自然界の光のゆらぎを照明に活かし、さらに深いリラックスを生む浴室へ
上質で心休まる穏やかな時間をすごすためのシステムバスルーム「シンラ」。住まいで過ごす時間が長くなってきたことから、入浴でさらにリフレッシュ・リラックスしていただけるように、2022年10月に新アイテムを追加しました。浴室内のコーディネートを充実させ、調光調色システムもバージョンアップ。開発に携わった村上香織さん、大谷寿実さんにそのプロセスと、新しくなった「シンラ」の魅力について語っていただきました。
2022年11月29日

2026年9月15日

TOTOの浴室用 「お掃除 ラクラク鏡」は、2016年の発売以来、「水あか汚れがつきにくくお掃除がらく」と好評を得ている商品。累計200万枚以上もの出荷実績を記録しています。その機能を実現したのはDLC※コーティング。それまで自動車などに使われていた技術を初めて浴室用鏡に取り入れるには、さまざまな試行錯誤がありました。それぞれ異なる部署に所属する3人の技術者に、開発に携わる苦労や課題を解消した打開策などについて聞きました。
※DLC:ダイヤモンドライクカーボンの略。ダイヤモンドと黒鉛(グラファイト)の中間的な構造を持つ、炭素を主成分とする非晶質の薄膜素材。「硬さ」と、薬品などに侵されにくい化学的な「安定性」を併せ持つ

先端マテリアル研究部
石川 和宏 さん
2003年入社。材料物性学専攻。入社後は製造部門を経て2010年より総合研究所にて、熱電材料や「きれい除菌水」「お掃除ラクラク鏡」などの研究開発に従事。分析・材料部門のマネジメント業務を経て、現在に至る。

浴室開発第二部 特需開発グループ
目木 嘉 さん
2004年入社。機械工学専攻。大学の研究室では、金属材料の摩耗・摩擦に関わるトライボロジーを研究。入社後は技術部門でユニットバスルームの壁パネルやメッキ部材などの材料加飾・表面改質開発を担当。海外出向を経て、現在は主に中国向け商品の企画・開発に従事。

マテリア・製造部 マテリア・製造グループ
伊佐治 旭大 さん
医療専門職やメーカー勤務を経て2006年にTOTOマテリアへ入社。製造部門での工程管理やIEを用いた現場改善、QCサークル指導等を担当。2017年より製造・品質管理部門のマネジメントに携わり、現在は製造部 製造グループのグループリーダーを務める。
「お掃除 ラクラク鏡」のDLCコーティング技術とはどんなものですか?
石川 鏡の表面にDLC(ダイヤモンドライクカーボン)という厚さ10ナノメートル※の極薄の膜をコーティングすることで、水あかの固着を防ぐというものです。2016年2月から浴室の鏡に標準搭載されています。
※10nm=10万分の1mm
それまでは、浴室の鏡の表面に水あか汚れがウロコ状について見えにくくなってしまうこと、そしてその汚れが落としにくいということが、大きな課題になっていました。これは、水道水に含まれるシリカ由来のケイ酸が、鏡の主成分であるシリカと化学結合してしまうために起きる現象です。
そこで、鏡の表面に薄い膜をコーティングすることで、水あかが鏡の表面と結合しないようにしたのです。これで、水あかがこびりつくこともなくなり、簡単に拭きとれるようになりました。
もともとは自動車部品や機械部品などに用いられることの多かった技術です。鏡への適用はTOTOが初めてでした。

そもそも浴室の鏡の役割は?
目木 よくヒゲを剃ったり、自分の体型を確認したり、意外と利用していますよね。何よりも浴室内を広く感じさせる効果もあります。しかし、水あかが付いて見えにくくなってしまうとそうした利用もできなくなります。しかも水あかを落とすための掃除用具を使わないとなかなかきれいにできません。鏡の水あかは、多くのお客様から困りごととして寄せられていました。
DLC採用のきっかけは?
石川 どのような方法がいいのか、材料・プロセスをいろいろ検討しました。ただ鏡は表面がとても滑らかなので、液体のコーティング原料だと、表面にちょっとでも汚れがあると液をはじいてしまってうまくコーティングできないんですよ。そこで着目したのがDLCです。DLCは気体の原料をプラズマ状態にして基材に振り掛けることでコーティングします。なので、鏡の表面にも均一に薄い膜を設けることができ、そのDLCが水あかが鏡の表面に化学結合するのを防ぐ、というわけです。
DLCは構造や水素量を変えることで、ダイヤモンドみたいに固くしたり、グラファイト(鉛筆の芯)みたいに滑りやすくしたり、品質を調整できます。そのような特徴があるため、機械部品・工具の耐摺動コート※や意匠コートとして広く使われています。
※耐摺動コート:摩擦を減らして部品のすり減りを防ぐ。オイルやグリースを使わずスムーズな動きを実現する
総合研究所では、このDLCの膜に水あか防止効果を持たせるための最適な構造・水素量はどのくらいなのか?厚みはどれぐらい必要なのか?剝がれにくくするためにはどうすればよいか?といった材料研究に取り組みました。ただ、実際に製品化するにあたっては、製造技術についての研究・検討も必要です。そこで、浴室事業部の目木さん、TOTOマテリア土岐工場の伊佐治さんにも加わってもらって、2013年9月から、より実践的な開発の取り組みを進めることになりました。
目木 私は大学時代の研究テーマが、トライボロジーという、物質の摩擦に関する分野だったので、このDLC膜の技術研究には違和感なく取り組めました。TOTOといえばクリーン技術ですから、業界でも初めての画期的な技術(研究・開発)に向き合えて、大きなやりがいを感じました。
伊佐治 私自身はそれまで工場での製造工程のマネジメントが主な業務で、開発の経験はありませんでした。最初のうちは石川さんと目木さんが話し合っていても、意味がよくわからなかったりすることも(苦笑)。でも、どんなにいいものでもお客様のもとに届けるには、工場での量産体制が絶対に必要です。自分の役割を果たさなくてはと必死についていきました。


