TOTO

堀部安嗣展 建築の居場所

展覧会レポート
寛容な「合衆国」
レポーター=仲 俊治


 展示室に入ると、白く長いカウンターが横たわる。流れを塞きとめるそれは、堀部の世界に入ったことを告げ、道路の停止線のように、静かに、しかしはっきりと、その秩序に従うように語る。堀部さんの建築にはこのような停止線がしばしば登場する。古くは「ある町医者の記念館」もそうだし、「鎌倉山集会所」もそうだ。
 壁面には主だった作品が余白を取りながら展示されている。無理なくぱっと視野に入る範囲に、その作品にまつわる資料が断片的に展示されている。大小さまざまな資料は医者のカバンや、建築家内部に想起されたスケッチなどであるが、それらは、建築家だけでなく関係者が持ち寄ってきては皆で共有していったイメージなのだろう。堀部さんの建築は、登場人物たちのさまざまな期待がパッチワークとして仕立て上げられた「合衆国」のようなものなのかもしれない。上階の動画を見てもそのことを改めて感じることができた。
第1展示室 © Nacása & Partners Inc.
 「建築の居場所」が、本展のタイトルである。よくよく考えると少し不思議なタイトルだ。現代の建築がいろいろな意味で丁寧につくられていない、という堀部さんの現状認識を想像してしまうが、それはどういうことなのだろう。
 寛容さが薄れていく時代において、堀部さんは自身の建築が人びとに対して寛容でありたいと繰り返し語る。そして「こうべを垂れたような」として、寄棟のシルエットを語る。
 しかし、つつましい佇まいや、木質材料がもたらす親しみといった、どこかノスタルジーをくすぐることが寛容建築への戦略だと仮に思うのならば、それは表面的な理解だろう。昨今の社会的状況を考えるならば、その理解はむしろ危険であるとすら言えないだろうか。
 堀部さんの建築は、一人ひとりの居場所をまずきちんと確保しようとしている。そこに濃密なイメージを投入することは厭わない。展示を通して僕にはそう思える。このような居場所をいくつもつくった上で、他所との関係性を図る。だから、たとえばハレの場のために個々の居場所が犠牲にされることがない。さらには、これらが形態の効果を通じてなされているところに安定感がある。安定感というのは、純粋であるという意味もあるし、架構を伴う建築においてはそれが一般化への広がりを持ち得るということでもある。堀部の目指す寛容建築の秘訣をこのように感じた。
「伊豆高原の家」の模型 © Nacása & Partners Inc.
 だから、平面図を見ると、シンプルな外形の中で、一つ一つの居場所が膨らんだり凹んだりしている。「鎌倉山集会所」では、内陣、外陣とたとえる空間の分節もそうだし、入れ子になっている2つの四角形の角度の触れが外陣の中に更に4つの空間をつくりだしている。外側の四角形が変形していることも効果を大きくしている。道路からのアプローチも含めた流れを優先するなら大きく反時計回りの動線計画になるように思えるのだが、アプローチの歩みを止める短い壁を設けた結果、玄関の向きが変わり、キッチンを備えた集会スペースは安定している。と同時に、玄関ポーチも一つのたまり場として成立している。一つ一つの居場所を流れの中に溶かしすぎることがない。堀部さんの建築は、濃密な居場所の集合体という意味でも「合衆国」なんだろうと思う。
「鎌倉山集会所」(2015年/神奈川県)© Ken'ichi Suzuki
 僕が学生だった頃に、ここTOTOギャラリー・間において、「ギャラリー・間 15周年記念展 空間から状況へ」(2000年10月17日~12月23日)があった。相当な盛況だった記憶がある。出展者らは、堀部さんとほぼ同世代である(しかも、今の僕と同じくらいの歳である)。形や計画に宿るある種の限定性から逃れようとする雰囲気を感じたが、そのような意味では堀部さんの建築は対極的な存在かもしれない。堀部さんの建築は拘束を厭わず、イメージを繰り返し囁いている。私性の尊重が寛容さに繋がる可能性を考えるために、繰り返し足を運びたい展覧会だと思う。
 建築関係者だけではなく、それ以外の人たちにも親しみやすい展覧会である。それとは裏腹に、あるいはだからというべきか、見る人たちに、建築への期待をあらためて問いかけているように思える。
中庭 「竹林寺納骨堂」のベンチ(3脚) © Nacása & Partners Inc.
仲俊治 Toshiharu Naka
建築家,仲建築設計スタジオ主宰。
1976年京都府生まれ。1999年東京大学工学部建築学科卒業、2001年東京大学大学院工学系研究科建築学専攻修了。2001~08年山本理顕設計工場勤務を経て、2009年建築設計モノブモン設立、2012年仲建築設計スタジオに改組。
2009~11年横浜国立大学Y-GSA設計助手。2016年ヴェネチア・ビエンナーレ国際建築展日本館出展。
主な作品に「食堂付きアパート(2016年日本建築学会新人賞、第31回吉岡賞、2014年グッドデザイン金賞等)」「上総喜望の郷おむかいさん(住まいの環境デザイン・アワード2017入賞 )」「白馬の山荘(第16回JIA環境建築賞優秀賞、第11回長野県建築文化賞優秀賞等)」等。
著書に『地域社会圏主義増補改訂版』(LIXIL出版、2012年、共著)。
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