外観は、街にあふれる、普通の建売住宅にも見える。建築家の作品らしくないが、日本の住宅街の風景は、こうした建売住宅がつくっている。 その建売住宅を、建築家の大室佑介さんは、シンメトリーや比率などの規律を整えることで、サポートした。
作品 「 HAUS-004 桜台/建売住宅」
設計 大室佑介
売主 不動産会社 第一管財
司会・まとめ/大井隆弘
写真/浅田美浩
2階LDK。
建売住宅の標準仕様を用いながらも、天井の勾配を黄金角(約137.5度)とし、柱や窓をシンメトリーに配置するなど、古典建築のような規律を表現しようとしている。
土地と設計をセットで売る
まずはプロジェクトの経緯を教えてください。
大室佑介この住宅は、もともと僕の祖父が相続税対策のために用意していた土地に立っています。この土地には、当初木造の戸建住宅が立っていましたが、「もう老い先短いから」と、更地にして備えてくれていました。ですから、このプロジェクトのスタートは、祖父が亡くなったとき。相続だけを考えれば、単純に土地を売却するだけでよかったのですが、僕自身もこの桜台で育ちましたし、普通の建売住宅が立つのは悲しいと思いました。そこで、土地だけではなく、建物の設計もセットで買ってくれる不動産屋さんを探すことにし、購入条件や担当者の人柄を踏まえて、第一管財さんにお願いをしました。
すると、売却先を検討する段階ですでに設計がされていたのですか。
大室町の不動産屋さんのガラスに、よく物件の資料が貼ってありますが、そのほとんどに平面図が載っています。そこで、相談のために必要なものは平面図だろうと考え、ほかの資料はさておき平面図だけ先行して用意していました。
第一管財の担当者全部で3案ありましたね。確か、平屋の案がひとつと、2階建ての案がふたつ。
大室そうでした。僕は平屋が気に入っていたので、2階建ての案を見ていただいた後に、本命として平屋の案を提案しました。ところが、提案した途端に一蹴されてしまった(笑)。
第一管財すみません(笑)。それは、需要の大小から判断しました。この敷地は30坪ほどですが、2階建てにすれば、2台の駐車場付きで、4LDKの住宅をつくることができます。しかし、平屋で2台の駐車場付きにすると、せいぜい1LDKにしかならない。同じ価格で平屋を購入してくれる買い手は、ターゲットとしてあまりに少数です。注文住宅ならよいのですが、建売住宅としてはリスクが大きく、会社としてなかなかイエスとは言えませんでした。
2階建ての案は、どのようなものでしたか。
大室ひとつは、リビングが1階で個室が2階にある案、もうひとつは、リビングが2階で個室が1階にある案です。最終的には後者が採用されました。つまり、家族が集まる場所の環境を優先する形になりました。
第一管財ここ10年ほどの話ですが、練馬エリアは、大きくニーズが変化しているようです。私たちの経験では、かつては1階にリビングを配置する住宅がほとんどでしたが、最近は2階にリビングを配置するものが主流になっています。練馬エリアに限れば、個室よりも家族の団らんのための空間を重視するようになった、と説明できるかもしれません。
大室 その話を聞いたときはとても驚きました。僕はこの桜台で育ちましたし、それなりにエリアの状況を調べて図面を作成しました。ただ、不動産の専門家というのは、それとは比較にならない大きなデータをもっているんですね。逆に説得される形になりました。当時このエリアでは、競合する新築物件が20件もあったそうです。そのなかで買い手が付く設計をする必要がありました。
売り手にとってはチャレンジ
当初案から大きな変更はありましたか。
第一管財それほど大きな変更はありませんでした。南側のバルコニーを広くしてもらったこと、それから北側にも小さなバルコニーを付けてもらったことくらいです。ただ、最終的には3LDKになったのですが、会社としては4LDKを希望していました。不動産の仲介業者さんからも、「どうして4LDKにしなかったの?」とよく質問がきましたが、私たちも4LDKのほうがターゲットが多いと判断していたんです。ただ大室さんは、4LDKにした場合のリビングの狭さに言及し、3LDKを推しました。大室さんの主張がなければ間違いなく4LDKにしていましたから、会社としてはチャレンジでした。