石川さんが自らプランニングした製造設備レイアウトの手書き資料。研究段階から関わってきただけに強い思い入れが伝わってきます。
開発でもっとも大変だったことは?
石川 まず目木さんが開発チームに参加してくれたのですが、最初の大きな課題は、製品として成立させるための、製造スピードでした。研究所での試作段階では、10㎝角の鏡にDLC膜をコーティングするのに1時間くらいかかっていました。でも、製品化するには、120㎝×30㎝の鏡を毎月1万8000枚つくらないといけません。目標は1枚あたり30秒。研究段階と比較して、実に4000倍の成膜処理能力を実現しないといけない。その数字を聞いたとき、いきなり絶望しかけましたね(苦笑)。




(上左・右)研究所では、小型のサンプルを試作し、DLC膜の厚みや組成を変えながら、どのように物性が変化していくのか、基礎的なデータを採取。(下左)鏡に薄く成膜するために真空プラズマ技術による機械を研究所に導入。(下右)丸窓からプラズマが発生したときの光が見えます。
目木 私たちの取り組みを聞いたメーカーさんが声をかけてくれて突破口ができました。それは半導体向けの機器メーカーで、高速で高硬度の膜を大面積に形成できる成膜技術がある。住設機器では初めての試みだったので、他分野の技術が必要でした。
石川 完全にオリジナル設計の装置だったので、さまざまな問題が発生することも想定されました。装置をTOTOの工場に持って来てからだと、不具合対応に時間が掛かって大変になるので、頼み込んで納品前にそのメーカーに1か月間ほど常駐し、試作・検証をさせてもらいました。半導体向け機器メーカーのクリーンルームにTOTO社員が入りこんで作業をする。今考えると、すごく無茶なことをお願いしてましたね。最初は『前例がない』と断られましたが、最終的に受け入れてくれたメーカーにはとても感謝しています。
目木 実際に電気系統の不具合もありましたしね。
石川 白煙が上がったときには「終わった…」と思いました(苦笑)。もちろんすぐ原因を突き止めて改善できましたが。
成膜技術の検証を終えたあとの取り組みは?
目木 社内のお客様本部に協力してもらって、必要な品質レベルの設定や、製造工程の設計などを進めていきました。検証のなかで出てきた課題はそのつど研究所や関連部署にもフィードバックして、ひとつずつ解決していきました。
石川 特に意識したのは社内の各部署への情報共有です。よかったこともそうでないことも、毎日、メールで日報を発信しました。やはり初めての取り組みなので、開発だけの視点ではとうてい乗り切れない。生産管理や製造品質も含めて、グッドニュースもバッドニュースも包み隠さず伝えることで、社内で一体感を持って進めていけたと思います。
伊佐治 その後、製造の核となる成膜室のユニットを、TOTOマテリア土岐工場に移設して、実物大の製造検証を開始しました。外で落雷があると設備が止まってしまったり、鏡を移動させるロボットに不具合が生じて鏡が粉々に砕けてしまったり。地道にトライアンドエラーを繰り返し、量産に向けた課題解決を進めました。

