
部屋のガラス窓は床まであり、とても大きい。ハーバーの水面や九龍半島の高層ビルが映し出される大画面にいきなり飛び込んだようだ。暮れなずむ水面を行き交う大小たくさんの船を見下ろしていると、いつまでも飽きない。やがて全体が紫色に変わり、一段と高くなった高層ビルにいつの間にか無数のあかりがともる。
近代以降のホテルは眺望と動線の短さと有効率をプランニングの大きな軸にしているのだが、それを最近私はやや批判的にみていた。しかしこの絶景には圧倒される。
ゲストルームはセオリーどおりのプランで約49㎡。バスルームは洗面がダブルベイスンで広い。バスタブにはピローをタオルにくるんで取り付けてあって、これは快適。ワードローブやミニバーは、造り付けではなく置き家具としてバスルームのまわりに並べてあって、ちょっとごたごたしている。高さ790㎜(!)もあるベッドから見える壁には長さ3mほどの花崗石カウンターが付いていて、ガラスの天板のライティングデスクはその上に。
このような典型的なプランとレイアウトも、すでに古典的に見えてきた。
今世紀になるとザ・アッパー・ハウスのように界壁がなくなっているような宿泊室が増えてきているのである。バスルームは開放されつつあり、もうその過渡期に入ったのか。
それが適切かどうかはわからないのだが、やはりこのゲストルームのような「20世紀アメリカ型」のほうが落ち着くという向きもまだまだ多いのではないか。
そんなことを思いながらやっと予約がとれたホテル内のレストランに行く。ミシュラン三つ星というだけあって、ここの料理はたいへんおいしい。
翌日は10ほどもある離島行きのフェリーターミナルのひとつから香港島の裏側にある南丫島(ラマ島)に行ってみる。
船は30分で榕樹湾(ヨンシーワン)に着き、そこから島を約1時間半、小高い山を徒歩で横断して索罟湾(ソックーワン)に出る。いい運動だ。道は整備され、ペットのトイレまで整備してあってここも衛生的。
海上に突き出たサッシもない海鮮料理店に腰を下ろすと客たちの哄笑になぜかほっとする。絵になる。その開放的な猥雑さが昔の香港を思い出させるのだ。デジャブ(既視感)的なのだが……。
*/The Upper House:2009年竣工の香港のホテル。『TOTO通信』(2017年新春号)参照。
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Ura Kazuya
うら・かずや/建築家・インテリアデザイナー。1947年北海道生まれ。70年東京藝術大学美術学部工芸科卒業。72年同大学大学院修士課程修了。同年日建設計入社。99〜2012年日建スペースデザイン代表取締役。現在、浦一也デザイン研究室主宰。著書に『旅はゲストルーム』(東京書籍・光文社)、『測って描く旅』(彰国社)、『旅はゲストルームⅡ』(光文社)がある。
写真/山内紀人