── 新型コロナウイルス感染症の流行でお店づくりに変化が生じましたか。
吉田● 流行初期は感染対策に気を使って、アクリルパネル設置や抗菌コート採用などの対策を積極的に取り入れました。こうした衛生対策が一巡し、現在はより快適な空間づくりへと意識がシフトしているように思います。特に高級店はその傾向が顕著ですね。コロナ禍前に比べると高級店での客単価は大幅に上昇しており、客席のみならず、店構えや通路、水まわりなどすべてにおいて「快適な空間」に目を向けられるようになっています。
齋藤● コロナ禍で生じた変化の一つに、自動化・非接触化が挙げられるでしょう。政府も補助金を出してキャッシュレス決済や水まわりの自動化を推し進めてきました。ただでさえ、飲食業界は人手不足に悩んでいるお店が多い。だからこそ、事務や清掃などはできるだけ省力化し、お客様にいかに快適に過ごしてもらうかで競い合う時代になると思います。その意味で、水まわりの清掃性向上も大事な要素ですよね。例えばトイレに汚れにくい工夫が凝らされていると、お客さまが快適なのはもちろん、従業員の負担軽減にもつながります。
生長● お客さまがひっきりなしに来店するようなお店では、トイレ掃除のために人手を割くのも大変です。その意味で、洗面台の水はね防止のために自動水栓を選ぶオーナーさまも増えてきたように思います。洗面台の清潔さを保ち、天板の素材の劣化を防ぐために、水の飛び散りをいかに抑制するかは重要なポイント。「予算は高いけれど、後々のことを考えると自動水栓のほうがいいね」と判断するオーナーさまが増えていると感じます。
── 百貨店などの大型商業施設ではきれいなトイレが増えていますが、小規模な店舗でも同様の傾向がありますか。
生長● ウォシュレットや自動洗浄、ふたの自動開閉などを希望するオーナーさまは多いですね。住まいやオフィスなどお客さまの生活環境の中できれいで便利なトイレが〝当たり前〟になった結果、お客さまがトイレに求める水準が高まっています。
吉田● デザインに関しても店内とトイレで同じインテリアを用いて世界観を統一したりと、水まわりへの重みが増しています。以前はここまでトイレにこだわりを見せるオーナーさまは少なかったですね。最近では多少席数を削っても、トイレ空間にゆとりを持たせたいと考えるオーナーさまが多くなってきたように思います。これは飲食店に限らず、クリニックなどほかの業態でも同じです。
齋藤● 私は最初の提案では、一つの個室に対して便座2基分が入るように、かなり広めにプランニングしています。トイレ空間はゆっくりと1人になれる場所ですから、思い切って空間を取ったほうがリピートにつながる施策を打ちやすくなるとお話しています。
生長● イレを男女で分けたいという要望もよくいただきますね。20坪程度のお店なら男女でトイレを分けたほうがいいでしょう(図1)。ただし、さらに小さなお店でも男女でそれぞれトイレを設けることがあります。これは利便性というよりも、お客さまにゆったりと過ごしてほしいという快適性へのサービスの意味合いが強いですね。
齋藤● 10坪程度の小さなお店で男女別のトイレを設けられないときは、最低限、洗面とトイレを別空間にしています。というのも、トイレには行かなくてもメイク直しや手洗いなどで洗面台だけ使いたいというお客さまも多い。洗面台が独立していれば、それだけでトイレの混雑を避けられます。
── トイレへのこだわりが商売繁盛に役立った事例はありますか。
吉田● 私が以前に手掛けた東麻布の高級和食店は、まさにトイレで話題をつくったお店でした。水まわり整備に意欲的なオーナーさまで、最初から「トイレでインスタ映えをさせてほしい」とご依頼を受けていたんです。8席の客席に対してトイレに約6畳の面積を確保。便座の目線から上を全部ミラーにしてLEDライトを反射させたデザインで、口コミで話題になったほか雑誌にも取り上げられています。これは極端な例ですが、トイレに個性を持たせていく試みは増えるんじゃないかと思います。
齋藤● 大がかりなトイレをつくるのは難しくても、運用面で話題をつくることもできます。都内にある焼き肉店では、主な客層である30〜40代が10代の頃に聞いていた曲をトイレのBGMにして、客席に戻った際の会話を盛り上げる工夫をして、話題を集めていました。トイレ空間をうまくPRに使えば、再来店や口コミでの評価にもつながります。
生長● まずはトイレ空間で「何も不満を感じずに席に戻れる」状態を保ち、負の印象を与えないことが大事です。いつ入っても清潔で、使いやすく、快適であること。当たり前のようですが、大勢のお客さまが利用するトイレで最適なコンディションを維持するのは難しく、見た目だけでなく音や臭い、光など、あらゆる面に配慮する必要があります。例えば、トイレにも空調は効いているか、鏡の前に立ったとき顔に光が当たるように設計されているか、冬場にお湯で手を洗えるように電気温水器を設置しているのか、小物を濡らさずにおけるスペースがあるかなど、小さな気配りの積み重ねがあってこそ、「意識しないほど快適なトイレ空間」につながります。
齋藤● 広告効果が高い空間だからこそ、トイレで悪印象を与えると後を引きます(図2)。「この店はコスパがいいけれど居心地は悪かった」という印象が根づきかねない。いまや日本の飲食店は「おいしい」が当たり前になり、味やコストパフォーマンスだけではない、外食ならではの体験が求められるようになってきています。そこでマイナスをなくし、プラスを生む環境をつくるうえで、トイレ空間は重要なファクターになると思います。
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