それで、実際の売れ行きはどうでしたか。
第一管財まず竣工後3カ月から4カ月で売れれば、と計算していました。実際、2015年の9月に本格的な売り出しを始めて、1月の上旬に売却。競合が多いなかで十分な成果が出たと思います。3LDKで不利かと思っていましたが、広いリビングを気に入っていただいたようです。
大室売れたと聞いたときは、ほっとしました(笑)。購入された方は、普段、建売住宅などの施工も手がける建設関係の方でした。何軒か見てまわったそうですが、「ここは、ほかとは違う」と(笑)。
工務店の標準設計に従う
第一管財さんが手がける住宅には、標準設計がありますか。
第一管財標準設計をもっているのは、いつも施工を依頼している工務店さんです。さまざまなメーカーの商品を吟味した、オリジナルの標準設計資料があります。その資料は、住宅設備や材料が複数の選択肢から選べるようになっています。
大室この住宅は、その標準設計の資料の範囲内で設計をしました。コストが増えないように設備や材料を選んでいっただけです。強いていえば、第一管財さんからの希望で、外壁に使用しているサイディングやフローリング材のグレードを上げたくらいですね。
第一管財 それにもかかわらず、この建売住宅がデザイナーズ物件だと認識されたことはおもしろかったですね。仲介業者さんから「これはデザイナーズですか」と質問がきました。やはり、普通の間取りやデザインではないことがわかったようです。
建売住宅のシンメトリーや比率を調える
それはシンメトリーを基調にしているからでしょうか。
大室そうかもしれません。この住宅は、シンメトリーや黄金比、白銀比といった、いわゆる美にまつわる古典的な建築言語を用いて設計をしています。昔から有効性が確認されてきた比例や構成に力を借りた形です。しかし、たとえば西洋の神殿を思い浮かべてください。神殿は広場や丘の上に立っていて遠くから眺めることができますが、この住宅の前面道路は4mしかありません。建物全体のプロポーションが確認できるような敷地ではありません。ただ、そうした敷地や環境にあっても、そのような建築言語が効力を発揮するのではないか、と期待をしました。どこにでもある建売住宅が、それだけでどう変わるのか。そもそも、工務店さんが長年培ってきた標準設計に従うことで、建売住宅としての品質は保たれます。そのうえで、より美的な効果の有無を確認すること。それがこのプロジェクトの要点です。
比率について、もう少し具体的に教えてください。
大室建物正面を見るとわかりやすいと思います。玄関とバルコニー部分は、サイディングの種類を変えています。この部分に使用したのは、白銀比という比率です。これは、A版の用紙と同じで、普段よく目にするため黄金比よりもなじみ深い比率です。最近ではランドセルもA版の比率を採用していますよね。玄関は人を迎える場所なので黄金比よりもなじみがある白銀比を採用しました。
大室さんは、磯崎新さんのアトリエで勤務していました。磯崎さんというと、「住宅は建築ではない」との有名な発言をされていますが、大室さんは住宅でも建築美を求めています。
大室その発言は、大家族が核家族となり、さらに個人へと解体されていく社会単位の変化を念頭に、そこに建築家が形を提案する意義を疑問視したものです。建築家は、住宅よりも公共のための建築をつくるべきではないのか、と。また、僕はそのなかに、事物の美に関する基本的なルールを参照しない建物は「建築」ではない、というような意味も含まれていると広く解釈しています。それは、磯崎さんがこれまで設計された公共建築のなかに、古典的な建築言語がはっきり見てとれるからです。だから、そうしたルールを用いて設計ができれば、建売住宅さえ「建築」になりうるのではないか。それを建築家が言いつづけていく必要があるのではないか。そんな考えから、この住宅では「建売も、規律正せば、よいお家」というスローガンを掲げて取り組みました。これは、磯崎さんの発言に対する今の僕の答えでもあります。
建売住宅にも建築美を
工務店さんの標準設計どおりの「建売住宅」でありながら、古典的な建築美を目指している。
