特集1/エッセイ

 とんがった空間、人目をそばだてるしつらいで、店へやってくる客に印象づける。うちっぱなしのコンクリート、わざとらしくさけ目を入れた天井、ゆがみをはらんだ壁……。そんな細工で、店をきわだたせようとするところは、美容室のほうが多かろう。
  あるいは、この頃だったら、いやしの空間演出にこる美容室も、あるかもしれない。インテリアの工夫でアロマ効果をかもしだす、スパ気分をあじわってもらう。そういう今時のはやりになびくのも、どちらかといえば美容室のほうだろう。
  職人気質の理髪師なら、こういうつくりをいやがると思う。うちは、おれの腕にまかせるというお客さんだけがきてくれれば、それでいい。店のつくりは、ふつうのそれでけっこうだ。ややこしいかまえは、いらない。カリスマさんが意気がっている美容室じゃああるまいし、と。
  建築家やインテリアデザイナーにあれこれ注文をだし、一風かわった店にする。あるいは、建築がらみのアーティストたちが、腕によりをかけようとする。それも、うたがいなく、美容室のほうなのだ。
  カリスマがしきっている美容室になると、この傾向はよりはっきりするだろう。当人じしんが、店内を舞いおどる。そのための舞台ででもあるかのように、考え出すむきさえいるかもしれない。
  建築関係者には、美容室のほうが、仕事をしておもしろいような気もする。空間のあそびに経費をかける度合いは、散髪屋より強いだろうから。そして、そこでかかったコストは、けっきょく客がしはらうことになる。散髪代より美容料のほうが高くなる一因は、こんなところにだってあるのかもしれない。
  私事にわたるが、私も以前は建築の勉強をしたことがある。今はすっかり足をあらっているが、昔は建築家になりたいと思っていた。大学では、工学部の建築学科にすすんでいる。
  関連のある授業として、土木の講義もうけた。そこでであった土木の教授がかたった言葉は、今でもおぼえている。
  もう、30年も前の話である。21世紀の今日なら、セクハラ発言としてたしなめられる授業だったかもしれない。しかし、とにかく、くだんの先生は、こういうことを言ったのだ。
  建築家の仕事なんて、女の化粧となにほどもかわらない。建物の表面を、こぎれいにしあげているだけだ。そこへいくと、土木は違う。見てくれにこだわるのではなく、工作物の骨組にいどんでいる。これこそが、男子の仕事ではなかろうか、と。
  建築学科のなかでも、構造力学の先生たちは、同じようなことをのべていた。色や形をとやかくいうのは、女をかざる美容師みたいな仕事である、と。
  そういえば、土木の技師も、名前はあまり聞こえてこない。誰それの設計したトンネル、橋といった話は、世間にとどかないのである。だが、建築家の場合は、その名がしばしばなりひびく。くらべれば、理髪師より美容師に、そのありかたはちかいのかもしれない。
  私の学生時代には、土木にも建築にも、女子学生はほとんどいなかった。しかし、その後、建築をこころざす女子学生は、どんどん増えている。デザイン志望の者にかぎれば、もう五分五分といった割合になっているのではないか。

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