特集5/ケーススタディ

鏡の中で視線が交差しない

 設計ハードがないわけではない。しかし、それは設備やハードのルールではない。「鏡の中で視線を交差させない」こと。
  美容室を特集テーマに取り上げるにあたって編集部では女性たちに事前にインタビューを試みた。そこで出てきたのは、彼女たちの多くが顧客として美容室に避けてほしいと願う項目のなかで、技術を除いて最も多く挙げられたのが、意外にもと言うべきか、当然と言うべきか「視線の交差」という事実。これは驚くほど根強い。
  多くの美容室では相対する壁際に向かって髪をカットしているケースをよく見る。しかし、あまり口には出さないらしいけれど、聞いてみるとこの常識的な配置への嫌悪感は強い。耐えているのは「仕方がないから」。
  彼女たちは鏡の中で、ほかの女性たちと目を合わせない努力をひそかにつづけているという。席数を少しでも多くという、スケールを求める店にとってはやむをえずとられるこの配置は、インタビューした限りはタブーに近い。聞いてみると美容業界では周知の事実だという。しかし、どちらを優先するか。店の都合か、客の都合か。美容室の設計のしつらえのポイントのひとつはどうやらこのあたりにあるらしい。
  熊沢さんは設計するにあたって徹底的にこの原則にこだわる。
  スタイルでは鏡をランダムに並べた。設計段階ですべてにわたって視線の交差をチェックしたという。座ってみるとわかった。空間の広がりは驚くほど広いものに感じられる。ほかの客と視線を交差させないことによるもうひとつの効果だ。
  ウィスタリアフィールドではどうなっているか。2階南向きの壁、西向きの壁にカット用の鏡が用意されている。ここでも視線はまったく交差しない。そして最も嫌われる、大きな鏡の前に平行に並んで座ることによって起こる、隣同士の視線の交差を、鏡を個々人用に小さくすることで完全に断っている。
  2階の空間中央部分に置かれたのはシャンプー台。低いパーティションでさえぎられ、立ち上がるまで視線が交差することはない。
シャンプー台は低いパーティションによってかなりの程度まで半個室化されている。個室化はある意味で、時代の流れのなかにあるといっていいだろう。室内の一番奥、見えない場を求めるかのような一般的な配置はここでは取られていない。逆にあえて中央に置くことでカットの場を生かし、シャンプー台を個室化している。写真を見るとおわかりだろうが、シャンプーの場は暗くしつらえられている。藤田さんは「中央の明かりを基本的に切っている」。そのことによってシャンプー台に横になるときの快適さを演出し、なおかつカットの場を明るい戸外感覚のなかに置いている。

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