特集/座談会

「歴史家として、こんなにおもしろい時代はない」――藤森

西沢 欧米の建築家を見ていて、これはかなわないなと思うのは、レムもゲーリーもジャン・ヌーヴェル(Jean Nouvel/1945~)もそうだけれど、増築的というか全体像なしでどんどん足してつくっていく感じがするんですよね。足し算的というのか、あのダイナミズムは僕らには決してできないと思います。僕なんか、逆にどんどん削ってシンプルにしていってしまうから。
藤森 それはやはりガウディ(Antoni(o)Gaudi/1852~1926)を生んだり、石の造形が基本の土壌だから、そのトレーニングの差、彫刻の伝統ですよね。日本は日光東照宮程度しかないけれど(笑)、向こうはひたすらそれをやってきたから。われわれは彫塑的な能力はやはり欠如していると思いますよ。
西沢 それで建築に向かうわけだから、相当無謀でしょうか(笑)。
藤森 無謀だけど、逆にそれが向こうから見ると、なんであんな不思議な透明性のあるものができるのかということになるわけです。
西沢 ヨーロッパの人たちは、僕らのことがよくわからないというのはあると思いますね。「感覚的だ」みたいなことは、よく言われます。
藤森 感覚だと言われるのは、言葉が追いついていないだけですから。言葉の先を行くのはものすごく大事なことです。
 それに、現代の世界で、土地の上に独立した一個の建物をつくれるなんて日本ぐらいで、今あなた方若手の実験を可能にしているのは日本の戸建て住宅ですからね。ともかく、施主がひとり納得してくれればいいわけで、ひとりぐらいいますよ(笑)。森山邸だって、あれを最初にやる人は森山さんぐらいしかいない(笑)。
 今、日本の建築家が世界の先端にいる理由のひとつは、建築の基本的な本質の一つひとつについて、そういう実験が始まっていることにあるんです。上とは何か、斜めとは何か、壁とは何か、座るとは何か。木があるとは何か。中でメシを食うのと外でメシを食うのは何が違うか。そういう、本人も気づかずにやっているバラバラな実験がいずれひとつになると思う。
 けれど、実験で困るのは普通の人にはわからないということですね。ノーベル賞をもらった人の話を聞いてもわからないのと同じで、プリツカー賞をもらった人のことも、普通の人はなかなか理解できない(笑)。でも、それはいずれ一般の人々の生活にも響いてきますから。具体的にどう影響するかというと、たとえば今のトイレとキッチンは20世紀建築がつくったもので、その前のトイレやキッチンは見えない舞台裏に全部隠すものだった。それをバウハウスが表に出してきたんです。
藤本 僕らがやっていることも、もしかしたら100年後には少しは一般の住宅にも反映されているかもしれない。
藤森 そう。だから、人類のためにすごく大事な実験をやっているんですよ。ただ、実験というのは、はずれる場合のほうが多いですからね(笑)。アールヌーボーからバウハウスに行き着くまでの30年間も、教科書には成功例だけしか書かれないからほとんど知る人はいませんが、じつはさまざまな失敗があったんです。実験の時代には欠落と過剰が同時に起こって、わけがわからなくなるからね。
 非常にわかりやすい例で言うと、コンクリートそのものの表現は何かという大テーマがあります。
 世界で初めて打放しをやったのはオーギュスト・ペレ(Auguste Perret/1874~1954)ですが(「ル・ランシーの教会」1923)、その後、本野精吾が「コンクリートそのものが打放しではないのではないか」という疑問をもつんです。それはまったくそのとおりで、コンクリート打放しは型枠の表現なんです。そこで、本野はコンクリートを打った後、表面をびしゃんで叩いてはつるんです(「旧鶴巻邸」1929/『TOTO通信』2001年春号「原・現代住宅再見」)。だけど、原理的に考えすぎて、誰にも理解されないまま消えてしまった。ちなみに、ペレは最初に始めたけれど、お金ができてくるとすぐ上から大理石を張ってしまう(笑)。本人が新しさに気づかないでやめてしまった。それから、世界で2番目に打放しをやったのはレーモンド(Antonin Raymond/1888~1976/「レーモンド自邸」1924)で、コルビュジエ(「スイス学生会館」)より先にやってるんです。でも、自信がなくて途中でやめたりして、また再開している。
 今はごくありふれた打放しコンクリートがモダニズムとして定着するまでにも、それだけいろいろな紆余曲折があったんですよ。
 そういう欠落と過剰の時期を経て、次の新しいものが生まれてくるんです。ヨーロッパはそうした時代を一度味わった。今はいわば2度目の実験の時代で、創造の手本がない時代ですね。
 僕は歴史家として初めて、そんなふうにわけがわからない豊かな時代を迎えたわけです。こんなに幸せなことはないし、見ていておもしろくてしかたがないですね。
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