大室そうです。地震に対する備えから、金物などを増やして構造強度を上げる配慮はしましたが、設備や材料は工務店さんからいただいた標準設計のまま。そこに示されていない比例や構成のみに注力しました。ただ、その結果現れるシンメトリーの構成などは、建物の売買の話からは大きく離れますので、第一管財さんにはあまり気付かれないように進めました(笑)。
第一管財いや、気付いてましたよ(笑)。毎日たくさんの建売住宅の平面図を見ていますから、いつもと違うものはすぐわかります。ただそうした建築の美意識も、大室さんはできるだけ不動産屋の立場から説明を試みてくれました。たとえば、1階の個室のクロゼットに扉がないのは、少しでも空間に広がりをもたせようとしたからだそうですが、「部屋は4畳半ですが、こうすれば5畳半と表記できます」といった説明をしてくれました(笑)。また、私たちには天井を低くするという考え自体がなかったのですが、廊下の天井などは意図的に高さが下げられています。こうすると、個室に入ったときにより広く感じると説明を受けましたが、出来上がるまでは正直不安でした。でも確かにそうなっているんですよね。驚きましたし、とても勉強になりました。
最後に今後の展望についてお話しください
大室今回のプロジェクトは、私は身内でもあり、建築家でもありました。祖父による相続の準備から、実際に土地が売却され、建物が立ち、住み手へと渡っていく一連の過程を確認できました。結果として今考えていることは、建築家が不動産関係の理論にもっと興味をもち、知識を身に付けていく必要があるということです。そして、今回のようにサポーターの役割を担うことも建築家の職能としては重要な意義がある。もしこれが大きな流れになれば、日本の建売住宅が、そして街が、もう少しよくなるかもしれない。その可能性にかけて、しばらくはこの取り組みを続けてみようと思います。
第一管財そうですね。建売住宅は基本的に私たち側の理論を反映して供給されます。しかし、毎回必ず設計をする人がいる。そこに大室さんという建築家が入ったのが今回のプロジェクトです。その結果、建売住宅の設計をとおして、会社としても間取りや天井高など、さまざまなチャレンジができました。明らかにいつもとは違う、しかし予定どおりの工期、コストで実際に売却できる住宅が立ったのです。リスクを回避すべき立場としては大きなチャレンジでしたが、得たものも大きかった。ぜひまた一緒に仕事がしたいです。
文/大井隆弘
「HAUS-004」は、建築家の大室佑介さんが、売主である不動産会社の提示した標準仕様に従って設計した建売住宅である。ただし、その過程においては、屋根勾配に黄金角、玄関ポーチに白銀比を採用するなど、美に関する古典的な建築言語の使用が試みられている。ここで大室さんが掲げたスローガンは「建売も、規律正せば、よいお家」。では、その行為はいったい何を狙ったものだったのか。建築美学の歴史を踏まえ、大室さんの言葉の選択に注意しながら検討したい。
建築美学に関する最もまとまった著書のひとつ、建築史家・井上充夫の『建築美論の歩み』(鹿島出版会)によると、近世以前の美とは、「最高の価値」に従属させる希望的見解であり、その価値に対する形容詞であったという。ここで「最高の価値」とは、古代はおもに善や有用性、中世は神や自然、近世は真理や自然法則を指す。しかし、これらの従属性は後にカントらによって否定され、美の独立性が認められるようになった。黄金比に美を認める人は多いが、それは善や神はもちろん比例自体とも無関係であり、あくまで人間の内在的な感覚である。ところが建築の世界では、機能=美のように、美を従属させる傾向が根強く残った。それが、近代建築の美を考える際の障害になったのだ、とこの本は指摘している。
すると、まずこの住宅からわかることは、「最高の価値」に付随させようとする美の従属的傾向を逆説的に否定していることである。すなわち、ここでいう「最高の価値」をもつわけではない建売住宅と美とを結びつけようとしている。そして、スローガンに「美」ではなく「規律」という言葉を選んだことは、比例やシンメトリーに美を従属させまいとし、機能主義や近代主義が美の扱いに未発達であったことに敏感であろうとする意識の現れのように思える。大室さんは、建売住宅の標準を積極的なまでに受け入れ、古典的な建築言語の適用に終始することで、何か近代建築への反省の仕方を探っているのではないだろうか。