08年からの10年間は、丸の内再構築の第2ステージとして、第1ステージで生まれた賑わいを大手町・丸の内・有楽町の全域に波及させることを目指している。第2ステージのテーマのひとつは「歴史・芸術・文化」。丸の内の歴史を振り返ると、1890年(明治23年)に同社の前身である三菱社が政府の要請により一帯を購入、1894年(明治27年)にはジョサイア・コンドルの設計による最初のオフィスビル「三菱一号館」が竣工した。明治40年代には、馬場先通りに赤煉瓦のオフィスビルが建ち並び、その異国情緒あふれる街並みが「一丁ロンドン」と呼ばれたのはご存じのとおりだ。
三菱一号館は、1968年に取り壊されたが、09年4月に当時の姿に忠実に復元された。これは第2ステージの第1弾プロジェクトにあたる「丸の内パークビル・三菱一号館」計画の一環で、同計画は三菱商事ビル、古河ビル、丸ノ内八重洲ビルの3棟のビルを建て替え、高機能なオフィス機能と商業機能の複合ビル「丸の内パークビルディング」の新築と、「三菱一号館」の復元を同時に行うというもの。「三菱一号館」の復元にあたっては、同社が保管していた当時の図面や部材などに基づき、可能な限り忠実に復元された。約230万個の煉瓦についても、当時の製法にこだわり、中国で一つひとつ成型して製造したという。そして、2010年4月6日、「三菱一号館美術館」として開館したのちは、丸の内の文化情報発信拠点として活躍することになる。