展覧会レポート
「偶然は用意のあるところに」の場合
レポーター=酒村祐志
西澤徹夫建築事務所では、これまで15年間の間に全56件のプロジェクト※1を手掛けてきた。2022年5月、「偶然は用意のあるところに」展の準備は始まった。
※ 1 公共建築 4/住宅 7/展覧会 30/商業 3/計画案 6/家具・その他6(2022年5月時点)
本展の場合、出展作家と本展のキュレーターという役割が加わることがこのプロジェクトの特徴である。翌23年9月のオープンに向けて、これらを同時並行で進めなければならない。
展覧会の骨格である〈異なるふたつのプロジェクトの断片をペアで並べる〉という展示構成の方針は、比較的早い段階で決まった。ただし各プロジェクトの進行中に制作した模型は多少残ってはいたものの、基本的にプロジェクトが終わると模型はすべて廃棄してきたため、また残っている模型も上記の方針とは異なるため、ほとんどの模型を新しく制作する必要がある。また、その方針だけではどのプロジェクトを展示すべきか、ペアの組み合わせ、断片の切り取り方、素材は何を使用すべきかなど、それぞれの断片(展示物)がどうあるべきかは導き出すことができない。加えて、同じプロジェクトを別の切り取り方で複数回展示することも考えられる。選択肢は膨大にある。
そこで、まずいくつかのペアを仮決めして会場模型に配置してみることから始めた。たとえば、「京都市京セラ美術館」と「西宮の場合」のペアなら、アプローチの重要さをテーマにできるのではないか、そして「京都市京セラ美術館」であればファサードが入口からすぐに目に入るという〈つかみ〉の効果があるのではないか、ということから、展示計画の初手としてこのペアを正面壁に配置してみた[写真1]。
写真1:完成した「京都市京セラ美術館 京セラスクエア」模型(左)と「西宮の場合 ファサードと躯体」模型(右)。
© Nacása & Partners Inc.
「京都市京セラ美術館」の〈改修時に新たに挿入したスロープによって前面道路と繋がること〉を表現するには、レベル差を明示するためにある程度のスケールが必要だ。だが、あまり模型が大きくなり過ぎても他の模型の鑑賞の邪魔になる。対して「西宮の場合」では、〈駐車場を兼ねたスロープによって坂道の前面道路と背後の森を繋げる〉ことを表現するために前面道路と背後の森を制作する必要があり、背後の森の制作範囲をよく検討しなければ模型全体が大きくなりすぎて他の展示物の鑑賞を妨げてしまう恐れがある。また前面道路の坂道を表現すると、什器の間口が大きくなり鑑賞のノイズになってしまうので、什器と道は切り離して考えてみる。
上記のような模型のスケールや制作範囲の他に、模型の素材や作り方をどうするか、という課題もある。いくつかプロセスを振り返ってみよう。たとえば、「京都市京セラ美術館」では、スロープのインターロッキングブロックの表現を印刷ではなく、実物と近い色合いのテキスタイルの織り目を利用して模型の模型をつくってみる[写真2]。それに対して、「西宮の場合」の前面道路のアスファルトには肌理のないフェルトを当ててみたところ、模型前面=アプローチに意図がフォーカスされるように、背後の森は紙粘土で粗く造形して白く塗ってしまうのが良さそうだ。この森の塑像性に対して、住宅本体は印刷したペラペラな紙で仕上げ、模型上の対比をつくってみる(ファサードも壁一枚しかつくらない)[写真3]。そしてマテリアルを印刷するという手法は、他の模型には展開しない。
写真2:「京都市京セラ美術館」のスタディ模型。
©西澤徹夫建築事務所
写真3:「西宮の場合」のスタディ模型。
©西澤徹夫建築事務所
これに隣接する「八戸市美術館 ジャイアントルーム」模型では、家具を相当数つくる必要があるため、必然的にレーザーカットで制作するのが望ましい。その場合、小口に焼き跡が発生するので、全てカラースプレーで表現するという制作上合理的なルールをつくる[写真4]。そのことは「西宮の場合」のマテリアル感と対比になっていいかもしれない。
また、「八戸市美術館」は館を構成している2つのエリアである「ジャイアントルーム」と「個室群」をバラバラにした上で、そのことがよりわかるように展示階を3、4階に分けたい。3階の「ジャイアントルーム」の模型の1/30というスケールは、4階の「個室群」と「東京国立近代美術館 リニューアル」模型とのペアが展示壁の長さにちょうど納まるスケールでもある、というように決める[写真5]。そうしてもう一度、3階の「西宮の場合」の模型の壁からの突き出しと1/30の「八戸市美術館 ジャイアントルーム」の間に適切な離隔距離が取れているかを確認する。
写真4:完成した「八戸市美術館 ジャイアントルーム」模型。レーザーカット、カラースプレー塗装の家具類。
© Nacása & Partners Inc.
写真5:完成した「八戸市美術館 個室群」模型(左)と「東京国立近代美術館リニューアル 第2回『MOMATコレクション』」再現模型(右)。
© Nacása & Partners Inc.
このようにとりあえずの決定を繰り返しながら、徐々に全体がしっくり来るところまでマテリアルの仮置きを繰り返しながら、展示室の大きさ、展示壁のコンディション、模型のスケールや展示順序、互いに鑑賞の邪魔にならないような動線といった要素を展示模型に落とし込んでみる[写真6、7]。そうして、模型のスケールは適切か、それによってペアで浮かび上がるテーマが失われてしまわないか、上下階のプロジェクトの種類の分配(公共プロジェクトや展覧会プロジェクトなど)や複数回展示されるプロジェクトの情報の棲み分け、展示方法(台置き・壁掛け・床置きのバランス)などをその都度チェックしながら、再び個別の模型表現やペアリングに立ち返る。
こうしたとめどもないプロセスを経て、とりあえずの決定がいつの間にかペア間の関係性を超えて、他の模型の大きさや使用素材の根拠になっていく。このような一連のプロセスは他のプロジェクトにも通ずるよう感じる。そうして展覧会としての厚みができたと自負している。
写真6:模型の配置を検討するためのTOTOギャラリー・間模型(3階/GALLERY 1)
©西澤徹夫建築事務所
写真7 模型の配置を検討するためのTOTOギャラリー・間模型(4階/GALLERY 2)
©西澤徹夫建築事務所
スタディ風景。「東京国立近代美術館 リニューアル」模型(左手奥)、「八戸市美術館 個室群」模型(右手奥)、「八戸市美術館 ジャイアントルーム」模型(右手前)、「907号室の場合」模型(左手前)のスタディ模型。
©西澤徹夫建築事務所
完成した3階/GALLERY 1 会場。
© Nacása & Partners Inc.
完成した4階/GALLERY 2 会場。
© Nacása & Partners Inc.
酒村祐志 Yushi Sakemura
1996年福岡県生まれ。2017年有明工業高等専門学校卒業。2021年工学院大学卒業。現在、西澤徹夫建築事務所勤務。