特集/インタビュー③

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―― 原田さんたちにとって、建築原理、設計の手がかりとはなんですか。
原田真宏(以下、真宏) ひと昔前、建築家は自分たちの職能そのものを設計していた時期がありました。同時に"建築家すごろく"のゲーム盤も出来上がった。今ではどの程度いいところまで進めるかを競っているかのようです。サバイバルがきびしい世界なので、研究熱心で戦略的になるのはしようがないのでしょうが、そこに熱心になりすぎると、じつは短命に終わってしまうかもしれません。
 僕たちはゲーム盤ができる前の段階に戻りたいと思っています。実際の都市の問題や生活の質は以前とは変わっていますから、それを新たに解釈しながら建築の組み立て方を考えたい。たとえば、ポストモダンの後にコンテクスチュアリズムがもてはやされたことがありました。敷地周辺や昔の地図を頼りに軸線を引っ張ってくるなどしたうえで、建築デザインを決定するという概念的な手法です。でも建築はあくまで実体として立ち上がってくるものです。単なる概念ではない。そこで現実の環境が良好なものになっているかという問題に関心がないのはおかしいと思いました。あくまで僕たちはデザインによって現実の環境を操作しているのです。このダイレクトな環境の操作を振り返ったとき、それが「建築」と呼ばれるべきだと考えています。「建築」という概念の更新を続けているのかもしれません。
原田麻魚(以下、麻魚) 私は同じようなことを、以前お世話になっていた象設計集団の樋口裕康さんに叩き込まれました。「われわれは文化や文明といった人間の総合的な前進を目指している。建築のために建築を建てるな」と言われていました。建築を目的とするのではなく、自分のつくった建築が何をなすのかをきちんと考えるように、ということです。建築界のなかでの相対的な関係性は一度置いておき、世界に自分の足で立って必要なことをする。そうすれば自然と建築界でのポジションもできていくと思っています。
真宏 建築をつくる方法論というとき、一般的にはその対象として「空間」を意識していますよね。空間にはさまざまな成分が含まれています。具体的な場所や経験する現象ということもありますが、空間の主成分は概念です。「空間がある」と指でさしてもそこには何もないという、きわめて知的なもの。そして「空間の構成」というときには、頭の中で透明なゼリーのような立方体を並べて考えるようなことをします。後期モダニズム以降の建築ではとくに、空間の構成や配置が設計対象とみなされていました。でも僕たちが本当に設計しなければいけないのは、総合的な環境だろうと考えています。環境は、「空間」と「場」に成分分析されます。場は、あるものが存在するときにまわりに広がる雰囲気のようなものです。建築家は昨今、概念上の空間操作手法一辺倒で設計してきたのですが、僕たちはそれでは足りないと感じています。概念上の方法論そのものを当然もっているしそれを使うのだけれど、「作家性」として標榜しないように気をつけています。向き合わなければならないテーマとして物性があり、そのまわりの場というものがあります。六面体の箱をつくり、そのまわりにベタベタと何か張り付ければ建築になるという考え方には違和感があります。建築家は空間のほかに物性、たとえば物自体がなりたがっている構成への感受性をもたなければいけないと思っています。
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