ケーニッヒ・フォン・ウンガルン ケーニッヒ・フォン・ウンガルン ホームページへ

 チェックインすると予約したのとまったく違うタイプの部屋に案内され、「まあ、いいや」と思ってしまうことがある。しかしその逆もある。
 ウィーンのホテルはクラシックで立派なものが多いが、そんなものに連泊するわけにはいかないとばかり、シュテファン大寺院裏の小さなホテルにチェックイン。ホテル名は「ハンガリーの王」という意味。確かにオーストリアの皇帝がハンガリー王を兼任していたことはあるが。
 ぼんやりとキーを渡され、部屋に入って声をあげた。改装とはいえ、壁はすべてバーチ材の練付け合板で45度の斜め張り。無粋な内装制限などないようで、すべて天然木合板。縁は山型断面の同材でソリッド。つまり格天井のような壁なのだ。壁を仔細に調べておそろしく高い施工精度に感心。縁はすべての交点で「止め」が合っているではないか!  たぶん下地はMDFボード(*1)で、鏡板を糊とタッカーでまず張ったのだ。縁材は長物を先に使い……。帰ったら内装屋にたずねてみよう。
 隣り合う展開面ともきれいな「止め」。短辺はきれいに割り切れている。あるいは割ってモデュールを決めたか。コンセントなどは厚い幅木に付いているから壁を傷めずに幅木内配線を実現している。回り縁上の小壁と天井の接する入り隅はアールの漆喰。
 実測製図は大変だ。モデュールがはっきりしていると測るのは楽だが作図はおろそかにできない。小さな三角スケールだけの手描きでは製図に時間がかかる。妻はあきれて買い物に出かけてしまった。
 家具などはすべてアンティーク風木製で無造作。内装がこうだから家具はあえて田舎臭くしている。カントリー調といえなくもないが、それに陥っていない。照明はウィーンのシャンデリア。なかなかうまいと、舌を巻いて眠りが浅かった。
 バスルームもそうだ。石など使わずタイルだけ。タイルには白大理石のビアンコ・カラーラを模して斑が入っているのだが、リピートがわからないほど製造に工夫をしているから自然にみえる。これもまたタイル張りの施工精度がきわめてよい。
 ふたつのベイスンは先端にパイプの脚があるタイプでエプロンの厚さは65㎜。脚はじゃまにならないし、そのほうが安定している。無理にキャンティレバーで取り付けることはないのだ。
 このホテル、16室ほどと小さい。歴史は古く1746年からあるらしい。1階はレセプション、ロビーを兼ねたクラシックなウィンター・ガーデンとレストラン。このレストランもいい。というより白アスパラの茹で方が絶妙でおいしかった。
 立地がとてもよく、ホテルから歩いて10分足らずでオットー・ワグナー(*2)のあのウィーン郵便貯金局に行ける。
 ウィンナワルツとトルテとカフェと世紀末建築だけだったウィーンのイメージは、このゲストルームですっかり変わってしまった。日本の施工が最高だと思っていただけに、この改装にはガーンとやられていろいろ感心させられた。
 犬も歩けば棒にあたる。

*1
medium density fiberboard の略。木質を原料とした中密度繊維板。湿気に弱いが家具の扉などに多く用いられる。
*2
Otto Wagner(1841~1918)オーストリアの建築家。近代建築の理念を表明し、新しい造形を目指したウィーン分離派に参加。「ウィーン郵便貯金局」(1906、1912)、「シュタインホーフの教会」(1907)などが著名。
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