特集/座談会

本質を問う実験が始まっている 西沢立衛建築設計事務所 ホームページへ 藤本壮介建築設計事務所 ホームページへ

「ホワイトキューブの問題から始めたい」――藤森

藤森照信(司会) おふたりがつくっているような新しい次元の空間は、どういう発想で、何を手がかりに生まれるのか。それを探るのが今日のテーマです。それで、藤本さんとは何度か話しているけれど、西沢さんとちゃんと話すのは初めてなので、この機会にまず聞きたいと思ったのが、ホワイトキューブの問題です。
 ホワイトキューブ、つまり「白い立方体の箱に大きなガラス窓がついた建築」──これについてつらつら考えてみると、1930年前後にバウハウスが到達し、コルビュジエ(Le Corbusier/1887~1965)もそれに続き、ミース(Ludwig Mies van der Rohe/1886~1969)もやや重なっている。ホワイトキューブは20世紀建築のひとつの到達点であり、その後の原点ゼロに位置するわけです。日本でも戦前、バウハウスの影響を直接受けた山田守さんや土浦亀城さんはホワイトキューブをつくるけれど、意外とその後はあまりない。というのも、戦後はコルビュジエの打放しコンクリートとかピロティとかの強い造形の影響が圧倒的に出てしまった。一応、谷口吉生さんと槇文彦さんはホワイトキューブの基本的な体質をもっていたので途絶えはしなかったけれど、あのふたりも白くはしなかったんです。
 最近、ミースの数少ないホワイトキューブとして知られる「トゥーゲントハット邸」(1930)の改修が始まって壁をはがしたら、じつは以前の壁はクリーム色だったことがわかった。だから、ほんとにホワイトキューブをやったのはバウハウス、グロピウス(Walter Gropius/1883~1969)で、ミースはそうでもなかったんです。むしろやったのはコルビュジエだけれど、それも「スイス学生会館」(1932)以後はやってない。こうしてみると、ずっと続いていると思っていたホワイトキューブの流れは、いったん世界的に消えていたわけです。
 ところが、それをSANAAの妹島和世・西沢立衛コンビがつくり出すんですよね。普通、ホワイトキューブといっても横長だったりするんだけれど、ほんとの真っ白なキューブで、あんなの、世界にありませんよ(笑)。
西沢立衛 ホワイトキューブということは、じつは今まであまり考えたことはなかったんです。美術の展示空間のことをホワイトキューブと言ったりするけれど、建築用語としてはあまり一般的ではなかったし。
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