10㎝角のサンプルを手にDLC膜の説明をする石川さん。右側の無塗布の面は水あかで汚れてますが、左側のDLC膜を施した面はきれいな状態のままであるのがわかります。

TOTOマテリアのショールームを案内する伊佐治さん。土岐工場で手掛けている鏡や大判セラミック建材などが展示されています。
量産体制を確立させるうえで重要だったことは?
目木 製造工程におけるチェックポイントをひとつひとつ挙げていって、実際に製造に関わる人たちが何にどう気を付けたらいいか、綿密にリストアップしていきました。TOTOにはこれまでのものづくりのノウハウがたくさん蓄積されていますから、そうした知見もおおいに参考になりました。
伊佐治 実際に土岐工場で製造工程の検証をしてみたら、想定外の課題が100件以上見つかったんです。そうしたことも踏まえつつ、実際に試作に携わった人でないとわからないポイントを製造スタッフ向けに標準書類として正確に分かりやすくまとめました。
印象的なエピソードをお聞かせください。
伊佐治 発売後しばらくして、ある不具合が発生したんです。すぐ修理はできたんですけど、不具合が発生した理由がわからない。すぐ製造を再開させるか、原因追求を優先させるか、判断に迷いました。最終的に生産を最優先して再開させたらまた同じ不具合が再発してしまって…。ちょうど工場に来ていた石川さんとふたりで夜中まで修理と原因追求したのは忘れられません。原因が分からないまま製造再開を急ぐべきではなかったと反省しました。
石川 不具合発生というバッドニュースはだれも聞きたくありません。でも、バッドニュースを共有し、みんなの力で逃げずに向き合うことが、解決の最短ルートなんですよね。開発段階・量産立ち上げ段階で本当にたくさんのバッドニュースを発信してしまいましたが、それらをみんなで乗り越えたからこそ、よい技術に育ち、無事に発売できたと思っています。そう考えると、すべてのバッドニュースが印象深いですね。


DLC膜をコーティングする機械の前で、その工程を説明する目木さん。

DLC膜がコーティングされた鏡を加工、梱包して、バスルームの工場へ出荷します。

工場のスタッフは、鏡での切創防止のため、独自の脚絆、手甲を着用しています。
無事に発売にこぎつけたときの心境は?
石川 2万枚以上もの試作を重ねて2016年2月に「お掃除ラクラク鏡」を搭載したシステムバスルームを発売することができました。10年も前のことですが、2023年には全国発明表彰発明賞、日本セラミックス協会技術賞、今年2月には岩木賞大賞など、今もなお高い評価をいただける仕事ができたことをとてもうれしく思います。
目木 会社の内外を問わず、さまざまな分野、他部署の人も巻き込んで、みなさんにご協力いただけて、いい商品ができたなと思います。私はプライベートで少年野球のコーチもしているのですが、こうしてチームで動くというのが、つくづく性に合っているようです。
伊佐治 この開発の取り組みからしばらくして結婚したのですが、そのときに石川さんと目木さんもわざわざ関東から土岐まで来て、式に出席してくれたんです。そのとき、「ああ、あの日々は会社員生活における青春のような時期だったな」と実感しました。そのくらい、打ち込んでいたように思います。私たち3人が立場や分野や所属を超えて、ひとつのことに打ち込めた経験は、なにものにも代えがたい財産だと思います。
これからどのような浴室を開発したいですか?
石川 お掃除をラクにする機能に取り組んできましたが、結局、まだ水まわりのお掃除は残っているんですよね。これからもあきらめずにお掃除不要のお風呂を目指していきたい。あと、浴室は家の中でも広い面積を占有する場所なので、1~2時間程度の入浴だけではもったいないです。もっと広い意味でのヘルスケアやリラックスに活用できるようになるといいなあと考えています。
目木 日本ではお風呂につかってリラックスするという習慣が広く浸透していますが、世界的にみたらまだそうした入浴文化は広まっていません。いま海外の方が日本に旅行に来て、温泉などに行った経験をもとに本国でも日本のシステム(ユニット)バスを購入するというケースが増えているそうです。日本の文化として、お風呂に入るという生活経験をもっと広めていきたいと思います。
伊佐治 今回、DLC膜という技術を浴室の鏡に活用しましたが、もっと一般の方にも知られるようになると、さらに展開が期待できるのでは。TOTOに蓄積された看板となる技術のひとつとして、もっと社会で貢献できるといい。この「お掃除ラクラク鏡」がそのきっかけになったら、私たちのやったことの意義がさらに深まるようで、うれしく思います。

編集後記
研究、開発、製造ぞれぞれの担当者が、製品化のほぼ初期段階から連携し、他分野の技術の導入を成し遂げたという「お掃除ラクラク鏡」。以前は悩みの種だった水あかがつきにくく、その名の通りお掃除がらくになったという画期的な製品です。いつも当たり前のようにそばにあるシステムバスルームの鏡に、これだけの紆余曲折と多様なストーリーがあったことに非常に感銘を受けました。やはりものづくりはヒトあってこそであると、認識を強めた取材です。
編集者 介川 亜紀
次回予告
次回は、システムバスルームの床やカウンターの汚れを抑える技術をご紹介。開発秘話を研究者・開発者に伺います。乞うご期待!
2026年11月下旬公開予定。ご覧いただきまして、ありがとうございます。
これからの『開発ストーリー』を充実させたく、皆さまのお声をお聞かせください。
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